行方不明の象を探して。その205。

近所にカーセックスする人間が集まる通称「アオカン公園」というものがある。山を登った先にあるだだっ広い駐車場に車を停めてカーセックスをするのだ。今日も結構な車が止まっている。車を停めると彼女は無言で左右の胸へと手を滑らせた。艶めかしい声が出てしまった。彼女は上着を脱がし、シャツを脱がせると、半裸になった左右の胸をそれぞれ手全体を使って滑らせた。直接的な性的なマッサージというよりも、軽く撫でるような感じで、かといってもフェザータッチのような性的な感じはなくて、何がしたいか分からないような曖昧な触り方を続けていた。

 

全神経が胸に注がれることで、鼻の痛みが気にならなくなっていた。彼女は一旦、おなかの上あたりまで手を下げて、それから再び掌で胸を触るのか触らないかぐらいのタッチで滑らせるという作業を繰り返した。小指側をくっつけたまま、胸の下の部分を徐々に上のほうへと手が移動していく。

 

「クスッ」

 

という彼女の笑い声が聞こえた。彼女とは抽象的な観念のレベルで繋がっていると思っていたのは、ただの思い込みなのだろうか。その観念のレベルのエロスを壊すことに何の価値があるのか分からないまま、されるがままになった。今度は乳首を指先でつまむようにしてきた。多分、親指と人差し指の日本を使ってつまんでいるのだろう。ジャパンを使って摘まむなんて芸当は彼女にしかできないと思う。国つ神なのか天津神なのか、どちらのスキルかは忘れたけどね。

 

その作業を見ている間は無表情だった。意地を張っていたわけではない。彼女が何をしようとしているのか計りかねていたからだ。きつくつまんでみたり、指の腹で撫でるような具合にしてみたり、くだらない抽象性の少ない愛撫に似たフェイクが永遠と続いていた。

 

明らかに憂鬱な雰囲気を持った女性が折り畳み椅子に座っていた。無言で海を見つめている。空と違って、海はいつものように濃い灰色をしている。しかし海は穏やかで、波は静かで心地よい音を立てて、砂浜に打ち付けている。砂浜を静かに歩く。陸地が見えてきた。

 

「車を持っているんだ」

 

隣の椅子に座った男が言った。

 

「ここはどこなのですか?」

 

と彼女は聞いた。

 

「何だと思ったんですか」

 

「どこでもないと思ったのですが。ただひたすら灰色が続きますね」

 

と彼女はコメントし、ウェイターにミネラルウォーターを頼んだ。

 

彼女は耳元に顔を近づけて何かを言う。何を囁いていたのか分からなかったのだが、男としての反応が自然に出てしまって、ゾクゾクした。彼女は髪をかき分けて耳殻のところに舌を伸ばすと、ぺろぺろと舐めまわされた。息も吹きかけられた。違う感じのゾクゾクが訪れた。舌の先はなおも耳殻の中を舐めまわす。

 

脊椎のあたりに刺激が走って、頭がフラフラした。どこかに捕まっていないと倒れてしまいそうだった。呼吸が苦しくなってきて、魚のように口をパクパクさせた。いつの間にか目を瞑っていた。頭がフラフラすると思っていたのだが、身体はクネクネした反応を見せていた。

 

そしてQ&Aに向かって走っていく。トゥギャザーの入ったシアサッカーのワンピースに 白いレース、毛足の長い薄紅色のドレスと、そこから放たれる高く鋭い声。いつも薄くて切れ目がないわけではないのだが、何か思いがけない、とてもかすかな脅威が、さっと唇に刷り込まれているように見える。

 

そして彼女は頭から離れないむず痒い焦燥感に合わせたいような顔をする。藤色に紅潮していく。自分の中の何なのか、誰なのか、わからない。ちょっと照れくさそうな顔で、まぶたでプレイをする。ビーズ玉のような瞳は、激しい笑みを浮かべながら、どんどん表情を濃い墨で染めていっている。

 

果てしなく続く愛撫の中で、白昼の光は絶えることなく輝き続ける。白昼の光は灼熱のごとく燃え上がるが、何かがおかしい、肌が泡立つようだ。陽の光はどんどん消えて、もう夕暮れになってしまったかのようだ。陽の光はどんどん消えていき、どこまでも透明な梨色の輝きの中で、かすかに黄色に染まっていく。

 

太陽は消えていき、どこまでも続く灰色の輝きの中で、太陽が輝いている。長い時間が経った。意外と重さのあるキスを受け取ると、角笛が鳴る。村西とおるならほら貝だったっけ。視界に映る黄色く反射する柱の間を、若い男女のざわめきが斜めに注いでいる。

 

風に運ばれて、黄ばんだ影に斜めに注ぐ光の反射の柱を横切っている。

 

「さっきはごめんね」

 

急に申し訳なさそうな顔になる。

 

「聞いているよ」

 

目で催促する。

 

大げさな感情で、しかし何の迷いもなく、何の葛藤もなく、何の協調もなく、その言葉は語られる。そして、またねじ曲がっていく。いや、輪郭が小さすぎる。憂鬱そうに眉をひそめる姿、繊細な手首、目を閉じている姿。華奢な手首と、その華奢な手首の両手のひらを折っているのが印象的だ。

 

彼女の右手がペニスのほうへ移動していって、そこでも触れているのか触れていないのか分からないような触り方をしながらズボンを脱がそうとしていた。パクパクしていた口から再びなまめかしい声が出てしまう。左手の指は変わらず乳首を触っていた。先端のちょっと窪んだ部分を爪の先で突き刺すようにする。痛いはずなのに不思議な快感が訪れた。

 

突き上げられるような心地よさに耐えられなくなって、あられもなく大きな声が出てしまった。彼女は左の乳首を優しく噛んできた。胸の上で舌を転がしたり唇で吸い付いたり波崎で噛んだりしている彼女に

 

「もっとめちゃめちゃにして欲しい」

 

と言いかけたのだが、観念を壊したくないので耐えることができた。彼女は胸以外の部分にも卑猥な行為をし続けた。彼女は口に舌を入れてきて、お互い下をからめ合いながらキスをした。唾液の交換のようなキスだった。もどかしくてしょうがなかった。ここまで来たのだから我慢せずにセックスしてしまえばいいのに、セックスを受け入れるフリを続けた。

 

壁は永遠にそこにあったかのように思えていたが、今、それは一瞬で崩れ去った。重なり合う感覚が、まるで彼女の体から発せられる音に導かれるように俺を包み込んでいく。目を閉じて、彼女の身体から発せられる音に耳を傾ける。まるで彼女のかたちをしたボディ・ソニック機能つきのスーツで全身が包まれたような感覚が広がっていく。これこそが福音であり、不意に訪れる行為が、求めていた光景なのだ。素の女性の無防備な状態。それは、俺にとって神聖な瞬間だった。

 

履き古しのブーツに魅了され続けている俺は、その魅惑的な香りに溺れながらも、心の底でより深い性的体験への期待が高まっていた。ミニスカートから覗く彼女のブーツ脚が、とてつもない美しさを放っていた。語彙とか表現力の限界で「とてつもない美しさ」としか言えないし、「もうその美しさは分かったから」って言われても美しいと感じるんだからしょうがないっしょ。そんな彼女が愛車のプロトタイプ909カーに寄り添い微笑む光景は、俺の心を釘付けにした。

 

ブーツが好きなのか?それとも彼女のことが好きなのか?などという問題に頭を悩ませすぎて、精神的にやられる奴はいないかもしれない。でもさ、私はそういうことを考えると何だかしんどいんだよね。こんな現代社会で生きている人だって、たぶん何かしらの理由でしんどいはずだ。それがまた新たなしんどさを生み出して、どんどんおかしな悪循環になってくんだよ。

 

それにしても、一度始まったらなかなかストップしないんだよな、うんちって。糞便の匂いがどんどん部屋に充満し、約一週間分のうんちがガンガン出てきたんだ。

 

「あ~あ、ヤっちゃった」

 

彼女は呆れたような言葉を吐きながらもサッと後片付けにかかっていた。彼女は俺のびちゃびちゃになった股間をぬらしたタオルで丁寧に拭きながら、うんちの後片付けまでしてくれた。昨日、バイトからの帰り、肉体労働でヘトヘトになった体を引きずりつつ、小雨に濡れながら歩いて家に戻る間に、このさの悪循環という考えが浮かんできたんだ。傘を持っていなかったのでずぶ濡れだったし、持っていたとしても小雨ならそのまま歩いていたかもしれない。でもそんなこともどうでもいい。

 

「ビニールのシートがあってよかったでしょ? おなかの調子はどう?」

 

言われてみれば、確かにスッキリしていた。しかも、うんちを出しながら直腸にスルスルと気持ちのいい感触を感じ、結構気分が良かったんだ。

 

「今度からうんうんが出なくなったらあたしに遠慮なく言うのよ。恥ずかしいことじゃないんだから」

 

ビニールシートはビニール傘を「ギューン!」ってやって彼女が即席で作ったシートだった。言うのを忘れていたけど、こういう機転の利くところが彼女の良いところだ。彼女の良いところを上げればブーツが似合うなんてことはただの一部分にしか過ぎない。