行方不明の象を探して。その112。

久々に酔っぱらってしまった。夜はすっかり明けていた。そのホテルのシャッターは中は半ばあげられていた。そのホテルに入ると思うであろう?関係ないんだよ。ただあげられていたってだけ。そんなことしかないだろう。人生って。「あ、シャッターあがってる」とかの瞬間の連続の集合体だろう。

 

シャワーの音がする。待ってるよ。一昨日、ここにいてごめんね。寂しかったんじゃないかと思ったんだ。性欲が強いんだ、一昨日追い出されたんだけど、弁償してくれないかな。冗談じゃないんです。君に何もしないと誓うよ。首筋にキスしてやるから許してくれ。どこにキスしてほしいの?どこにしてほしいの?ナメクジに舐められたような気分で、一日中気分が悪い。ナメクジに舐められたのなら、ごめんなさい。と言うと、彼は「よろしい」と喉の奥で声を出した。

 

ナメクジをそのまま食べて死んだ青年がいる。寄生虫を舐めてはいけない。実家に寄生しながら駄文を書く作家気取りはもっと舐めてはいけない。殴るぞ、絶対。いや、傷つけるつもりはない。「そんな風に殴って欲しくない」本気で殴られたら、目が飛び出るくらい痛いぞ。それがいいんだおまえは老害だ、老害だ、老害だ、老害だ、老害だ、老害だ、老害だ、老害だ、老害だ、老害だ、老害だ、老害だ、老害だ、老害だ。もう一度念のために聞く。首が回らないならどこへ行けばいいんだ?

 

ひざ下に一度だけ、一回だけ、舌で触らず、唇だけで、膝は上、顔は完全に隠し、脛や足の指はバスカーテンの隙間から出しましょう。だって先生が診察してくれるんだろう。アホか。「舌を使ってキスしないなんて、理不尽だ」キスじゃなくて、唇で触るんだよ。あんたが望んだことだ。キスしてる間にシャワーを止めてくれない?

 

いいや、シャワーを止められないんだ、水が触れてもすぐに掃除できないなんて不気味すぎるよ。それはね、溺れるような思いでした。何だろう?

 

「全然変わってないね」

 

それに比べて彼女は変わっていた。彼女は花畑をまっすぐ進んだ後に、妙に活気に満ちた神秘的な視線で僕を見つめていましたのだが、それでも正面を向こうとはしなかった。理由はわからなかったが、やけにその表情が心に響いた。18時間寝たおかげだろうか。彼女は横になっていて、かなりアブストラクトな儚い雰囲気だったが、元気そうで安心しましたぜ旦那。

 

服装も変わったような気がする。凄くさっぱりしている。カラフルでスポーティーなスニーカーが凄く可愛くて似合っている。媚びている感じがしなくて全体に対する凄く良いアクセントになっている。まだおろしたてなのか汚れが見当たらない。窓が開いたままだったので彼女は立ち上がって閉めに行った。動きがキビキビしているのにエレガントだ。

 

彼女のイメージに魅了されているのだと思う。そこにいる彼女も素敵だけど自分の中に広がる彼女のイメージがより鮮明でリアリティがあって、例えば彼女が今、窓を閉めるという動作をした時にですらも、そこから派生する様々な動きがあって、その細かい動きからまたさらに動きがほぼ無限のように派生していくことを思うと、頭の中は彼女の無限のイメージでいっぱいになった。

 

「そのスニーカー可愛いね。似合ってる」

 

自然に出た言葉だったがその瞬間無限のイメージが止まって目の前にいる彼女に意識がフォーカスされた。廊下がとても暗くて片側には先ほどまで自分がいた部屋に通じるバスルームがあってその先に台所と二番目の部屋があるはずだった。

 

スニーカーソックスを履いてるのだろう。ただ見た目は素足でスニーカーを履いているように見える。スカートから白く伸びる脚の先にカラフルなスニーカーが写ると美しさのコントラストが激しすぎるように思えた。彼女の乳白色のような肌の色が白というよりはもっと他の色のように感じた。それがファッションと一体化していて、スカートからちょっと見える生足の白さが全体を際立たせていた。

 

廊下は行き止まりにある寝室に通じていた。彼女は自分のためにドアを開けてくれた。何か言ったように見えて「おう」と言ったような感じがしたのだが「象」だったのだと思う。何もかもお見通しだ。なぜ世界に理解されているのかが全く理解できない。世界が象に引き寄せようとする。

 

そう思った途端、彼女は笑みを浮かべた、ような気がした。また無限のイメージが頭に浮かんでくる。その笑みから派生する動きは何パターンあるのだろうか。それは想像ではなくて実質的にどうなのだろう?ということが視覚化されて現実に投影されるように見えるために白昼夢に陥ったような感覚になる。ただラリっているときの多幸感はなくて素面でラリっているだけだから全く得したような気分にならない。多幸感が伴わないとただの幻覚のように思える。

 

イメージも言語も常に開かれ過ぎていると現実世界でやっていけなくなる。彼女にはそれが通じているようで、恐らく静止している自分を見守ってくれているような気がする。ような気がするだけで、実際はもっと他のことを考えていたりイライラしているのかもしれない。せっかくこんな可愛いお洒落で色白な子が目の前にいるのに気の利いたことを言えない自分が恥ずかしい。

 

もっとイメージではなく即物的なやり取りでもいいから彼女とコミュニケーションをはかるべきだろう。もしくはスタイリッシュなミステイクとか?どこから始めよう?それは表層を上滑りするだけで何ももたらさないことがよく分かっているので恐らく彼女も黙ったままなのだと思う。

 

そういうことがよく分かっている人間は無駄に言葉を発さない。それは発することの労力を払わないということではなくて意味の無さを現前化させる必要性が全くないのと改めてそれを分かるように音声化したところであるのは無意味だけでそれを再確認してもどちらかと言えば感覚で言えば不愉快になるはずなのでそういった意味で沈黙は金なりという格言は正鵠を得ている。

 

口は災いの元なんていうのも素晴らしい格言だと思う。でもそれを言いだすと言語自体が災いの元なわけで、それは書くことにも当然繋がってくる。結局それが彼女がこうやってドアを開けてくれたところで何もできずにいるという現象として顕在化する。それは不可避なことだからしょうがないだろう。下手な言葉で誤魔化すよりもそのままにしておいたほうがいい。

 

部屋に入り彼女を招き入れて灰色の沈黙と共に自分たちを部屋に監禁することに罪悪を感じようとした。