行方不明の象を探して。その132。

「あんたは本当にそう信じてる?」

 

「ああ」


象はしばらく黙り込んでビール・グラスをじっと眺めていた。


「嘘だと言ってくれないか」

 

象は真剣にそういった。

 

象は車で象を家まで送り届けてから一人でバーに立ち寄った。


「話せたかい?」

 

「話せたよ」

 

「そりゃよかった」

 

マスターはそう言って前にフライド・ポテトを置いた。

 

当初は過大評価していたマルセル・プルーストはその膨大な作品の長さにも関わらず本人が語ることをしない極めて稀な作家だった。

 

それは決して分からないし、プルーストにも知りえないのだ。彼は喚起する出来事が一体どんな時間に属しているのか、それが物語の世界にのみ生起するのか、あるいはまた、それが到達するのは物語の時 (既に生起したことがその瞬間から現実となり真実となる) が到来するためになのかどうかが。

 

舞台を現代に移し、プルーストのようにコルク張りの部屋に引きこもりながら、永遠と本人が語ることをしない自伝のような作品を何千万字近く書いたところで誰も読まないし評価しないだろう。ある新聞記者がインタヴューの中でプルーストにこう尋ねた。

 

「あなたの本の主人公は火星で二度死に金星で一度死んだ。これは矛盾じゃないですか?」

 

プルーストはこう言った。

 

「君は宇宙空間で時がどんな風に流れてるのか、知っているのかい?」

 

「いや」

 

と記者は答えた。

 

「でもそんなことは誰にも分かりはしませんよ」

 

「誰もが知っていることを小説に書いていったい何の意味があるというのです?」

 

電話のベルが鳴った。

 

「帰ったわ」

 

と彼女が言った。

 

「会いたいな」

 

「今出られる?」

 

「5時にYMCAの門の前で」

 

「YMCAで何してる?」

 

「ヤングマンの練習」

 

「ヤングマンの練習?」

 

「素晴らしいよ」

 

電話を切ってからシャワーに入りビールを飲んだ。僕がそれを飲み終える頃、滝のような朝立ちがし始めたので素早くテンガでオナニーした。最近、オナニーの頻度が高すぎるのでローションの減りが激しい。コスパを考えてより量が多いローションを使ってみたのだが、アレルギー反応なのかなんなのか、ちんこと金玉と股が痒くなってしまい、結局、今のコスパが悪いローションに戻した。

 

ローションが原因でちんちんが痒くなっているということに気がつくまでに相当な時間がかかった。まずは疑ったのはテンガの衛生状態である。本来は三か月ぐらいで買い替えることが推奨されているものを一年以上使っていたので、衛生状態が悪くなってテンガで雑菌が繁殖してそれがちんちんを痒くさせているのだと思った。そう思ったのでテンガをアルコール殺菌した後に念入りにお湯で洗って乾かして使った。

 

しかしまだかゆみは治まらない。しょうがないと思って例のちんちんがゴリゴリになって傷だらけになる強度を持った拷問マシンのようなハードタイプのテンガを購入して使ってみてもかゆみは治まらなかった。

 

消去法でローションが原因だと思ったので以前使っていたテンガローションに戻したところかゆみは治まった。プルーストだったらこれを200ページぐらい書けるのだと思う。頑張れば書けると思う。でもいくら読者を想定していないとは言え、読まれる可能性が限りなくゼロに近いものを200ぺーじ近く書くのは厳しいものがある。

 

YMCAに着いたときにYMCAの総本山の建物の屋上にある冷蔵庫を見ることができたので、エレベーターに乗って総本山の冷蔵庫の中身を見に行った。フリーザーには氷と一リットル入りのバニラ・アイスクリーム、冷凍海老のパック、クーロンズゲートの海老剥き屋が剥いた巨大な化け物でも倒せる剥き海老セットが一つ、二段目には卵のケースとバターにカマンベール・チーズ。ボーンレス・ハム、三段目には魚と鶏のもも肉、一番下のプラスチック・ケースにはトマト、キュウリ、アスパラガス、レタスにグレープフルーツ、ドアにはコカ・コーラとビールの大瓶が三本ずつ、ウォレン・ラッシャー、エド・ゴム頭・キャタパーノ・チャールズ・ディーツ(キーツ?)アルフォンス、誕生日のスナップ写真、セロテープ、TDとママに電話、頭・小さく丸い、瞳・緑、肌・白、髪・黄、首・13センチ、上腕・11インチ、二の腕・9インチ、ドレス二着、帽子が二つ、靴が四足、色付きビーズ、折り畳み式ビーチクッション、造花、蜂蜜、客用ベッド、カバン、スカーフ、インコ、人形の家用のミニチュア、海老色の流行の生地3ヤード、水着1ダース、ゴム製のワニ、金と象牙でできた携帯用チェスセット、大きなリンネルのハンカチ数枚、エルメス製シャミ革ジャケット二着、トマトの缶詰、毒団子、正気の干し肉、亀首漬け、鳥脚の黄金漬け。

 

彼女を待つ間、ハンドルにもたれかかったまま冷蔵庫の中身を平らげる順番をずっと考えてみたが、フィクションにしてもそれはないだろうという気がする。誰がどうでもいい冷蔵庫の中身を誰かを待つ間に平らげる順番を考えるだろうか?壮絶的に狂ったものを目指したフィクションや小説よりも、事実よりも小説が奇なりという場合がある。