行方不明の象を探して。その15。

「先生、音声入らないからもっとリラックスした表情でしゃべりながら作業してもらってもいいですよー」

 

「タイピングするときに喋ったりしないので」

 

「あー、それもそうか、集中してるんですもんね。カメラ、もっと手元アップして。いいねぇ、さっきまでの作業から一転、繊細な手つきでのタイピング。すべらかでひんやりしたヌメりのある手つきがなんとも官能的だよ。小説家ってモテる商売でしょうね」

 

番組ならいいんです。この番組だけに出演して、自作について語るのであれば。しかし、やつがドキュメントした番組はヌメりに関するものであり、硬派なイメージの長寿番組であたしが真剣に小説を書こうとする姿を撮影してくれそうだと思ったのに、実際はAV的だった。
 

でもね、どの道、全てを語ったところで言語は虚空へと帰するわけで、全てはただの形式上の話だ。店内はカール・ハンセンの家具とマリメッコのファブリックパネルとムーミンのランプでBGMは現代音楽というかインディーズの自主映画のようなアートフィルムのサウンドトラック。

 

François-Bernard Macheの「L'Annonce Faite A Marie」でクローデルのマリアへのお告げをセルゲイ・パラジャーノフ風に撮ったようなアートフィルムで、原作はかなりベタな戯曲のようなものだと記憶しているが、監督のAlain Cuny版 L'Annonce Faite A Marieは独特の抽象性と時間が止まったような空間性がある作品でフェイバリットである。

 

ケーキのスポンジは縞模様に、宝石のように大きな3粒のブドウはイチゴパフェやフルーツパフェの目を引く華やかさに、そして王道のセンスに、もうね、鼻から息を吐くような気分で「これはきっとすごい粒だ!」と勘違いしたくなるような足の下に配置し直したのは、おそらく運動不足のためだったのだが。

 

とはいえ、まだまだ発見があるテクニックだと思った。というのもあたしはそれらをしないように、またはそれらを使用するように、様々な作品を乱読しているからね。人生半分捨ててるようなもんだ。というより何回もこの話をしてしまうし、これからもするから恐縮なのだけどね、めちゃんこ人生に飽きとるんすよ。この生活を始めてから、食事の量は増えていないのだが、寝る瞬間にお腹が空いてきて、それのおかげで文学に没頭している。

 

目覚めた瞬間から、例えばチョコレートパフェから得られる安心感のようなものまで、しかし、上部に高く積まれた紫色、このぶどうパフェは、そのようなことはなく、爽やかな酸味と旨味があった。生クリームとぶどう色の層が交互に重なっていて目立たないので、比較的安全な部類に入るが、その分太りやすいし、カロリーはどれくらいあるのだろうか?ということが気になってしまう。

 

週に一度、ジムで汗を流していた頃は、年中アンニュイ!?

 

食べたいけどね、秋のアンニュイな季節に食べるとどうなんだろう?発見!の季節でもいいや。そもそも文学的なテクニックを知ることが大事で、勉強はしない生き方を見つけてから運動をしなくなったので「これはすごいテクニックのテーブルに違いない」と勘違いしてしまうのだ。秋の葡萄パフェ、630円。大粒の葡萄と紫のシャーベット。

 

チョコレートは自慢できるほどの実力がラベルに記載されておらず、カロリーの少ないパフェに負けるように見えたことで、唖然とするほどの不信感を感じたが、もちろん、あたしのタイプライターは空白。空白。

 

あたしは500カロリーともっとまたは同じ量のポテトチップスを食べていたい。カロリーを隠したいということだ。多分、彼は一袋のカロリーを聞いているのだろうが、確実に物語の強度はプルーストによって実証されている。

 

ちょうどそれがバナナパフェの話やプルーストの無駄な文章のように、ウェイターを呼び止めるほど重要ではない話から単語をキャッチしていないと、それは決して低くないことを示すことにも、しまいにはレストランにおける負の情報を開示することにもならないのだ。

 

「そりゃそうだろ。わからへんよ」

 

「倦怠やんけ。ぶどうパフェのカロリーを聞くのんとか分かってるよ、意味ないの。倦怠からくんねん」

 

「次の電車、乗ろうか」

 

「乗ってどこ行くねん」

 

「わからんけど、どっかで降りよう。なんとかなるやろ」

 

「あのな、楽しいのスレッショルドが上がり過ぎてんねんって」

 

「スレッショルドって何?」

 

「スレッショルドや。基準みたいなもんや。ここまでいかんとおもんないみたいなもんや」

 

「そんなもん当たり前やん。色々やったら飽きるよ。そりゃ」

 

「それが問題やねんって。あのな、俺のな、人生な、倦怠との格闘やねやんか。でもな…」

 

「めっちゃ語るな自分」

 

「いや、ちょっと聞いて。若いころってそんなことなかったんやんか。なんか無気力やってん。ごろーっとしながらテレビ見たりな、今の俺じゃありえへん退屈な生活しててもな、それでよかってん。でもな、大人になっていくやろ?そうするとな、なんかごっつあれやんか、おもんなくなるねんって。やば!今までおもろい思ってたことがおもんな!とか思うようになってるやん俺!とかってなるとな、おもろいくないとなんかアカンみたいになんねんて」

 

彼はバーボンに浮かんだ氷の球を指先でくるくるとまわした。氷は真上から正面を浴びてプリズムのように七色の光を散らす。

 

「でもおまえ、女には興味ないもんな」

 

「そうだね、女なんてつまらない」

 

新しい部屋の中には象のイラストが印刷された段ボールが積みあがって壁となっていた。走り書きされたマジックインキの文字を確認するが、やかんは真ん中の列の一番下にある。パズルのように動かす順序を考え重さを確かめて箱をずらす。やかんの真上の箱を降ろして開けると大量の未読の本が出てきた。

 

「でもええやん。そんだけ生きてるってことやろ。めっちゃ貪欲やんな。自分」

 

「せやねん。でな、文学の話あるやんか?めっちゃ見つけてな、「文学やー!」思うたんやんか。でも文学って終わってんねん。壁みたいなんのんがあってな、んでもうそこに到達してもうてんねんて」

 

「それ自分あれやんな。芸術全般そうや!って前力説してたよな。でもだいぶ前やで」

 

「せやねん!同じやねんって。えー!なるで。ホンマ。だからもうあれやねん、なんか文学を信じるとかそんなレベルの話やねんって」

 

「信仰とかやん。宗教やん」

 

「ある種、そうやね。めっちゃ空虚やからな。文学て。例えばな、人生かけたとするやんか?文学に。んでなんもなかったみたいなことが普通にありえんねんて」

 

「でもそんなもんあれちゃうか、少なからず色んな他のこともそうなんちゃうん?」


「でも学問はなんかやっぱあるねんて。いやな、別に極めんでもええねん。確立されたもんやから特化してったらそれはそれでええねんて。文学はヤバいでホンマ。なんもなかったー!ゆーんがホンマありうるんやんか」

 

「自分あれやん、こないだ相当酔ってたときに文学は自分の廃墟の上にしか建てられへんとか言うてたやん」

 

「覚えてる。そんな酔うてなかったよ。いや、ホンマせやねん。無意味さが分かってないとな、リアルでガチで無意味になんねやんか」

 

「せやったら分かってる自分はええやん」

 

「でもな、なんかごっつ不安になんねんて。なにやってんねん俺とかってなんねん」

 

「なんか保証みたいなもんが欲しいんや?」

 

「まぁーそんなんかな。似てるかもなぁー。作品の存在を投影とかって言うと勘違いされるから嫌なんやけどな、でも存在ってそういうことやねんて」

 

「そんな感じなんか。ってーかそんな風になったんやんな。でも見つかってよかったやん」

 

「そういう安心感みたいなのがないねんて。めっちゃ不安やねん。グラッグラやねんて。土台が」

 

「いや、だから自分言うてたやんけ。土台がぶっ壊れた後にしか建てられへんねやったら当たり前やろそれ」

 

「せやねんけどな、でもなんかもうな、修行やで。無の境地に立って虚無の中で活動するとかそんな世界感やねん」

 

「どんな世界感やねんそれ」

 

「いや、無やねんって。虚体や」

 

「きょたい?」

 

「空虚の虚に身体の体で虚体や」

 

「へぇーそんなんあんねや。分からんけど」

 

「霊感や霊感」

 

「は?幽霊が見えるやつの霊感?

 

「それとはちゃうな。まぁそんなもんかもしれへんけど」

 

「んでなんなん?」

 

「霊感で書くねんて」

 

「わからん。それはホンマわからん」

 

「わからんかー」

 

「わからんな」

 

「んであれやん、どこ行くねん。この電車」

 

「どこでもええやん」

 

「どこで降りるかぐらい決めようや」

 

「そうやなあ」

 

「やっぱり梅田ちゃう?本屋行きたいわ。霊感で書かれた文学探してんねんって。探すときにも霊感がいるねん」

 

「もうその話ええよ」

 

「こんな感じやで。神の声っぽいねんな。お前は書いてはならぬ。虚無でいろ。沈黙を守れ、言葉を知ってはならぬ、言葉を知れ」

 

「どっちやねん」

 

「でもな、よく分からん天の声とかこういうの多い感じせえへん?」

 

「意味分からん」

 

「何も言わないために書くのだ。なにかしら言うために書くのだ。作品じゃない、お前自身の敬虔さ、お前に知られないものの認識。作品だ!他人に求められ他人にも重要な現実的な作品。読者など抹殺しろ。読者の前でお前を抹殺しろ。こんな感じやね」

 

「完全にあれやん、電波やん。あんまそういうの言わんほうがええで」

 

「間に受けてないって」

 

「なんなんそれ?」

 

「頭の中で鳴ってたら病院行きやんな。いや、霊感かな?思うた本に書いてあった一節や。多分な、こんな感じで頭おかしいねん」

 

「せやろな。完全におかしいで。抹殺しろとか怖いし」

 

「せやろ。続きあんねんて。真実となるために書け。真実のために書け。なんでもかまわない行動するために書くのだ。行動を恐れるお前だから書くのだ。お前の中で自由を喋るのにまかせろ。言葉の前ではお前の中に自由を許すな。やて。意味分からんな」

 

「ごっつい本やな。それ。見せて。うわー自分こんなん読んでるの?」

 

「読んでないよ。パラパラとめくってる感じやね。真に受けてたら頭おかしなるわ」