行方不明の象を探して。その103。

「時代小説とかはどうなの?」

 

「あれは別だよ。過剰な粉飾がない限りオッケーだろう。っていうか分からないだろう?江戸だの戦国時代の風景をミニマムに説明されても情景が浮かばない」

 

「じゃあお前が言いたいのは機能ってことなんだな。必要があればそれは過剰な粉飾にならない限りオッケーで、でも例えばコンビニとかファミレスとかのありふれた、俺らが見慣れているようなものについて永遠に描写を続けて自己陶酔してるようなものはクズだと言いたいんだな?」

 

「クズだとは言わないよ。それも機能の場合もある。でも機能を越して諄いものになってるのが多いし、字数稼ぎなんじゃないか?っていうのが多いだろう」

 

「長大な作品を物するのは、数分間で語りつくせる着想を五百ページにわたって展開するのは、労のみ多くて功少ない狂気の沙汰である。よりましな方法は、それらの書物がすでに存在すると見せかけて、要約や注釈を差し出すことだ。・・・より理論的で、より無能で、より怠惰な筆者は、架空の書物にかんするノートを書く道をえらんだっつってるねぼるヘルは」

 

「ググったのか?なんだスマホ持ってんじゃん」

 

「端末として持ってるだけで電話は使えないんだよ。今はお前んのとこのWi-Fiハックしてググった」

 

「そうだなあれだな、まさにそれだな。ボルヘスはパラパラと読んだことないけどさ、ポストモダンのさらにポスト・ポストモダンってのは「それらの書物がすでに存在すると見せかけて」じゃなくて実際にすでに存在するから書きようがないってことなんだよな。だからバルトも言ってるように書くことがそのままもう意図しようがしまいがなぞることになって既存のもののコラージュみたいになっちゃうし、似たようなモチーフを長々と書くか要約するかのどっちかぐらいしかないんだよな」

 

「無知が故に書けることはあるけどな」

 

「でもそれってすげー損するだろ?アイデアが湧き出てくる!なんていう勘違いは無知から来るわけだろ?そんなんで時間を浪費するのはバカバカしい」

 

「問題はそうやって本質を掴んで無駄な時間を過ごさないようにして余った時間をどう過ごすか?なんだよな」

 

「退屈でしょうがないんだけどな。お前はどうなの?」

 

「それなりに楽しいよ。まぁそれが象と人間の違いなのかもしれないけどね。みみずもそんなこと言ってたけど、やっぱそれなりに楽しいっつってたよ」

 

「みみずって誰?」

 

「みみずは普段は地底に住んでるんだよ。地上ではカーディーラーをやってる。腹を立てると地震を起こしたり、地震を起こすのがバレると嫌な場合、地中に潜って地底で八つ当たりしたりオナニーしたりして発散してから地上に戻ってきて人間っぽい生活をしてる」

 

「僕は小説家になりたいし文学者になりたい。紳士用靴下のフロアウォーカーになりたくはない。もちろん、労働はすべて立派なことなのだが、でもね・・・時間がないんだよ。だからプライオリティを決める必要があって」

 

「小説家になりたいって人間が世の中にどれくらいいるか分かって言ってる?」

 

「多いとは思うけど、それと俺とどう関係がある?」

 

「破滅を救いに来たってのはそういうことなんだよ。あんたを俺は小説家にしないためにここにやってきた。みみずも後で紹介するよ」

 

「ドリームキラーだな。夢を食べる象?獏だっけ?」

 

「正直言ってお前はあまり才能が無い。弁も立たないし周りから軽く見られてるだろう。でも論理的で道理は分かっている人間だと思ってる。だから俺はそれを阻止しにきた」

 

「大きなお世話だよ。デカイ獏さんよ」

 

「長い間俺は芸術を愛し、自然と共に生きる平和主義者として生きてきた。夢を食らうのは好きじゃない。でもやらなくてはならないことだからやるんだよ。お前が抵抗するならきっと凄まじい闘いになると思う。生きては帰れないかもしれないし、身体の一部を失ってしまうかもしれない。ニーチェも言ってるように最高の善なる悟性とは身の丈に合ってない夢を持たないことなんだよ。友達として、俺はお前を支えていきたい」

 

「俺の才能の無さは議論の余地のない事実として、でも我々は自分の宇宙ができるだけ満たされることを望むべきじゃないのか?つまらなさってのは空っぽの個人的な宇宙だろ。認識ってのは一方では自己があり、他方が入り込む前の広大な空の孤独な空間があることに気づくことだろ。ようは一方では自己を発見し、他方では他者が全く入り込むことのない、広大で空虚な孤独の空間であると認めることだよな。自分の中が空っぽであればあるほどそれは悪徳だよ。悟性なんて知ったこっちゃない」

 

「突然、俺のような大きな象がのこのこ出てきて、お前を崩壊から助けるなんて言っても荒唐無稽なのは分かってる。でもお前がやろうとしてることは無駄なんだよ。何かを書こうとして書こうと思ってもそれはなぞってるだけなんだよ。スラスラと文字が書けるってのは今までお前が読んできた本とか映画とかストーリーとか実際にあったことがミックスされたものが出力されてるだけで、創作なんてのはね、幻想なんだよ」

 

「過小評価するより過大評価する方が、判断力の欠如を完璧に暴露してしまう。世の中、過大評価ばっかだろ。文学は酷いもんだよ。俺の判断力は少なくともその辺の文学好きのやつらとか業界のやつらよりマシなんだよ。それなのにさ、娯楽小説はやつら評価しないだろ。よく書けてて普通に面白いのに娯楽だっつって評価しない。もっと言えばポルノだってそうだろ。ポルノってだけで評価されない」

 

「お前が何を言ったって現実は変わらないよ。だってそうできてるんだから。社会は。お前の話ってのはさ、自然現象に文句を言ってるようなもんなんだよね。雨ならまだ許せるけど嵐はやり過ぎで古い家屋が倒壊したりインフラにダメージを与えて税金が凄くかかるから嵐は許せない!とかって言ってるのと同じレベル。自然現象に文句を言うなんて愚の骨頂だよ」

 

「別に俺は自然を変えようとしてるわけじゃないぜ。別に俺が何を書こうが勝手だろうが」

 

「案ずることはない。この象に任せたまえよ。安心してお休み」

 

象は立ち上がり、にっこりと微笑み、歪んだドアを元通りにして出ていった。象に弁償させようかどうか迷っていたので、象が直してくれたからよかったです。テーブルの上には湯飲みが二つ残っていた。当たり前だけどね。

 

その間、オフィスワンの手紙を使用して、最終的にどこに到達するのか、あなたのドアが良くなっていることを願っています。愛しています、あなたの働き者の息子さんっ。息子さんの専門は、未知のシステムと呼ばれるエネルギーの使用量を測定することでしたね? 

 

僕が理解する限り、彼は僕たちが食べ物と呼ぶもの以外の食べ物で人間が存在しうるかどうかを考えていて、例えばビタミンという概念は古いけれども、いい考えだと我々は思っていると想像してみてください。未だに僕らはそれを摂取しているだろう?その上でだ、象が何を飲んでいるかは神のみぞ知る、だ。 

 

象の手紙は嫌いではないのだが、理解できない。恐らく象は秘密主義だろう。この手紙には書かれていないが、明日には新聞やテレビに載るだろう。待っててねっ!