行方不明の象を探して。その88。

この夜、象が見た夢。

 

札幌だという確信はないのに場所が札幌という設定だった。歩いている人たちが今は無きCISCOレコードの袋を持って歩いている。別にレコードが欲しいわけじゃないのに札幌にCISCOがあるのか!と感動した象は袋を持っている人に「札幌にCISCOがあるんですか!」と聞く。

 

「あるわけないじゃなーい」

 

みたいな変な返事をもらったあとに

 

「それより美味しい店があるから行った方がいいよ」

 

とか言われて、行こうと思ったら妙な商店街にペラッペラの魚が空中で泳いでて、昔のアクションゲームで当たったら若干体力を持っていかれるような動きの振る舞い方で、象はそれを避けて例の美味しい店に行ったら、変な外人に

 

「お行儀よくしないとだめよ」

 

と片言の言葉で言われる。

 

その店は円形のカウンターになっていて昭和のヤクザみたいな大将と思われるべき人物が店を仕切っていて、裏口から組のものと思われる輩がゾロゾロと出てくる。どこかの組事務所に殴り込みに行くようだ。この店ではお汁粉と味噌ご飯のどんぶり飯が美味しいらしくて、なぜかお汁粉の値段は310円でどんぶり飯も310円だった。

 

それを頼んだあたりから横に死んだおばあちゃんが座っていて、カウンターの中に死んだおじいちゃんが「ここの味噌ご飯どんぶりは旨いぞ」と言っている。おばあちゃんは喋らない。おじいちゃんは見た目は生前のおじいちゃんそのものだが、口調が全くおじいちゃんじゃないし「味噌どんぶりは旨いぞ」なんて言う人じゃなかった。そもそも味噌どんぶりってなんだ?

 

気が付いたらおばあちゃんは消えていて、おじいちゃんだけ残っていたような気がしたのだが、味噌どんぶりよりもお汁粉が美味しそうで、お汁粉を楽しみに待っていたら、そこから夢が途切れて、夢で終わらせない!と思いながらもお汁粉を食べられないまま、その後どうにかなったらしいのだが、あまり覚えていない。

 

寝起きの頭痛が酷かったので「パオーン……」と言いながらバファリンを二錠飲んだ。香港の薬は効かないので捨てた。

 

それは象が蓄音機の購入を断られた後、沈痛な面持ちで下北沢駅へと歩いている途中に起こった。黒いマスクを被った黄色いジャージを着た、昔のカラーギャングのような人間が象に向かって歩いてきた。

 

「象、命をもらう」

 

「てめえら、ただの強盗じゃねえな」

 

象の手に十手らしき影が見える。強盗は息をつめ、大きく一歩を踏み出した。左右に気配を消していた他の二人が続いた。次の瞬間、床を震わせ、闇を押し開くように象の影へ突進した。真っ先に強盗Bのふりかざしたナイフが闇に舞い躍り叩きつけられた。象が十手をひるがえし、それを打ち払う。かちん。鋼を叩きつけ、高らかな音をたてた。しびれるほどの膂力が打ち払われたナイフを通して強盗Bの腕に伝わった。

 

「象ごときが」

 

思わずマスクの下のくぐもっと声を吐き捨てた。続いて襲い掛かった強盗Cのナイフを象はすかさず十手をかえして受け止めた。鋼が咬み合い、悲鳴のような歯ぎしりを鳴らした。

 

「くたばれ」

 

強盗Bが怒りの声を発した。その途端、素早く立て直した強盗Bのナイフが、わきから象に襲い掛かる。闇がうなって、切っ先が象の肩を咬んだ。

 

「パオーン」

 

象は象のように吠えた。ナイフと十手を咬み合わせた強盗Cの腹へと人蹴りを入れ、同時に十手を強盗Bのこめかみへ叩きつけた。十手が鈍い音をたててはじけ、強盗Bの顔面が歪んだ。強盗のマスクが吹き飛ばされた。強盗Bはくずれかけた体を踏ん張って堪えた。そこへ、再び象の十手が打ち込んでくる。首筋に十手の痛打を受けた。

 

「畜生・・・」

 

よろめきながら強盗Bは叫んだ。一瞬遅れてナイフを振るった。だが体がよろめいたため、闇を裂いただけだった。強盗Bの手の中でナイフが回転しながら宙に飛び、弧を描いて飛んだ。それが廊下の奥の壁に当たって跳ね返ってきた。ナイフが壁に突き刺さると同時に、それを飛び越えるように象が飛び込んできた。

 

「この野郎!」

 

絶叫とともに強盗Aが象に体当たりをした。象が大きく揺らいだ。

 

「何をする気だ」

 

強盗Bがうめいて体を立て直そうとした時だった。象の背後に黒い塊が迫ってきた。

 

「危ないぞ」

 

その塊が叫んだ。

 

「逃げろ」

 

象はその声を聞くや否や、体を反転させた。強盗Aとぶつかりそうになった塊は、そのまま横に身をかわすと、転げるようにしてその場を逃れた。

 

「待てよ」

 

象は振り向きざま、強盗Aに向かって十手を振り下ろした。だがそれは強盗Aには当たらなかった。代わりに壁に大きな亀裂が走った。

 

「ぎゃあ!」

 

悲鳴をあげて強盗Aは床に転げ落ちた。象は身を翻した。その先に、今度こそ、待ちかねていた男が立っていた。男は素早く両手を差し上げた。

 

「動くな」

 

低い声で言った。男の顔もマスクに覆われている。

 

「警察だ。抵抗すれば逮捕する」

 

マスクの下でそう言うなり、覆面パトカーから飛び出して来た刑事たちが一斉に動いた。警官たちはあっという間に三人の強盗たちを取り押さえた。一人はナイフで胸を突き刺され、もう一人は頭を割られて倒れ伏している。残る一人の強盗は頭を抱えて座り込んでいた。

 

「象だな」

 

警官の一人が象に詰め寄る。客観的に見れば象は強盗達に襲われた被害者だ。しかしその警官は殺気立った表情で象にジリジリと詰め寄る。警官を装った特殊部隊なのは象にとっては明らかだった。象の専門は危険物全般であったが、特殊部隊の連中とも仕事をしたことがあり、特殊部隊の連中の人間離れした技や、そのジリジリと音もなく間合いを詰めてくる歩法は民間人のそれとは明らかに違うものだった。

 

「チッ」

 

と象は舌打ちした後、隠し持っていた煙玉を爆発させた。あたり一面が煙に覆われる中、象はサーカス仕込みの軽い身のこなしで特殊部隊の前から跡形もなく消えていた。

 

「逃したか」

 

特殊部隊の男が言った。と、信じられない速さの象の影が特殊部隊の男の背に襲い掛かった。全く音を立てない。この瞬間にはもう象の暗器の切っ先が特殊部隊の男の頸動脈を切り裂いていた。それだけではなかった。強盗を取り押さえていた警官の偽装をしている特殊部隊の男達の一人が右肩を腋から上に向かって切り離され、それに気づいた他の特殊部隊の男たちが臨戦態勢に入ろうとした矢先に「ブン」という恐ろしいほどの風切り音がしたかと思うと、男達は真っ二つに体を引き裂かれ一瞬で絶命した。

 

返り血を浴びた強盗3人は呆気にとられ失禁しながら震えていた。彼らのユニフォームだろうか、黄色いジャージが血まみれになっている。しかし象の姿はどこにもなかった。そして何もない空間から鈍く光る白刃が出現した瞬間、強盗三人は虚空を見つめたまま動かなくなった。数秒経った後に切り口から噴水のような血を噴き出し全員絶命した。あたりは血の池になっていた。

 

アルゴンと耐衝撃性プラスチックをサンドイッチした積層ガラスにひたいを押し付ける。攻撃ヘリが獲物をあさるスズメバチのように市街上空の中景を横切っていく。その恐怖に滑らかな詩の黒い莢をぶらさげて。