行方不明の象を探して。その114。

翼はすっかり楽しくなってまた酒を飲むふりをした。酔っ払いの中で一人だけウーロン茶を飲んでいても精神的に酔ってきて顔が赤くなったりするらしくて、それ描写してみ?って言われたらさ、マジでそうなのか?って、「そう言われているらしい」ということを描写してみ?ってどういうことだ?酔ったフリをするということ?昔ね、AIのチャットとマジの喧嘩してる人見たけど、昔、新宿とかにいたさ、電柱と喧嘩してるおっさんを思い出したね。電子空間でもそういうのがあるんだって。

 

なんかあとね、英訳された小説を読んだ方がいいって思ってたのよ。日本語の勉強になるでしょう?英語だったら学術書しか読んでこなかったから英語で小説なんて読めないと思ったら英語のほうが日本語よりスラスラ入ってくるのね。面白いよね。なんなの?アルファベットってイメージにより近いってこと?great deal with glassってマリファナの取引みたいだけど、生い茂った緑みたいな意味らしいぜ。でもそこは誤読でいいんじゃない?唐突にマリファナの取引が始まるみたいな。

 

でもマリファナなんてライトなもんだから「じゃあ何グラム?」っつって「はいよ」なんつってさ、そんなもんだよね。男子トイレのうんこのほうでディールした時に出た後を見られたんだけどディールの現場を見られたというよりもゲイカップルか?っていう感じだったのかな?って5年ぐらい経ってから急に思い出したんだけどね、蚊が飛んでてさ、寒かったり暑かったりの微妙な時期の蚊のモチベーションってどんなんやろな?って思ったりな。

 

男出す?男。ディガーや。彼は。掘る人や。そんだけや。男っつってさ、汁男優みたいに簡単に来てくれるわけじゃないからね。お金もかかるし電車代もかかるし。そのうち臀部電子になってガソリンいらなくなったら石油利権で生きてるやつらはどうするのか?ってもう有り余る金をどっかに投資してるなりしてるからやっていけるでしょう。資源ってさ、戦争の火種だよね。だったら全部電気で良くない?

 

「そういえばわたし、今朝、電車に乗ってる夢見たわ」

 

「どんな夢?」

 

「なんかな、電車に乗って岩手に行くねん。岩手って行ったことないけどなんか岩手ってわかるねんやん。あるやろ、そういうの。特急みたいな席が向かい合わせになってる電車で、でも座席はなんでか知らんけどパイプ椅子やねん。それから一両に一人ずつガイドさんみたいな女の人が乗ってて景色とか説明してくれんねんやん。右手をご覧くださいませ、みたいな感じで。ほんで、外見たらその電車はどうも水陸両用みたいで革の中を走ってるねん。窓のすぐ下ぐらいまで濁った水が流れてんねんやん。それでその川っていうのが熱帯の川みたいなので川岸はマングローブがびっしり生えてんねん」

 

「それって沖縄ちゃうん?岩手にマングローブはないやろ」

 

「どうかなさったのですか?気分が悪いのですか?あなたは眠ってないのですね?」

 

彼女は素早く前を通り過ぎ

 

「台所には睡眠薬がたくさんあります」

 

と言いながらドアを開けた。台所?

 

「水を一杯ください」

 

彼女はコップをとって不思議な手つきで水を飲んだ。水が入っているとなぜ分かったのだろう。不思議な手つきってどんな手つきだろう?不思議としか言いようがなかった。そのまま持ってたら落としちゃうよっていうような、見た目は持っているという感じがしない、それをどうしようとしているかすらも分からないような持ち方。あんな持ち方初めて見たし再現性がない。どう持っていたの?といってもあやふやなイメージしかない。

 

その不思議な手つきを見ているときに何度か肘が触れ合った。これもまた変なふれあい方で、体から魂が抜けていくような感じがした。

 

「わたしが飲ませてあげましょうか?」

 

不思議な距離感。不思議な手つき。水の中身はなんだろう?彼女が口をつけたら水の中身が変わっていそうで怖かった。怖くなかったな。とにかくエロかった。後で考えるとエロかったけど、その時はやっぱりちょっと怖い感じがした。異様だったからね。

 

「いや、大丈夫です」

 

といって断ったのだが、気が付いたらその水を飲んでいて、自分のもっと根源的な渇きに気づいた。しかし渇きと水がかみ合わないのだった。炭酸水とかコカ・コーラならよかったのかもしれない。渇きはその時々で渇きを満たすものが変わるのだと思う。

 

「水では物足りません。僕にはコカ・コーラが必要なのかもしれません」

 

しかし彼女はコカ・コーラではないと仕草で示した。

 

「ねえ、マ・シエール、あなたにとって迷惑ごととは、もしくは渇いているとはどういうことか?」

 

彼女は「マ・シエール」と言ったことで微かに顔を赤らめたように思う。深刻な沈黙のあとで彼女は大胆に言い放った。

 

「いったいどういう意味でおっしゃっているのかしら?」

 

「どこか壊れてないと書けないんです。小説なんて」

 

小声で喋っていた。彼女は暗がりを通してこちらの方を向きなおして注意深くこちらの言うことを聞いているのを感じた。顔は合わせられなかった。ただ凄く聞かれているという感じがする割に大した言葉が出てこなくてもどかしい。

 

「書き手ではないからわかりませんけど、言わんとしていることは分かります。それをおっしゃる理由も。今のところは」

 

「今のところ?ということはいつか書けるようになるということなのでしょうか?渇きにおいてもそれが満たされるとでも?」

 

「渇きは満たせますわ。問題は渇望することで渇き続けるということなのです」

 

「確かに物事に関してはそうでしょう。ではあなたも当然それを望んでいるのですね?」

 

彼女の脚に夢中になっていた。ショートパンツから真っすぐ伸びるしなやかで輝くような白さを持った脚。無駄な肉がついていない割に丈夫そうで、でもごつい感じがしなくて、とてもしなやかな質感を持っている。脚に対して言うことかどうかは分からないけど、凄く瑞々しいものがある。これより白過ぎたら逆に彫刻とか人形のようで気持ち悪くなると思う。良い血色。良い艶。

 

「何を?」

 

「何でもないのかもしれませんね。ただ物事は続いて移り変わるとしか言えませんわ」

 

「珍しくステレオタイプだね」

 

自身へと問うその態度が激しい形で言葉となって表出したのを認めた。しかしかまわず先へと乱暴に進んだ。東京には大量の人が住んでいるのにも関わらず、全く人気が無い場所というのがどこにも必ずある。一切の生気を感じないような空間があって、人はそれを感じ取ってそこを歩かないようにする結果、よりその場所が世界から孤立して見えるようになるのだろう。人が無意識に避けるということで出来上がる空間。