行方不明の象を探して。その94。

ギターを弾くというのは気で音を操作するということだ。楽器を通じて気功をすること。それが楽器を演奏するということだ。だから気功の知識が楽器演奏に非常に役に立つ。指先まで気を巡らせてから練習をすると指まで行った気が筋肉とは別にフィードバックで動きを覚えるようになる。筋肉の動きと気の動きが連動しているわけだ。

 

戦後から活躍してきた老ジャズピアニストとサシで飲む機会があった。その老ピアニストはこう言っていた。

 

「楽器を人に教えるようじゃダメだね」

 

つまりは演奏で食えないと一流じゃないということなんだろう。ノイズで食っている人間を見たことが無い。ラリーズの水谷のような意味不明の金のソースがあればオッケーだ。それにしても俺が好きになるギタリストは海外とか国内とか関係なく大体食えてない人間が多い。マイナー過ぎて配信すらなかったりするからYoutubeのドマイナー音源を大量に公開しているような場所じゃないと音源が見つからない。

 

でも彼らは一人残らずロックンローラーだ。だからリアルなロックンロールは食えないということなんだろう。ロックの形をしたポップスのバンドなら昔は食えていた時代があった。今ではそれすらも無理なんだそうだ。でもあれじゃないか、ロックに自浄効果があったら武術と併用してやっていれば身体は嫌でも健康になるだろう。

 

「これもロックのおかげですよ」

 

そう言って医者は俺の大量の睡眠導入剤の一つの量をだんだん減らしていって、もっと俺がロックできるように次の日にまで持ち越さなくてもいいような薬の処方にアレンジしてくれた。全てはロックに向かっている。こういう風な感じでロックと文学を融合させたようなものは大体超ダサいことが多い。

 

でも俺の音楽はロックであってロックではない。文学然り。ロックのステレオタイプは本当にダサい。ギグが終わったら大量に酒を浴びてどうのこうの。でも実際のロックの歴史を冷静に見ればちゃんとしたロックをやっている人間の大抵はインテリでロックを分析的に考えて、いかにコマーシャリズムと距離を置いて音の追及をしているように思える。そういうロックは最初から抽象化されている。ニューヨークのノーウェイヴが典型だ。あれは現代音楽とかを通り越した前衛ロック・パンクだ。

 

ヴェルヴェット・アンダーグラウンドがベースにあるのは間違いない。ポップロック嫌いの俺でもヴェルヴェットのシスター・レイを聞いたときはぶっ飛んだもんだ。Raw好きな俺としてはたまらない音の質感だ。ボロボロのアパートを不法占拠して勝手にライブをやった時の演奏をテレコで録音したような音楽だ。バンドというより人が集まってそこで演奏した記録という、フィールドレコーディング的な要素が強い。大体良いロックはフィールドレコーディングっぽい。MC5のライブ盤然り。

 

今でも狂ったRevolution 9とか以外の曲は全く良さが理解できないビートルズですらもそもそも活動していた時期は60年代から70年代なわけで、本物のロックンロールのMC5の例のデビューライブ盤の録音は69年ぐらいでしょ。ビートルズのレコード・デビューが62年なんだからMC5は偉大だ。軟弱者が聴くようなポップロックとか辛気臭いアコギの曲が入るロックバンドのアルバムだとか、そんなものが跋扈していた時代にレゲエのサウンドシステムのようにアンプを何台も並べて爆音でロックンロールをしていたのがMC5だ。見方によってはノイズミュージックの祖先と言えなくもない。

 

ロックの歴史の問題はビートルズ的なものが中心になることだ。歌謡ロックのようなものがロックの象徴とされるからロックは歌謡曲みたいなもんだという認識になってしまう。実際に今でもロックバンドと言いながらポップス以外の何でもない自称ロックバンドが腐るほどいる。でもロックをMC5を中心と考えるならそもそもノイズが中心ということなわけで、正統な継承者はノイズパンクとかノーウェイヴとかになるだろう。

 

で、その後、ロックは死ぬ。全てが歌謡曲になってしまったから。でもリアルなロックを求める連中は音の辺境に手を出し始めてオブスキュアなバンドの音源を漁ったりしていた。ありきたりのロックに飽き飽きしていたロック好きにとってラリーズのような音源は死ぬほどたまらなかった。

 

ロックは俺にとっての数学に似ている。学校で無理やりやらされる数学は数学ではない。計算機にでも任せておけばいい煩雑な計算を時間内に解かせるというわけのわからない拷問のようなことをやらせている結果、数学嫌いが増える。でも実際の数学は実数なんてほぼ使わない。記号と抽象概念のみが漂うアストラル界のようなもんだ。

 

ロックも同じだろう。これがロックですと象徴されるのがビートルズだったりレッド・ツェッペリンだったりイーグルスだったりして、とにかく親の世代がラジオで聞いていそうなダサい時代遅れの音源というイメージを植え付けられる。もし親がマジのロック好きだったらMC5のライブ盤を爆音でかけていることだろう。そうしたら子供もリアルロックの良さに気づくに違いない。でも俺の親もビートルズとかイーグルスをロックというより流行りの洋楽として聴いていた世代だ。

 

でも現在のように情報が一瞬で何でも手に入るような状況だと、俺のように一瞬でドミナントなロックのイデオロギーの間違いを訂正することができる。一気に自分の正規のロック史が出来上がる。その中心はノイズだ。とにかくノイズ。ギターというよりも増幅させること。ギターはロッカーの魂を音に変える霊器であること。そしてアンプはそのエネルギーを増幅させる装置であること。これはもはや宗教的な神事と言っても過言ではない。

 

俺は自分の正規のロック史に合わせるべくマスタリングが気に食わない音源は例えばボーカル抜きできるプラグインを使ってボーカルを消した後、全部を増幅させて歪ませる。そうすると大体俺が思っているロックの音になる。言わばノイズロック。でもライブで聞いたらこんな感じだろうという音になっている。ロックは録音媒体と非常に相性が悪いのだ。ノイズは処理されてしまう。

 

ボーカルが聴きやすいように演奏が荒々しくても極端に各楽器の音が小さくなってしまう。結果、物凄く歪んでいるギターなのに遠くから聞こえる変な音になってしまったりしている。ラーメン屋とか定食屋でかかっている音が小さめの歌謡ロックの4小節ぐらいしかないギターソロの侘しさと言ったら強烈なものがある。

 

そもそもロックに歌はいらないはずなのだ。ロックのオリジンは二階にあるスタジオから落下してしまった半分壊れたアンプにギターを繋いだら変な歪んだ音が出ただとかなんだとか、とにかく意図的ではなかったのだ。それを「面白い」と思ったやつらがそのまま歪んだギターをレコードに残した。世界で最初に作られたエフェクターはファズだ。200個ぐらい作って4個しか売れなかったらしい。

 

そんなファズを徹底的に攻略したのがジミヘンだ。アルバムはコマーシャル的だがジミヘンの発想やギターソロは完全にロックだ。完全にロックということは完全にノイズであることを意味する。ノイズではないロックは存在しない。凄いロックでもアルバムにしんみりとしたアコギのバラードなどが入っていたらもうそいつらはロックバンドでもなんでもない。

 

最初から最後までノイズを出し続けるのがロックだ。でもそんなものを大衆が好むはずがない。だから捏造されたロックの正史は歌謡ロック中心になってしまうのだ。