行方不明の象を探して。その204。

彼女は勘のいい女だから、そういうことがわかって、ああいう素振りをしているのだろう。普通の男だったら、あんな風にいかにも高そうな高級車のボンネットに腰をかけて、艶めかしい脚をプラプラさせている女を見たら、襲いたくなるに決まっている。彼女はそれを誘惑しているのだ。どっちにするの?と。でもそれは彼女が究極的な選択を迫ることで、ジラしているというプレイの一種である。多分彼女に聞けば

 

「あたしはどっちでもいいけど」

 

などと言うであろう。もしくは

 

「何勘違いしてんだよ!この変態!」

 

などと罵られて、また鼻を殴られるかもしれない。しかし彼女の性的概念はとても抽象的なので、そういった身体的なSMプレイなどに興味があるはずもなく、仮にそんな言葉を吐いて鼻を再度殴ったとしたら、それは彼女が本気で嫌がっているということになるだろう。聖餐執行者、聖餐用神性を引き出すパンいただいたとして、異なる設定、幻覚症状、気分浮き沈み。解釈は?「気が狂った」のか、「神の啓示を受けた」のか?

 

心臓がドキドキし過ぎて頭がクラクラしてくる。彼女はどういう状態なのかを分かっていてああいう行動をしているのだから、本当に分かっている女だなと思う。だから肉欲が観念に勝ることなどありえないと思って、リビドーのピークの飼い殺しを選んだ。

 

「コツコツコツ」

 

という彼女のブーツの足音がだんだんと近づいてくるのが分かった。ありふれたことにマンションに入ろうとしていた後ろから抱きしめられてしまった。ギュッと強く抱きしめられたわけでわない。優しく包み込んでくれるような抱きしめられ方だった。抽象的な彼女がこんな具体的なことをしてくるのは悪質な誘惑に違いないと思った。観念が何よりのエロスだと分かっているのに、それを否定するかのように彼女は抱きしめ続けた。俺は狂ったのではない。神の啓示を受けたのだ!と確信した瞬間だった。

 

こういった関係になる人間はサディストか変態ばかりで、それは好みでもあるのだが、進んでそういう人間を選んでいるのではなく、自然にそういう人間と知り合ってはこういう関係になってしまうのだ。セックスを見下したセックスを彼女は求めている。それは求めているのではなくてエロスの観念を堕落させようとしているのだ。究極のサディストであろう。去勢しようとしているようなものだ。

 

自宅マンションの前で後ろから抱き着かれているなんていう図を俯瞰で考えただけでもゾッとしたので、観念して彼女を振りほどいて彼女の車に向かった。彼女は微笑を浮かべながら運転席に乗り車を走らせた。こういうノーマルなものが苦手だと分かって彼女はそういうことをしているんだ。一種の嫌がらせ。だから俺は家に帰れなくなった。結果、俺はまた彼女の車に乗ることになった。精液がいくらあっても足りないな、と思った。

 

身体を鍛えなければとも思った。例えば格闘家の体の中心とは拳骨だ。フィットネスラインを見れば分かる。何しろファイターズラインが動いていない。フィットネスセンターのラインは、動かない指のラインだし。動かない指の腹の中には、模様がちょろちょろしている。模様がくるくると流れている。

 

めまいがしそうだ。めまいがするから、家を出ようと思う。引っ越そうかな。いや、家に原因があるわけではない。俺はラインの光の触媒だ。そう思うとラインの光に目がくらんだ。指の腹だけを触っている象が、海の真ん中にいる。象の腹だけを触っている、という感じ。吾輩は一人ではない。俺の中には生命が隠れていて、生きているのはフィットネスの奥底に隠された命があるからだ。

 

そうね。何を話そうかな。あ、その前に自己紹介をしておくわね。正雄はお茶のボトルを提供すると言い出した。あくまでボトルだと言い張った。俺が断っても正雄はペットボトルを押し出す。耐性が強すぎて俺はハンマーを選択した。そんなに高価ではないと思いますか?ディオールのハンマーです。これ。ビビったべ?車はペットボトルと同じくらい生きることができるけどね、正雄はシェイクできないけど、なんで突然車なの?肉自動車ってバンド知ってる?アナログっていうか7インチだったっけ?

 

タロットの本を読んでいて思うのだが、肝心のハイヤーセルフとのやり取りの仕方が書かれている本が皆無に等しいことに唖然としてしまう。タロットを切るだけなら誰でもできるから本を買うんじゃないのか?何かと繋がっていない占術などただのアルゴリズムにしか過ぎない。ランダムに出た結果をアルゴリズム的に判断するのならAIがその仕事を的確に行うことができるだろう。いつぞやの対談でも俺がそう言っただろう?

 

でもハイヤーセルフなり気を整えるとかエーテル体を使うとか、そういう話が出てくる本ならオッケーだ。一般的には怪しげに見えるのだろうが、そもそも占いというのは怪しげなもので、怪しげでない占いはAIに取って置き換わる。しかしAIにハイアーセルフはいない。だからハイアーセルフとコネクトしている占い師以外、AIで淘汰されることになるか、あとは占いというよりカウンセラー寄りの客の気分を良くしてくれる占い師だけが残るだろう。

 

いいえ。口にお茶を飲んだよ。これは何ですか?焼け臭いが変ですね?お茶の味がしますが、炭化学薬品の臭いがします。味は違い、香りは焼けた薬の香りです。こんなお酒は初めてだった。苦味に眉をひきつけた。苦々しさは後で訪れた。やぁ!苦々しさ!と挨拶したら、化学薬品に乗る臭いと共通点がある苦味を連れてきたんで、弾薬を舐めるとこんな味がするようだって言ってやったら、いたずらでもされたのかと思ったけど、正雄の驚き方を見るとそうではないようだ。

 

もしこれがみんながグルになっての「ドッキリ」ならば俺の反応を見て爆笑が起こっているだろう。でもそれだとすると相当ヤバいっていうか仕掛ける側ともうまともな関係を結んでいられないよ。いや、何よりキャップを開けるときに「カチっ」というプラスチックの音がしたから、何かを混入させることは不可能だからな。

 

そうか、「カチっ」とした感じってこれだから重要なのかと思ったのね、ってーのはお茶が並々とペットボトルに入っていても開封されていたら気持ち悪くて飲もうと思わないじゃん?「カチっ」と音がするから未開封なんだね。愛子が心配そうな顔をしてこっちを見ている。どうなんだろう?愛子って俺に気があるのか?

 

でもガチ占い師は

 

「私はハイアーセルフと繋がっております」

 

などと言わないだろう。だから素人が見ても占い師がガチなのかただのアドバイザーなのかが分からない。だから占い師は結局、AIに淘汰されないどころか、逆にAIで食える仕事がうんこのように食えなくなってしまうから占い師は増えるかもしれない。うんこをたくさん食べる話はまだしてないのでいつかしようと思う。サッフォーのチュチュのような本が大好きだ。最初に刷られた本は発禁になったかなんだがでほとんど出回っていないらしく幻の小説などと言われたりしていたのだろうね。

 

でも俺が敬愛するバタイユあたりの人間は、特にやつは書士だったからチュチュを持っていたに違いない。もしくは発禁されたけど割と早めにリイシューされたとか?リイシューっていうとレコードっぽいけど本も記録媒体みたいな、保険をかけておけば記憶媒体みたいなもんだから、まぁ同じことだろう。バタイユはこんな風な無駄なことを書いたりはしない。要点の激しい乱交やファックや小便を飲んだりするシーンまでが本当に短い。サドもフランス人だった。ゲンスブールもスカトロが趣味の画家の小説を書いていなかったっけ?フランスと言えば変態小説の聖地だな。ああ!フランス!

 

今や花の都なんていう幻想は崩れ落ちた哀れなフランス!アメリカ並にここ10年ぐらいで国の魅力が下がりまくったフランス!相対的に上がってはいないのだが、「日本は他国の下がり具合に比べればマシ」という位置にあるので、なんか日本にいて良かったなって思えるかな。コロナも他国みたいな大惨事にはならなかったからね。惨事だったとは思うけどね。俺は今後もコロナにかからないしかかったこともない。何しろコロナを信じてないから。え?それってスピリチュアルじゃないっすか?信じたものが具現化するっていうことの悪用ですよね?じゃあ便器を舐めたりする生活を送ってみてください。いつかコロナに罹りますよってフランスのひろゆきが言いそうだなって思った。ああ!フランス!色んな意味でフランス!

 

バイザウェイ、シェケナベイベー、シェキナ?どっちでもいいさ、愛子との変な距離感。俺が彼女のことが好きだなんてことは態度でバレてるだろうに。それを拒否するわけでも受け入れるわけでもない愛子。ただ俺はあきらめるつもりはない。こうやって気持ちが高ぶってくると僕から俺になる。客観的になると僕なのだろうか。でも自分のことを僕という大人にあったことがないな。

 

ペットボトルに付いたラベルだけを見て!って言われたから穴が開くまでラベルを見続けた。目がしょぼしょぼになったところで目薬を。でも驚いたことに日付部分が消えて読めなくなっていたってことは目からビームみたいなのが出てたってことだよね?確認してないけど穴が開くまで見る前はここまで消えてるわけじゃなかったと思うから。

 

そのドリンクはザーメンみたいな変な味だったけど、その前に酒をガンガン飲んだせいで後髪が異様に邪魔になった感じがして凄い勢いでゴムで縛って後で切ってやろうと思ったわけ。正雄はそりに乗っていると言ってた。ああ、神よ。慣れていないからです。哀れな正雄さん!

 

んで愛子は常に日常の言語から自分を排除するようにテーマを変えまくってはどんどんと話がかけ離れて行って誰もキャッチできない領域にまで達してるように思えたのは俺だけではなかったはずで。でもね、すまんな、ほとんど寝ていたので答えられません!そんな愛子は僕を見て苦笑した。美雨は難解だ……と唖然としてた。いや、難しいことなんてないんだよ。感じろ!って言ってやったんだけどね。

 

俺は正雄に話を振った。愛子が意外そうな顔をするが正人は心ここにあらずといった様子で黙りこんでいる。妙に正雄の尿切れか悪い。ノコギリヤシを飲むといいと思う。ザーメン切れはみんな悪い。大体オナニーした後、尿道にザーメンが残っているからそれがパンツにディップしてパンツが臭くなる。だから男は大体イカ臭いし、女子のマンコもそれなりに匂うけど、男の男性器も大抵の男はオナニーばっかしているし、常にエロいことを考えているから、男の男性器は年中イカ臭い。実際にはカルキ臭いわけで、それは栗の花の匂いに近いと言われる。だとすれば気になる女性と栗の花を見に行けばいい?

 

「ザーメン臭いですね。ここ」

 

なんて清楚な女の子が行ったらもうソッコーホテルへゴー!だろう。ギャップ萌えってやつだ。ギャップと言えば俺だって変人だけど振る舞いは一応はちゃんとしているから変な常人として思われているだろうけどド変態どころじゃないド変態だ。それこそバタイユみたいなもんで見た目は地味な公務員なのに影であんなエログロのものを書いていたんだから人間って恐ろしいな。しかしバタイユのエロスには文学がある。そこがただのポルノとの決定的な違いだ。

 

いつもの正雄の小便はピストルの弾のようにペニスから便器へ一瞬で移動する。こんな流動性は普段はないはずなのに。美雨が突っ込む。オイオイ。美雨は男子トイレにすら入ってくるというのか?大胆なやつ。愛子がいなかったら美雨を真剣に好きになっていたかもしれない。

 

拳の底に生命が隠されている。肌のぬくもり。別の人生があることを伝えようとしたが、別の人生などない。俺は指先だけの人生を歩んできたのかもしれない。 険しい険しい風景が、夕闇の中でむき出しになっていた。冷たさが頬をつたう。それは白く光り、不思議な光を含んでいた。

 

葉の影から漏れた桑の葉は、紫色の液を滴らせていた。知識の欠片もなかった。陰毛の生えた一枚の皮膚。俺は、ただ、おかしな心持ちで座っているだけの猫背野郎だった。