行方不明の象を探して。その115。

「本当にこのままでいいのかしら?」

 

「そんなのわかるわけないだろう」

 

「でもそれじゃまるで放り出されている感じで、基盤が無さすぎるって感じられるのはどこか矛盾しているからなのかしら?」

 

「あんまり言ってることが分からないけど、多分、なんとなくそうなんじゃない?」

 

「凄く無益な会話」

 

「だね」

 

水が水であったのか、ただの水を飲むというフリじゃなかったのか、ということを言いだすと会話すらも会話するフリをしているだけで、実は何も喋っていないのかもしれないということを考えると、自分も彼女も知らないうちに誰に頼まれるわけでもなく演技をしているということになる。この水飲みごっこはいつから始まったんだ?でも水は確かに飲んでいたからごっこではなかったんだけど、でも凄く作為的な感じがした。

 

「一人というよりかはお互いで何かをするという感じで傍観者でありたいものだね」

 

「離れ離れになったときにそれはどうなるのかしら?」

 

「いや、どうにもならないんじゃないか。傍観者が一人減るだけだ」

 

象徴はそれを虚構の中に捕えて感じられるものにするのだが、その虚構のテーマは虚構が虚構である限り実現されることのない努力である。しかしこの彼女の脚の現前性は小難しい話をすっ飛ばせる絶対的な美がある。どうなんだろう、形而上学はこういう絶対的な美を前にするとひれ伏すしかないというモチーフは?

 

「何かが?」

 

「ええ、今、僕はここにいるからね。綺麗な脚をしているなと思って」

 

「そう?」

 

「なんていうか変な出会い方をしたと思うんだよね。クラフトワークとエレクトロの発生みたいなさ、ファンクネスと最も遠いと思われるようなドイツ人が作った電子ポップにファンクネスを感じた黒人がよりエッセンスを先鋭化したというような」

 

僕は彼女を見ずに話を続けた

 

「ではファンクネスはどこにある?見出すものなのか見出されたものなのか。量的なものであったりパラメーター的な問題ではないよね」

 

「ヴァイブスでしょ。ヴァイブス」

 

彼女の脚を愛でようとしたら頭を蹴られた。蹴ることないのにと思った。どれだけ美しい足だろうがその足で頭を蹴られれば痛い。いやまあ美しくない足に蹴られるよりははるかにいい……というか蹴った時のインパクトからも力の伝わり方が普通の脚とは違うのが分かる。それはもう本当にファンタスティックとしか言いようがない。頭を蹴られたということは俺はしゃがんでいたということなのか。あんまり覚えてない。衝撃は凄く鮮明に覚えている。

 

「あなたは頭をその美しいおみ足でお蹴りになった」

 

「そのとおりですわ」

 

彼女は一瞬沈黙した後にこう言った。

 

「こうしたことは曖昧なままにしておかないほうがいいと思っています。つまりわたくしはばらばらになった感情などと言うものを知りませんし、それにあなたの世界の中で起きていることには関心をもっていないのです。脚が相当お好きなようですけど、そういった観念世界には全く興味がありません」

 

「あなたがおっしゃったことを正確にあなたにお返しできなくて残念です。さすがに蹴ることはないだろうと思いましたがね、でもたとえ僕がここに留まってあなたの脚を賛美しようとも、あなたはそのことを苦痛に思ったりはしないでしょう。むやみに触ったりはしませんから。それに今からはこの点に関しても素直になってください。僕が本当にここから出ていくことをあなたは望んでなどいないのではないでしょうか?たとえ僕がただにち遠くに、これ以上ないほど遠くに離れたとしても、あなたは安心したりはしないのでしょう?どこからでもあなたの脚を崇拝できる。それが真のフェティストというものです」

 

これには彼女も面食らった様子だった。彼女は少しの間、夢を見ているようだった。夢がフィードバックしたのだろう。精神世界の原理無きフィードバックの振る舞いはカオスそのものを表している。全く関係ない観念が別の観念と結びつくこともあるし、それは時代や時間、場所といったものを問わない。情報は空間に無制限に存在している。

 

それでも美しいと思ったものを愛でようとするのは人間として当たり前のことなのではないか?むやみに触るべきではないのはセンシティヴな美術品と同じだとしても、愛でようとする意志が間違っているとは思えない。彼女の美は彼女から分離しているようにも感じられた。彼女がそれを持て余しているのか、でも姑息に利用するよりかはいいのかもしれない。

 

彼女の美脚の模倣をどう表現すればいいのか?美しすぎるものに感染した場合のミメーシスの方法はどういうものか。そもそも彼女の脚に感じた瑞々しさが、コップの水から来ているのは言葉の響きだけではないはずで、なぜか透明で青いイメージが頭にあるのも、あのコップの水の模倣なのだろうが、水は無色透明なはずで、だとしたらこのブルーのイメージはどこから来たのだろうか。事後的にこうやって考えてしまうのも、彼女がいる前ではコミュニケーションに全力を注いでいる証拠で、自分は健気だと思う。

 

いや、どう考えてもおかしいし、そこまでガチで「脚フェチの変態」と思われるのもヘコむ。しかし彼女がそう感じる以上はどうしようもないし、むしろ変態だと思われてるおかげで素晴らしい足の持ち主とお近づきになれたのだからこれもう断然得だと言うしかない。

 

「何が起こるのかしら?」

 

「さあ、分かりません」

 

「上手に言えないのね。だってあなた、上手に言えるということはどういうことなの?そうでしょ。あなたは上手く独白をやるけれども、一転して喋るとなるとキチガイなんですもの。そう装ってるのだけど。でもどちらだって同じことでしょ?違って?」

 

彼女の饒舌は永遠に続きそうでまた無限のイメージに取り込まれそうになったので何か喋ることにした。

 

「違わない」

 

「キチガイだということは全く下手に言っていることですものね。もっともせめてもっと積極的に何か言えばいいのだわ。その代わり貴方は庭の大きな松の木のそばの砂場にいて、蟻が樹の幹をのぼったりおりたりするのを眺めたり、原語の聖書なんかひもといて「男の肋骨から生まれたもの、汝は女なり」といったような文句を口ずさんだりしているものだから、もうこれはハムレットよね。独白となるとなかなかのことをやってのけるのではないこと。ドアの音がした!あら、象様、お戻りになったの。象様にいっといてちょうだい。象様はあなたに小説を書かせておいでかもしれないけどあたしも賛成だわ。その意味であたしと象は兄妹みたいなものだわ」

 

「僕もそう思っています」

 

「あたしはその男のどこの骨にしろそこから女が生まれたというのは感心しないわ。でもあなたが象に言ってもらいながらあなたもそれに倣う形で言うようにすることは素敵ではないこと?ちょっとこれはハムレットに似ていないこと?アリが樹をのぼったり下りたりするのを見てこんな文章を繰り返すのは何ともなく愉快だわ。アリだって!アリが何の関係があるというの。何もないわ。それともあったのかしら。あたしは好きだわ、その態度と方向性が、誰は見たってそんな象はここにはいるわけはないけど。あたしはいないと思うわ。あなたが作り出したものよ」

 

「恐らく反芻したのだと思いますよ」

 

「そうよ。その通りなのよ。だからこれは作者のミスね。象を探すことにしても待ち続けることにしても、あなたのモデルとなった人を苛立たせたのよ。あたしはそのことが手に取るように分かって大変愉快なのよ。ところがどうでしょう。あなたはもちろん咎めてなんかいないんだから。あなたがどうして咎める必要があるのでしょう。誰かの幸せそうな日々を羨んでいるということでしょうか。あたしはそうは思わないわよ。あなたは人並みの幸福をとっくに手に入れているって自覚していますものね。こんなことはどれ一つとしてとは言わないわ。だけどそのことを咎めているのではない。

 

それでなかったらどうしてこの場面があんなにヴィヴィッドでそしてあなたがイメージについて思い続け、とうとう象の教え子でもあるキリンが動物園を襲撃した後でこの家の家政婦に住み込みこの窓の中であの日々の場面を再現しようと思うでしょうか。

 

「住む場所を探しているんだったら、開いている部屋があるんだけど、そこを使わない?」

 

ボインボインのTちゃんは俺にそう言って部屋まで連れていってくれた。そのままフェラチオとか脚コキのサービスがあるのかと思ったのだが、そうではなかった。それどころかこの開いている部屋を数日間、使わせてもらうことになったようで実はならなかった。というのもこういう経緯があったわけで。