ニートから亡命まで。さいご。

mimisemi2008-11-24

続き。


男 ではそのロボットやらを見に行こうじゃないか。


俺 そうですね。


バスに乗って駅前のマクドナルドに行く。街にそびえ立つおぞましい、フリッツ・ラングメトロポリスを連想させるような性器の形をしたビルディングが人々を飲み込もうとしている。僕たちはマクドナルドの行列の中で15分待って、それからウェンディーズ行きのバスに乗り換え、ようやく夜中になって、マンハッタンのシェルター型精肉工場にたどり着いた。僕はこの男の後について、キュッキュッと歩くたびに音がするサンダルで、おぞましいホルモンの洪水の中を歩いた。この「キュッキュッ」という音が肉片を踏む音なのか、サンダルの音なのか、はたまた男性ホルモンの分泌音なのか、これはもはや僕の理解を超えた次元の問題となってしまっていた。工場は酷い霧で覆い尽くされており、その臭いは、半年の間、男臭いザーメンを浴びながら監禁され続けた女の体臭のようだった。あの地獄の狂乱は、ロボットと人間達の境界線を壊していったのだ。生ける屍と化したロボット達は、工場配給の「ラブ・ジュース」と呼ばれるリキュールを水で薄めて飲み干している。僕は朦朧とした気持ちで工場を歩き続けた。


すると突然、音というよりは音波のような、けたたましいサイレンのようなものが工場に鳴り響いた。僕はその音を確実に体で感じていた。なぜならそれは音というよりはまさしく音波だったからだ。そして工場の天井に、女性器に細工したような形の醜い顔の男が映し出された。それがプロジェクターによるものなのか、音波が空間に干渉した結果、おびただしいホルモンの集合体が群れをなして、それらが有機体の如くそのおぞましいヴァギナ面を形成しているのかは知る由もなかった。工場を覆い尽くすザーメンのような臭いが一段と強くなる。そしてサイレンに似た音波がゆっくりと音色を変えたかと思うと、まるでその音波が僕たちの頭の中に直接響くかの如く、何かを語りだした。僕は無意識に隣にいたはずの男のほうを振り返ったが、男はいない。その強烈な音波は地下全体を震わせながら何かを喋り続けている。その聞き覚えのある声はその男のものだった。その強烈な音波が脳内に直接干渉してくる。「オナニーはどうだい?」「そうか。ところで思ったんだがね、君は労働せずにニートのような生活を謳歌しているらしいが、それに関して罪悪感は抱かないのかね?」「お前は私を馬鹿にしているのか?」「情けないな」明らかに覚えのある言葉の数々に僕は驚愕した。そして僕は不気味な笑みを浮かべながら、ニヒルにこんなことを思った。「なるほど。これがデウス・エクス・ヴァギナというやつなのだな」


そして、僕は地面を覆い尽くしているホルモンを手にとり、香りを嗅ぎ、食べてみた。僕にはこれらを疑う懐疑の能力という権利があった。僕はそれを行使していた。脳内電波、脳内現象、脳内議論、脳内論破、被害妄想、僕はそれらの全てを疑う権利を持っていた。絶対的な確証など存在しないのだ。僕はそのブニブニしたホルモンをほおばりながら、体中に気色の悪いテストロテンが行き渡るのを感じながらそう思っていた。ロボット達はディオニソスの労働を続けていた。そして政治的にデカルトな音波はその仰々しい音色を携えながら、未来派左翼の幻想をマリネッティマニフェストに共鳴させていた。僕は工場に佇んだまま、口内を覆い尽くすホルモンの想像を絶する酷い味と、音波の中間に立ちながら、自分の冷静さをロボット達に配給されているリキュールによって保ち続けた。「なんなんだ?この内在的な感覚体験は?僕はそれを酷いものと感じていたのに・・・」この不思議な絶望感が周囲に伝達するのを感じたとかと思うと、周囲の空気が解け始めた。


こうして考えてみると、周囲と僕の感覚の溶解が、ジョンケージの音楽のように即物的に思えてくる。そして僕の口内を覆っていた脂っこいホルモンの酷い味が音波と共鳴し始めるのを感じたので、僕は飲み込めないホルモンが残った口を出来る限り大きく開けて、天井に映し出されているおぞましいヴァギナ面に向かって叫んだ。「労働なんて糞食らえだ!」ホルモンが口を覆っていたために、ちゃんと発音できなかった不可解な僕の言葉が、どういうわけか僕はデウス・エキス・ヴァギナに届いたように思えた。なぜなら、ロゴスの内的なずれを前提とした会話など最初から成立しないのを分かっていたので、ヴァギナ面が僕の言葉を発音された言葉だけで理解しようとも、意味を理解する手段を持っていないわけだから、そもそもの発音の正確性など問題では無かったのだ。僕のヴァギナに対する怒号の後、言葉を発していると思われていた音波が、ただのノイズと化した。そして、僕はそのノイズと化したただの騒々しい音波が止むのを待った後、イカ臭い工場を後にした。ノイズがやみ、工場が崩れ落ちる。ロボット達は空間を切り裂くような悲鳴をあげ、街はよりいっそう静かになる。僕はその光景を帰りのバスの窓から眺めていた。明け方の薄暗い空が、工場の崩壊を見守っていた。街を覆い尽くす崩壊のノイズは、まるでロボット達へのレクイエムのようだった。そして僕はこの崩壊のシンフォニーにこんなタイトルを付けた。「マキナ・デンタータ・オルガン」


終わり。

ラカンと政治的なもの

ラカンと政治的なもの