行方不明の象を探して。その198。

でもそれは頭で気がついているのではなく、様々なイメージと一体化した体がそれを理解しているという体感であって、それは遊園地のアトラクションを頭で理解せず、体感することで楽しむのと同じで、アトラクションがさらなるアトラクションをアトラクトして、それが永遠に続く。これは自己陶酔とは無縁の、完全なるトリップの世界だ。

 

お互いの体を散々貪り合った後、彼女は不意に顔を上げた。静まり返った室内に床に落ちたボールペンのたてるコツンという音が妙に大きく響いた。遠くで誰かが呼んでいた。粘つく泥の中から起き上がるようにゆっくりと意識が戻ってきた。部屋は明るい。壁は白。天井も白。床はクリーム色のリノリウム。

 

磨かれ、光沢があり、白い輝きを鈍く映している。その輝きは、天井の蛍光灯を反射したものだ。窓はブラインドによってふさがれている。部屋は清潔である。汚れは見あたらない。塵も埃もない。隅々まで掃除が行き届いている。部屋は広々としている。茶色の長方形のテーブルが、いくつかある。

 

部屋の中心を囲むようにして、並んでいる。左右対称な二つの〝コ〟の字を繫ぎあわせたように。テーブルの上には、書物が一定の距離を置いて並べられてある。その外側に、背の高い革張りの椅子が、一定の距離をあけて、置かれている。壁際には、ところどころに観葉植物の鉢がある。まったく虫がついていない。茶色く変色した葉もない。健康な植物。これら蠟細工のような深緑たちが、この部屋にある自然である。

 

これには驚かなかった。しかし、そのせいで僕は部屋の全体的な広がりを把握する能力を失ってしまった。印象的だったのは現在というものが去りながら維持されていることだった。それはとてもアンビバレントな真実で、僕はその境界の中に留まっていた。これにおける何かを記述しようとしても、それは事象の空白にしか過ぎない。

 

あらゆるソドミーの後の彼女の車の説明。シラフだしドラッグもやっていない。マリファナはドラッグだと思っていないのだが、その話はまた別の機会にでもしよう。もちろんマリファナを肺一杯に限界まで吸い込んだ時のようなトリップ感があるわけではない。あそこまでのトリップ感があったら立っていられないわけで、でも彼女の車の説明は、どういう類のトリップ感なのだろうか。目がグルグル回る感じがする。眼球も実際にグルグル動いている感じがする。

 

仮に彼女が美脚ではなく、しかも同じブーツでも全然セクシーじゃないぺったんこの残念なブーツを履いていて、美人ではなかったにせよ、彼女の外見とは関係ないところでの、純粋な音と車の説明の内容が、先ほどのマリファナトリップで言うところの音素から勝手に出てくるイメージが連続する感じに非常に似ている。幸いなことに彼女は街ですれ違ったら二度見してしまう美人である。脚とブーツのバランスが凄くいい。精液塗れになったブーツを見てみると高級そうなブーツであることに気がついた。金玉がすっからかんになっていた俺は「ブーツを弁償するべきだろうか?」と真剣に考えていた。

 

脚というのはストッキングやソックスなどによって魅力が変化する。生脚も素晴らしいが特に黒いストッキングを履いた脚のエロスは尋常ではない。ストッキングから透ける脚肌は艶やかで薄く光沢もあることから脚をより美しく魅せているのだ。中でも黒ストッキングこそ志向だと考えている。黒色は身体のラインを引き締める効果があり脚が適度に細く見える。ベージュもそそるものはあるが肌色に近いため離れていると生脚のようにも見えてしまう。また雰囲気として落ち着いている色に感じられ黒色のような妖艶さが足りない。

 

それに加えてこの車の説明である。もしくは逆かもしれない。美人で美脚の彼女の妙にゾクゾクする声色と呪術的なトリップ感のある車の説明が混ざっている。何がなんだかよく分からない。とにかく気持ちいい。時間の感覚がリアルタイムに崩壊していくのを感じる。外の雨の音が1秒遅れて聞こえる感じがする。とすればこの遅れた感覚を作ったのは彼女だ。

 

「キスしてもいいの?」

 

「女とキスしたことくらいあるもの」

 

「ホントに?ホントに?ホントに?」

 

彼女は目を輝かせて何度も叫んだ。でもそれは嘘だった。見栄を張ったのだ。

 

「誰だってあるわよ。あなたはないの?」

 

「ほっぺたにじゃないよ。本物のキスだよ」

 

「舌だって入れたわ。あなたはどうなの?」

 

「鼻の穴に入れたんじゃないの?ここに舌入れるのが本物なんだよ」

 

日照りの後の雨降りのようにやさしく、彼女の肌が肌にしみこんできた。当たり前だけど、男の肌と全然違う。しっとりとなじみ合う。裸でくっついているだけで何もしなくても十分気持ちいい。何もしなくてもいいのに、彼女の手と舌は動きをやめない。撫でるように舐めたり舐めるように撫でたり噛んだり吸ったり爪を立てたり、あらゆることをして10本の指と一つの舌は体中の性感帯を目覚めさせていく。人間の体というものは、なんと淫らにできているのだろう。

 

乱交は永遠に続く様だ射精のし過ぎですっからかんになった金玉から白い液体が大量に発射され、彼女のブーツをさらに汚していく……。彼女はブーツに貼りついた糊のようなザーメンを掬い飲み込んだ。

 

「どう?最高でしょ?ブーツに付いたザーメンを舐めてみなさいよ。」

 

彼女は自分のブーツを俺の顔に被せ、精液で汚れた生脚で俺顔を踏み潰す。俺は彼女のブーツを舐めながら、また果てた。しかし「ブーツについたザーメンを舐めてみなさいよ」というのはいただけない。それは俺の精液なのであって、それはよくAVでも見られる光景であるが、そんなことをされて喜ぶ男はいない。自分の精液に興奮するというやつはいるかもしれないが、少なくとも俺はそうじゃないし、黒光りする高級ブーツに俺の穢れたドロドロの精液がまとわりついてダラダラと下に落ちていくのを見ているのが好きだ。その時の場の雰囲気と汗と革と精液が混ざった安売春宿でも作れなさそうな卑猥な香り。

 

乱交に飽きた俺は新たな方法論を試みることにした。最も難しいのは、俺と彼女が何を知り、何を知らないかを知ることだと感じていた。乱交者として、彼女のブーツの匂いを嗅ぎながら、俺は未知の世界への欲望に駆られていた。俺はまず、何が既知で何が未知かを受け入れ、それに基づいて探求の方針を立てることが必要だと考えた。

 

俺は世界認識と自己認識に関して、何も既知のデータとしては受け入れないことを決意した。俺はまるで村上春樹の小説の登場人物のように、現実を煌びやかなフィルターで見つめ、世界の隅々に秘められた謎を解き明かすために歩み始めた。新しい世界への扉は、俺が心の奥底で何を知り、何を知ろうとしているかを定義することから開かれた。

 

俺は再び椅子に座り、美脚と美尻に舌鼓を打ちながらチンポをしごく。彼女が椅子に座った俺のチンポを掴み、しごきはじめる。唾液と我慢汁でヌルヌルになった俺の肉棒をしごきながら、自らのクリトリ スにバイブを当て、クリオナニーをする。俺は彼女の美脚を両手に掴み、思い切りしゃぶりつく。彼女の美脚がビクンと反応する……。

 

俺はまず何も知らないと考え、そこから出発することが最も理想的だと感じていた。しかし、俺が目を閉じてブーツの匂いを嗅ぎ続けても、その中には既知と未知が入り混じり、革と彼女の汗と自分の精液の匂いが俺を誘惑し続ける。

 

俺はこの誘惑について、実証主義の哲学者たちが抱えるジレンマに似てきたな、と思った。物質と運動、主観と客観の相互関係は、この乱交の中において複雑な問いかけを投げかけてきた。俺は自らを「未知の特質の探求者」と呼び、また「世界一、美脚とブーツを愛する性の探究者」と呼び、常に新しい発見と刺激を求めていた。

 

俺は主観的な感覚と客観的な現実の境界線を探り、理性を働かせてそれらの関係性を解明しようと試みた。そこには何らかの手掛かりがあり、感覚の強度と味わいが、確実に俺が探求しようとしている未知の世界において正確さを判断する基準となっている。ブーツの中に顔のほとんどを突っ込んでいるので酸欠状態になってきた。でも酸欠状態になると肺からDMTが放出されるらしいので、だからブーツを嗅ぎ続けると別な意味でもラリってくるのだなと思った。ラリることはいかなる状況においてでも正義である。

 

ブーツの嗅ぎ過ぎでフラフラになった俺を彼女は椅子に座らせ、自らのスカートをたくしあげ下着を脱ぎ、バイブを挿入した状態で男に跨り騎乗位でハメた。俺が下から突き上げる度に振動で揺れる巨乳、快感で蕩けそうな顔は元の彼女とは思えない程エロかった。彼女は叫び仰け反りながら美尻を揺らす。

 

美脚とミニスカの間に見えるプリプリの太ももと巨乳、そして俺を貪欲に求める表情。そのどれもが俺を興奮させると同時に射精感を駆り立てた。俺は彼女に促され、自らの精液を彼女の中に発射した。彼女は椅子に座り、俺の顔の前でゆっくりと足を開きながら足の匂いを嗅がせた。

 

「臭くて最高でしょ?もっと嗅ぎなさいよ」

 

そう言いながら彼女は俺に蒸れたストッキングを差し出す……。俺は彼女の片方のブーツの中にドロドロになったチンポを挿入し腰を動かした。彼女はブーツに挿入した俺のチンポをブーツで踏みつけながら

 

「どう?私のブーツの中、最高でしょ?」と問いかける。

 

俺は快感に悶えながら彼女のブーツにしがみついた……。ブーツに挿入した上からさらにブーツでちんぽを踏まれることの喜び。彼女は俺に跨り騎乗位でハメながら、自らの巨乳を揉みしだき乳首を吸った俺を見下ろしながら淫らな笑みを浮かべている。散々の乱交のあげくに俺と彼女は同時に苦虫の入った水をごくごく飲んだ。そして隣のテーブルで太った一家が熱心に食事を奪い合っている様子を横目でチラチラと見ていた。両親と娘が一人と小さな男の子が一人。みんな見事に太っていた。

 

「ほら、亜希子、そこどけよ。お前のステーキ食わせろよ」

 

小さな巨漢が亜希子ちゃんのステーキに食らいつこうとしている。

 

「ねぇ、それあたしのステーキなんだけど。どうしたの」

 

「うるさいな、亜希子。お前がステーキ食ってるのが気に食わないんだよ。腹が減って仕方がないからな」

 

両手でナイフを持って歩いているから、小さなテロリストとも言えなくもなさそうだ。テーブルマナー的なことを両親は気にしないのだろうか。見た目はそこまで貧相な家族という感じではないのに、その小さなテロリストの食欲に驚かされるばかりだった。

 

「スィー」

 

亜希子は変な音を口で立てながら歯を食いしばっていた。歯を食いしばっているところを見るなんて二月の末に苗場に行ったとき以来だ。あの時は駐車場からホテルまで

 

「俺がステーキを二人分、食べてやるよ」

 

なんて偉そうなことを言って食べてみたものの、途中で

 

「ゲェェェ」

 

と吐き出したい気分になって、亜希子はそれを見て

 

「ヒィィー」

 

と言った。

 

「亜希子が横にいてもいなくてもそんな持ち方して歩いてたら警察呼ばれるわよ」

 

食器のナイフとは言えナイフはナイフだ。

 

「鋭い!」

 

と、その一家の父親が言った。ナイフのことだろうか。エエッと二人は虚を突かれた表情に変わってしまう。

 

「鋭いね。これまでは確かにステーキナイフという面持ちしかなかった。でもお前が両手にナイフを持って歩きだした途端に鋭く感じられるようになったのは、やっぱりお前のありえない食欲のせいだと思うよ」

 

父親はずいぶんと感心したように小さなテロリストのことを褒めている。もしくはナイフのことを褒めている。しかし、肝心の褒められた小さなテロリストも亜希子も、どう対応したら良いのかしら、という感じで二人は再び顔を見合わせてしまった。

 

そして奇妙なことには人間にはそれぞれにピークというものがある。そこへ登ってしまえばあとは下るしかない。それはどうしようもないことなのだ。そしてそのピークがどこにあるのかは誰にもわからない。まだ大丈夫だろうと思っている、そして突然その分水嶺がバートルヴィーと共にヤァヤァヤァとやってくる。それは誰にもわからない。