行方不明の象を探して。その109。

シンバル女:

 

「そんなに小説を書きたいのかい・・・。アタシは象に雇われていただけよ。ゾウにね。最後にいいこと教えてあげようか。あんたは5つの生ガキを時計回りに食べつくした。アタシが食べようと思っていた生ガキはその2つ。でも生ガキは全部で4つあるはずさ。ははははは。その全てを食べないと小説なんて書けやしない。どう、素敵な話でしょ。あははははは、作家になりそこないの弱虫さんは、あなたの心の中にいるわ。・・・アタシはまた一眠りね。・・・またしばらく、この世界ともおさらばだわ・・・あはははははは!」

 

パピヨン:

 

「象からあんたの話を聞いたよ。象が俺にメールをよこしたんだ。あんた、彼の頼みを聞いてやったんだろ・・・。俺、自己紹介が遅れたけど、象の友達だ。象が突然メールくれたもんだから。彼とはもうずいぶん会っていないんだ。なんでもあんたに渡したい物があるそうだ・・・。あんまり長くここにいるとやばいから、もう行くよ。世界中のみんなは、あんたが誰かって知りたがっている。どうみても作家のようには見えないし、それに・・・」

 

プードル:

 

「うう、はあはあ、なんだお前、はあはあ、たまらないぜ、ここは。これで故郷にいい土産ができるというものだ・・・。あんたもせっかくここまで来て、可哀想だな、この書けない苦しみを味わえないなんて、うぐぐぐ……うぐぐっげげ」

 

チワワを飼っている書生:

 

「女の脚のことをいろいろ考えてると、自分を忘れそうになるんだ。俺はなあ・・・ぴっちりとしてて先っちょのとんがったブーツが好きなんだよ、ふふふふふふふふふふ。そのとんがった先っちょで蟻の戸渡りをさすられるのを想像するだけで・・・。うがい水…わかるだろ、うがいの水だ。・・・違うか。歯を抜いたときに口をゆすぐ水・・・うがいじゃないのか?とにかく小説を書くにはその水がいるんだよ。過去も未来も、一本の道でつながっている…君はそう信じているようだね。時空の歪みの奥深くに、一体どんな光明があると言うのだね?オレは全ての時代に属しているのだよ。ひとつの時代などではなく、全ての時代にだ。小説ってのはなぁ太陽からぶら下がってる管なんだ。ぶらぶら、ぶらぶら、どうだ、管をゆすると、文章が生まれてくるのだよ。・・・文章は管から生まれているんだよ、すごいだろ」

 

さきほどはどうも。シンバル女です。お目に書かれて光栄。ツイッターのDMよりもやり取りしやすいかな。そう思ってフェイスブックでメッセージを送ります。あたしから友達申請したいので、そちらからも承認お願いね。承認欲求は不治の病。あなたも気を付けてください。よかったら携帯番号も教えて。今度、あたしの友達の加えて乱交しましょう。由利にも伝えました。連絡がくると思うわ。お楽しみに。

 

ちょっぴり刺激的な気分。手元のスマホの画面を見やった。いくつかのアイコンに受精を知らせる数字が表示されている。順次クリック。順次妊娠ほぼ確。ラインにはランダムで乱交相手を選べるLine Gangbangと呼ばれるゲームで使う「ラッシュ」が他の参加者から何本も届いていた。そうしてフェイスブックにシンバル女からの連絡が入っていたのだ。

 

携帯メール以外の、SNSと呼ばれる類はツイッターもフェイスブックもパソコンで確認することが多い。原稿の合間に・・・。いやいや、SNSの合間に原稿を数行ずつ、と告解した方が正直かな。いや、何も書けていないんだけどね。

 

シンバル女と待ち合わせしたのはフランスの伝統的日常食を提供するこぢんまりとしたレストラン。南青山の住宅街の奥まった一廓。豚野郎が定評だった。立地といい店の雰囲気をいいスノッブ臭が凄まじくてやりきれない。反吐が出そうな気分だ。

 

何を食べようか、とあらかじめ彼女に尋ねたら即座に帰ってきたのがシンバルの音だった。彼女は常時シンバルを両手に持っており、いきなり鳴らすこともあれば、ワープをするときに鳴らすこともある。

 

「ビストロ的な雰囲気のお店がいいわ。覚えてるわよね?初めてのデート、電脳中心って名前のお店だったのを。あたしがお願いしたのよ」

 

全く覚えてないし行った覚えもない。名前もゲーセンっぽいし。話が脱線することで人気だという名物シェフが授業で推奨して訪れてみたいと彼女は望んだのだった。その店は話が脱線することで有名な名物教授が経営をしていて場所は六本木の交差点から飯倉方面へ向かって少し歩いた建物の地階にあった。他の繁華街とは違ってパチンコ店が一軒も存在しないのが六本木の魅力だと言われていた時代。

 

書いていると普通の生活が送れなくなるのは当たり前だ。それだけその世界に没頭しているわけだから、現実の世界は別の世界だ。二つやるなんて難しすぎるだろう?と僕は言った。シンバル女はじっと自分の顔を見つめていたがそれは自分を見ているというよりかは自分の顔のある空間をのぞきこんでいるように見えた。

 

ジョン・F・ケネディ空港からマンハッタンへ向かうタクシーの運転手は北アフリカ出身だった。長兄はパリで働いていると話し出す。そうかい、アメリカのイメージはどんな具合だい?尋ねるとひとしきり傲岸不遜だ唯我独尊だ、親族から噛みちぎった悪態を受け売りした後に、でも俺は知ってるよ、優れたカウボーイの国柄だろ、と続けたらしい。

 

だがニューヨークと同様、シャルル・ド・ゴールの名前をパリの空港も冠しているのに無反応だった。ナイフとフォークでソーセージや豚肉の塩漬けをシンバル女も食べやすいようにそれぞれ四つに切り分ける。しかしシンバル女は執拗なまでにシンバルを手放そうとしないので、料理に手をつけることはなかった。

 

それは料理に興味が無いということではなくて、シンバルを両手に持ったままどう料理を食べればいいのか?という葛藤だった。常にシンバル女は試行錯誤をしていて、イライラすると両手のシンバルを鳴らした。店中に凄まじいシンバルの音と魔術的な高周波ノイズのフィードバックノイズが残響として鳴り続ける。

 

シンバル・ゲイザーというジャンルを開拓できそうなぐらいのフィードバックノイズでマイ・ブラッディ・バレンタインのライブにおける「ホロコースト・パート」を連想させるものだった。マイブラの「ホロコースト・パート」は文章や小説におけるナラティヴを勉強している自分にとって、それらしく書くのが困難なので、貧弱な書き方でしか説明ができない。ようはずーっと「ゴーッ」となっているノイズが30分か長くて一時間以上流れたりすることもあるそうだ。一時間は言い過ぎか。その様子はマイブラのブートライブ音源などで確認できる。