「またマジックを披露してみて。飽き飽きしているが、聊かね。その後、また一緒に食事をしよう。ようやく準備ができたようだ」
「今日は何かに縛られているようでマジックなんてできなかったよ。見ての通りさ。ショーの時間は終わりだ。君は僕の横に座ってきたね。さっきまで立っていたのに。マジックのネタを数える。多いけど悪くない。それからまた君は目を覚まし、何度同じことを繰り返したか分からないのだが、またあそこからやってくるのだろう。繰り返し」
「君はマジックが上手くできないと言った。テーブルの上にあるマジックのネタを見ても何も起こらないね。魔法はどこに行ったんだい?それにしてもとても散らばっているね。テーブルの、なんていうか素材が。道具?」
「それどころかもう忘れてしまったんだよ。どうやるか、をね。そんな自分を世間はどう評価するだろうか?でも自分は気にしないだろう。もはや執着なんてないからね。もう考えることを放棄したんだよね」
そう言ってマジシャンが手を振ると突然、空中から色とりどりの花束が現れた。俺は目を見開いて驚いた。
「オッケー、インディードだ。それは予想外だった。でもね、そんなんじゃ驚かないよ。まぁ驚いたけどね。執着はないとかできないって言いながらできるんじゃないか」
山積みにされたマジックを眺める自分。自分は何をしているのだろうか?金稼ぎが最初の動機だったような気がする。それに執着がないということでマジックができないというわけではない。あの頃の自分は輝いていたな。未来がある感じがした。今は失望しているというよりかは分かった感じだ。恒常性がある。それにしてもいきなり寒くなった。長年使ったこのテーブルは端が欠けている。
俺は腕を組んで考えているフリをした。サウンドノベルの選択肢でどうでもいい二択とか三択が出てきたから選んだような行動だった。
「そんなことを言ったり考えたりしてまた驚かせる魂胆だな。そういうイメージが現れては消え・・・っていう例のありがちな話だろう?そしてもうどん詰まり。何もないのは分かってる。だからこうして旅をしているのさ。旅にも何もないのが分かっているんだけども」
マジシャンは目を瞑って一呼吸した後、少し間を置いてから小さな光る球体を出した。
「このオーブには、夜空から取り込んだ千の星の光が入っているんだ」
俺は心底驚いた。マジシャンのドープスキルにやられたって感じだ。
「やる気がないと言っておきながらやるんだね。んで、どうやったんだい?」
マジシャンはニヤリと笑った。
「僕らは物理的束縛からは自由ではあるが、それと同時にどこにも属さないということを意味することになる。自由を捨てれば身体的安全性は相対的に保証される。マジシャンは空を見上げた。光だけがあるんだよ。光だけが我々を満たせるのかもしれない」
俺は安心した様子でこう言った。
「動作を言うっていうのは斬新だね。一個一個動作を言っていけばいいのかもしれない」
マジシャンはウィンクをした。
「そう思ってもらえてうれしいよ。また少しマジックをやっていく気持ちが芽生えた感じだ」
「でもあれなんだよ、俺らみたいに元々宇宙にいたとか宇宙から来たみたいな連中は地球にグラウンディングしないと力を発揮できないんだよ」
「そりゃもちろんそうでしょ。俺が言いたいのは身体を雑に扱って精神世界にどっぷり浸かればいいとかってことじゃなくてさ、宇宙的な感覚を維持したまま地球ルールに妥協せずにやっていけばいいって話だよ」
「地球ルールと言えばあれだね、こないだ話してたウェイト版の話」
「ああ、あれね。ホドロフスキーがぼろ糞言うのも分かるんだけど、でもホドロフスキーも結局、ウェイダー版の小アルカナの解釈に引っ張られてるんじゃね?っていうことだよね」
「そんな話だったっけ?いや、君が言ってたのは意味分からなかったタロットを分かりやすくしたウェイト版の良さはやっぱ認めなきゃって話じゃなかった?」
「そうだったっけ?」
「そうだよ」
「まぁそうだよね。小アルカナなんて分かりようがないからね。小アルカナに分かりやすすぎるぐらいの絵が描いてあることで、霊感やらアカシックにアクセスやら、そういうことをしなくてもある程度のタロットのリーディングができるようになったっていうか」
「本当にそうなの?」
「分からない。でもまぁあれじゃん、量産されるタロットの大半の解釈はウェイト版でしょ?やっぱ凄いよ。あの影響力は」
「でもあれだよね、マルセイユ版の抽象性にこそ真実があるとか言っておきながらさ、ホドロフスキーは結局、ウェイト版の影響を受けているからね」
「というよりそもそも本当に見える人はタロットとか使わなくてもいいって話で」
「それ言い出すともう終わりだな」
「だね」
「でもまぁあれなんじゃないかな、アカシック的なものの断片とかかけらみたいなヴァイブスを拾うツールとしてのタロットってのはあると思うんだよね」
「魔術師で言うところの杖だね。触媒ってやつか」
「そんな感じ」
「でも実感としてはタロットを使うことでそういうチャンネルが開かれる感じがあって、そういう意識状態に行きやすくなるとか、触っていると凄くそのデッキとの整合性が出てくるとか・・・でもなんか最終的にタロットである必要性を感じなくなるんだよな」
「いや、直接見ればいいからね」
「そりゃそうだ」
「まぁでもあれじゃん、タロットと言えば占い、だけど別にそれは世間的にタロット=占いっていうイメージがあるだけでタロットの用途って占いだけじゃないからねっていうよりそもそもアカシック的なものを見るのであればさ、彼氏がどうだとかってまぁなんて言ったらいいのかな、宇宙の器で人間の些細なことを見る、みたいなもんだよね」
「まぁそりゃ世間的な需要はそうなるでしょう。だからタロット=占いになる」
「理想的なのは自分を知るということのツールとしてのタロットなんであって、それをダウンサイズっつーとアレだけど、応用したものが占いってことになるよね」
「まぁ占いもできますよってことだよね。占いが主な目的ではない。純粋数学が宇宙の産物的なタロットで、地球の色々なことに数学を応用するのが応用数学、みたいなもんだね、じゃないや、タロット占い、か」
「そうなるとまぁ占術全般そんな気がするけどな」
「確かにね」
「占星術なんかでも占いのためにホロスコープがどうのって話になるけど、そもそも水星的であるとはどういうことか?とか太陽と水星が合のビジョンとか雰囲気ってどんなものか?っていう感覚的なものだよね」
「そうだね。だからそれは人によって違うはずだから、タロットと同じで一意的な解釈なんてないんだよね」
「そもそもアカシックだとかイデア的なものにアクセスするためのツールとか方法論なわけだから、解釈なんてものがあったとすればそれは近似でしかないよね」
「でもそう思うと俺の中で解釈なんてものすらもないな。既にあるものが固定的過ぎて全然しっくりこないからタロットと向き合うのが一番いいってことになる。んで引いて出たものがあって「なるほど」とかって思ってそれ以上、考えないんだよね」
「いや、それでいいと思う。少なくとも自分の中ではね。誰かを見るってことになったら別だけど」
「そもそもの降りてくるエネルギーみたいなものを言語化するのが大変っていう、どっちかというとそっちのほうが大変な気がするな」
「だからタロットとかが便利なんじゃない?んで一般的にはこういう解釈がされていますが・・・みたいな説明もできるってことで」
「なるほどね。宇宙とこの世の橋渡しか。でもまぁこれも誤使用かもしれないよね。元々はただのゲーム用だったカードがなぜか占いに使われるようになって色々な誤使用の結果、宇宙的なものをリーディングするツールに人間が仕立て上げたっていうところだよね」
「そもそも占術なんて色々あるからね。花占いからコーヒー占いから石占いからなにから」
「カードはone of themってわけだ」
「だね」
「でもなんか俺の中ではさ、占星術のほうがよっぽどタロット的なんだよね。アスペクトがこうだからこう、とか5ハウスに何が入っているからこう・・・とかじゃなくて、秘教的な合ってるのか間違ってるのか分からないぐらいわけがわからなくなっている複雑なタロット並の解釈とリーディング力が必要とされるっていうか、なんていうのかな・・・」
「まぁさっき言ってた宇宙言語の翻訳って作業でしょ?」
「そんな話してたっけ?」
「してたね。多分」
「でも俺らの場合あれだよね、所謂、一般的な占星術の勉強とかタロットの勉強が全く参考にならないから自分でやらなきゃいけないから大変だよね」
「でも逆にそれは楽しくない?」
「楽しいさ。そりゃ」