彼女が一日履いた、しかもラリったり千鳥足になったりしているブーツを撫でまわすのが楽しみで介抱しながらも常に勃起していた。介抱している割には彼女は千鳥足ながらもちゃんと歩いている様子で、ただ介抱をやめようとすると、なぜかとても嫌がる。だからとりあえず半分抱きかかえたようなフリをして二人で歩いて最寄りのラブホを探すことになった。
そういえばやけにカラスが多いなって思ってたんだった。カラスの群れが僕たちの上を通り過ぎて行って、デパートの屋上を横切ってたんだよな確か。でもそういえばお互い一滴も酒は飲んでいないのに見た目は泥酔した女を介抱する男という感じだよな。
「ところで君さ、仕事とかしてるの?」
「働くとかって人は言うじゃない?でもそれって一体なんなのかしら?日々の生きるということだけで立派な労働だと思うのよ。あたしは賃労働は一度もしたことがないわ」
「マルクスかぶれのらりぱっぱだな。君は。何なの?アナーキスト気取りとかそういう感じ?イデオロギー的な意味で働かないってこと?でも君の一家は資本家だよね。めちゃめちゃブルジョワだよね」
「マルクスってマルクス・ガブリエルのこと?なんだっけ?恋とはしたい!とか思うんじゃなくて気がついたら落ちているのが恋だって言ってたわ」
「いや、カール・マルクスね。えらいマルクス違いだね。でもそうなんだ、彼の本は読んだんだ」
「ジョイント吸いながらザッピングしてたらNHKでガブリエルが出ててそんなことを言ってたシーンがあったってのを思い出しただけ。本は基本読まないわ。あたし」
凄く聰明そうで預言者のような目つきで語っている割に、話は普通の女かそれ以下の内容だ。まぁ一応哲学というジャンルだから並の女よりかはマシか。こないだの援助交際したJKも本なんて読まないって言ってたけど、そういうガチな感じはしないな。賃労働って言葉を知っているあたり、リテラシーレベルは高いのかもしれない。
「ねぇあたしあんまり時間がないんだけど、ちゃんと目的地に迎えてるのかしら?」
「目的地って?」
「エトセトラ的な何かよ。フィジカルがメタフィジカルになる瞬間みたいな絶対零度のエクリチュールを求めているの」
「でもさっき本は読まないって言ってたよね?」
「本ばっか読んでるあなたらしい言い方だわ。エクリチュールって書いたものに限らないのよ。あたしが求めている愛情ってね、一度だけでもいいから味わってみたい愛情って絶対零度のエクリチュールなの」
「なんかカサブランカみたいな話だね」
「だってあたしも普通の人だもの」
彼女がギュっと僕を抱きしめるのが分かった。介抱するというより抱きしめられてその場から動けなくなってしまっていた。会話は相変わらずなんだか分からないけど、とりあえずホテルには行けそうなので凄く安心しながら興奮していた。その場で自分のスペルマをぶちまけるぐらいペニスは張り裂けそうになっていた。
ラリったまま意味不明な言葉を繰り返す彼女を愛おしく思った僕はそのまま彼女の唇に吸い付いた。
「いや!やめて!そういうんじゃないから!!」
激しい抵抗にあった。即座に謝罪した。ホテルに向かうのはもうダメかと思ったのに、彼女は無言のまま最寄りのホテルに向かおうとしたままでいる。僕も無言のまま謎の介抱を続けながらホテルに向かった。
それにしてもなんていうか、ドラゴンボールのアニメみたいだなと思ったんだよなこの時。子供の頃にさ、毎週楽しみにしていたんだけど、ベジータ対悟空だったかセルだったか忘れたけど、永遠とお互いがけん制し合ったまま会話を続けて三回ぐらいがそれで終わったと思うんだよね。カフカの城とかブニュエルの皆殺しの天使みたいな感じ。
なんか別にホテルに行ってセックスすればいいのに、なんでこんな牛歩戦術みたいな感じでホテルに向かいながら意味不明な会話をしているの?っていう不条理があるよね。カサブランカって何か自分でも分かってないのに浮かんだから言ったら何にも反応しないし。こんなことなら彼女に会う前にオナニーしておけばよかった。このまま介抱して特に何もやらないで帰るという選択肢が、下半身にはなかった。
彼女の千鳥足生足ブーツを眺めながら「コツコツ」という音を聞いて彼女を解放する。膨張しきったペニスがズボンの中で擦れるだけで気持ち良くなって我慢汁塗れになっている。それにしてもあんな剣幕でキスを断られてセックスできると思えないし、自分はブーツを見ながらオナニーするのでも全然いいんだけど、彼女がそれでもホテルに向かう理由が全然分からないんだよね。
んでまぁホテルに着いたんだわ。チャリーンって感じで鍵を玄関においてさ、んで彼女にブーツを脱いでほしくなかったから介抱したままわざとベッドのほうに向かったんだよね。そしたら
「かけて」
とかって言うわけよ。ザーメンかけてってことなのかと思って問いただしたらなんか音をつけてくれっていうことだったのね。自分はオールドスクールでCDプレイヤーのウォークマンで音楽を聴いてるからウォークマンで聴いてるCDを常に持ち歩いてるんだけど、全然まぁホテル向きじゃないっつーか、さっきのカフェみたいなもんだよね。
「場に合うような音楽がないんだけど」
って言ったら彼女は
「いいからかけて!繋がり過ぎた世界を分断する音をつけて」
っていうえらい剣幕な感じだったから適当にかけたのがEdition RZから出ているMichael von Bielの作品集。ヴァイオリンでギーギーノイズを出すような、現代音楽版Organumという感じで、その異様な響きが部屋に響き渡る。
「これよ!これ!パフォーマンスってこのことだったの!」
彼女は叫ぶようにそう言った。そしてイチモツを立たせたまま唖然とする。行動とか喋りとかってのにはやっぱり文脈があるんだと思う。だから人は「ここは話を変えて」とか「ところでさ」とか「こないだのことなんだけど」とか会話に整合性を持たせるんだろう。でも彼女とは一切そういう感じでは繋がれないことが明白なので、こうやって現代音楽を流してみたり、カフェで意味不明な話をしてみたりするしかないのだ。
彼女は虚空を見つめたまま
「パフォーマンス、パフォーマンス」
と呪文のように言葉を永遠と反復している。咄嗟に
「ねぇあのさ、Terry RileyのYou're No Goodって知ってる?脚コキしてほしいんだけど」
と言った。彼女は
「まずかけてみたら」
「CD無いと思うけど一応探してみる」
ベッドに横たわっていた彼女は急に素面に戻ったように冷蔵庫からビールを取り出して飲んでいる。彼女はしばらく息を止めた後に、思い直したように冷蔵庫から二本目のビールを取り出して飲み干した。息を止めているときにまたジョイントでも吸ったのか?と思ったけど、そうではなかったみたいでなんだか安心した。
「あなたにはたぶん分からないでしょうね」
空いたビールの缶をテーブルに置いて、穏やかな声で言った。
「ねえ。自分のことを普通の人間だと言う人間を信用しちゃいけないって言ってたじゃない?」
彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべながら言った。
「それより脚コキはどうなの?」
と彼女に聞いてみた。
「信用できないからダメだし、まずはそのレイリーだかライリーだかをかけてからじゃないの?」
「いや、僕は信用できるタイプの普通の人間だし、その証拠にRileyのCDを今、かけようとしてるじゃないか。君のリクエスト通りに」
ペニスは直立したまま全く動かなくなっていた。しかもビクビクしていて違う生き物が股間に居座っているような感じだった。一旦自分のペニスを黙らせるために野球選手の顔を浮かべたり三桁同士の暗算をしてみた。しかしペニスは勃起したままだった。
You’re No Goodが唐突に不可解な電子音からノーザンソウルになった。部屋の雰囲気が一気に変わるような気がした。彼女は知っているのか知っていないのか、その曲名も知らないノーザンソウルを口ずさんでいた。
「聞いたことあるのこの曲?」
「ないわ。あなたにしては珍しく変な音楽じゃないのね、適当に鼻歌を合わせて歌ってるだけよ」
彼女のような女を完全に魅了し虜にし、抜き差しならぬ関係に持ち込むには、何よりも性欲的に彼女を征服してしまう以外に方法はない。しかし謙虚さは美徳ではない。でも万物の理論に近付いているという確信がある。
ただ来るべき認識に向かって進んでいるという確信と強度が生活には必要なのだ。例えば様々な概念を使って存在論的構造を可視化しようとする。でもそれは近似値に過ぎず、客観的な事実ではない。時空間のエクリチュールは言わば複雑な糸の繋がりのようなものだ。