行方不明の象を探して。その99。

一人でいることが楽過ぎるので人と接さないということが多くなる。人と接するのが嫌で一人になりたいと思うことはない。ただ一人でいることが楽過ぎるという理由から人と接する機会が少なくなる。クリスタルなのだ。生活が。何も悩みなんてありゃしない。青春とは何か、実存とは何か、恋愛とは何か、考えているようで考えていない。考えているフリだけはしてきたような気がする。

 

本もたくさん読んできているようで全く読んでいない。バカみたいになって一つのことに集中することもない。でも頭の中は空っぽではないし、曇ってもいない。冷め切っているわけでもないし、湿った感じでもない。人の意見をうのみにするほど単純でもないし、かといってもクールという感じでもない。

 

うまく説明することができないのだが、やっぱりクリスタルが一番ピッタリ来そうな気がする。それは小学生の頃のことなのだが、僕が密かに思いを寄せている女の子がいた。その子は動物の飼育係で、といってもただのチャボなのだが、学校でなぜか飼っているチャボがいて、彼女はチャボの飼育係だった。彼女に思いを伝えようにも伝えようがない。小学6年生になって、もう中学生ということになると、強制的に地域で区分けされることで、そのチャボの女の子とは違う中学校になることが分かっていた。

 

だから僕はやけになって日光浴室に入りウィスキーを飲みながら凄まじい照明を浴びながら酩酊した。小学校の頃というよりかは中学校の頃だがね。すでに酒飲みでぐうたらだった。バイト先で常に咳き込んでいたのだが、プレス工場の化学物質の何かにアレルギー反応を起こしていたんだと思う。当時はそこまで頭が回らなかった。咳き込んで家に帰って泥酔の繰り返しの日々。プロレタリア出身でもないのになんであんな荒んだ生活を送っていたのか分からない。ただそこで自分に凄まじい労働嫌いのトラウマが埋め込まれたのは間違いない。

 

だから少しでもこの労働嫌いの思いを伝えて、違う中学になっても連絡を取り合うような関係でいたいと思っていた。でも告白する勇気がなかった自分は彼女に

 

「チャボの様子はどうなの?」

 

というようなどうでもいい話を彼女にしていた。

 

「どうって、どうでもないわよ」

 

と彼女が答えたかは定かではないが、おそらくそんな回答だったのだろう。ある時、チャボが卵を産んだ。僕が小学生の頃は現在のようなネットインフラが無い時代だったので、こういうどうでもいいことがクラスの話題になっていたりした。

 

「チャボ、卵産んだんだってさ」

 

僕は直感的にそのチャボの卵を手に入れようと思った。チャボの卵を手に入れることをきっかけにして彼女と親密になろうとしていたのだ。

 

「チャボが卵を産んだんだって?一個くれない?」

 

「ダメ。絶対ダメ。学校のものだからダメ」

 

学校のドメインだからパブリック・プライベート混同するべきではないというのが彼女の言い分だったのだが、別にそれは彼女の言い分というより学校のルールみたいなもので、僕がチャボの卵をもらうことは絶望的に思えた。あぁ気が狂う。悪趣味気取りはうんざりだ。コンプラコンプラ煩いし何のメリットもありゃしない。

 

でもことあるごとに僕は

 

「ダメでもさ、チャボの卵、一個でいいから頂戴よ」

 

と彼女にしつこく迫ったのであった。チャボを媒介にすることで、彼女に声をかけるきっかけが膨大に増えていた。といってもデフォルト時に皆無に等しかったので、相対的に増えたというだけだったのだが。そしてその日の夜、映画を見に行った。よく分からない映画だった。最近のJCはみんな足にタイツをはいている。タイツがシワシワになっていることもある。タイツも自然の景観の一つだと思うと絶景だと思う。

 

路肩に寄せて、 エンジンを切る。思ったより傾斜がキツく、重力に従順な車体を押さえつけながらサイドスタンドを下ろした。サプリメント?コンビニで売っている?それが象の正体だっていうのか。

 

ある時、あまりに「卵をくれ」という僕がしつこかったので、彼女は

 

「だったらここで「おえーっ」ってさっき食べた給食を吐いたらあげる」

 

なんて馬鹿にしたような態度であしらってきた。僕はそれに負けまいと

 

「分かったよ」

 

と言っておもむろに指を喉に突っ込んで給食を吐こうとした。今の僕がこの行動を解釈するなら、彼女はメタファーとして

 

「そんなにあたしと付き合いたいんだったら、この場で給食を全部吐きなさい。もし本当に吐けたら付き合ってあげてもいいわよ」

 

と言っているようなもので、それに対して僕は

 

「給食を吐くぐらいで君と付き合えるなら俺は吐くさ」

 

と言って喉に指を突っ込んで給食を吐こうとしたのだ。それも吐いているフリをしているのではなく、涙が出るぐらいの嗚咽をぶちかましていたので、彼女もその熱意に引いたのだろう。俺は浴室に行った。酷く真っ青な顔をしていたのだが、別に何の理由もなく長々と鏡を見ていた。どこかに目をやらないと気が狂うと思い込んでいた。

 

「分かったから。あなたと付き合ってあげる。給食は吐かなくていいわよ」

 

「本当に?撤回とか無しだよ?本当に付き合ってくれるんだね?中学違うの知ってるでしょ?中学に入ってからも連絡取り合おうよ」

 

「うん」

 

僕がその日、有頂天だったのは言うまでもない。後日、彼女から正式に付き合っていいという証をもらって、僕はそれを自分の勉強机に飾って、温めることにした。学が無かった僕は証がふ化するものだと思って、来る日も来る日も証の様子を見ては、タオルで包んでそれを温めていた。広い部屋で天井の明かりで照らされた卵はいつふ化するのだろうか。彼女は卵を渡してくれた時に胸元を若干広げていた。

 

そしてまた一弦が切れた。アーミングをやっていたときだから根元から切れている感じだ。思うにギターの弦は切れないように全部6弦にしてチューニングだけ変えればいい話でなんでみんなそうしないのかよく分からない。あとネックの反り。ギターを立てかけておくとヘッドに負荷がかかってネックが曲がるのだという。では地べたに置いたら?驚いたことに重力がネックにかかってネックに悪いのだと言う。だからネックに負担がかからないスタンドが一番ということになるらしいのだが、それを言い出すと多分、弾いているときが一番ネックに負担がかかるだろう。

 

四六時中、性器のようにギターをいじっている俺はどうなんだ?性器はいじっても曲がらないけどギターはいじりすぎたら曲がるのか?小説の割合の話だ。観念じゃなくてたまには具体的なことを書こう。俺は外に出た。滅多に出ないから珍しい。俺は昼間が苦手だ。昼間は人間が発する磁界のようなものがひしめき合っていて、その干渉を受けるから凄く疲れてしまう。

 

夜は8時以降ぐらいから磁場が薄くなっていく。10時以降は完璧だ。実際にロックをやっていなくても夜に起きて昼に寝るサイクルで生活しているとすこぶる体の調子がいい。でも今はロックをやっているから昼間に起きるべきなんだろう。その、あれだ、睡眠導入剤の副作用を強く感じるのはロックをやっているからだって医者が言っていただろう。

 

なんだろう、俺の感覚で言うと昼の世界はレベルが低い。なんのレベルかは分からないのだがとにかく低い。それに比べて深夜のレベルは高い。高尚なことをやるのにベストな時間だ。でも社会が日中を中心に動いているから昼間に起きていないと不便なことが多くなってしまう。それさえなければ夜に起きて昼に寝るのに。