行方不明の象を探して。その133。

僕たちの目から見て実質があると思われるところではすべてが付帯的状態に過ぎないのであり、僕らがもっとも堅固だと思っている者はもっとも空虚なものだし空虚なものはすべて空虚だ。

 

「うーん、この橋をどう稼働させればいいのか・・・」

 

「困ったもんですな」

 

「何人かの専門家に頼んでもお手上げということです」

 

彼女が門から出てきたのは5時を少し過ぎる頃だった。

 

「久しぶり」

 

「うん」

 

「近くでコーヒー飲んでたの」

 

「何か食べない?」

 

彼女は裸のまま起き上がり冷蔵庫を開けて古いパンをみつけだしレタスとソーセージで簡単なサンドウィッチを作りインスタント・コーヒーと一緒にベッドまで運んでくれた。無の象徴のサンドウィッチ。それは10月にしては少し寒すぎる夜でベッドに戻った時には彼女の身体は缶詰の鮭みたいにすっかり冷え切っていた。

 

「マスタードはなかったわ」

 

「上出来さ」

 

僕たちは布団にくるまったままサンドウィッチを齧りながらテレビで古い映画を見た。「女と男のいる舗道」だった。知ったかぶった学生ぐらいの若造がガールフレンドと一緒に見るのがステータスのような映画で、スタイリッシュではあるが、内容はどうってことない。ひたすらアンナ・カリーナが可愛いので、ガールフレンドが若いころの広田レオナのような見た目じゃないと一気にその恋愛が冷めることだろう。

 

「ねえ、あたしを愛してる?」

 

「もちろん」

 

「結婚したい?」

 

彼女は含み笑いで答えた。低い、がらがら声だ。

 

「今、すぐに?」

 

「いつか・・・もっと先によ」

 

「いや、結婚は嫌だ」

 

「でもあたしが訪ねるまでそんなこと一言だって言わなかったわ」

 

「僕にはあの力がないからさ」

 

「待っているのね。象を」

 

「それしかないだろう」

 

「仮にね、結婚したら子供何人欲しい?」

 

「子供って勢い余ってコンドーム無しでそのまま出しちゃった後にできるセックスの惰性のようなものだろう?それと確率論。何人欲しいもなにもないんじゃないかな。ただのアクシデントだから。あと自由が失われるから絶対にいらない」

 

彼女はコーヒーで口の中のパンを噛み下してからじっと顔を見た。月がまだ輝いていた。山が高いので、光はあまり見えない。山を照らし、谷を照らす光は、空に跳ね返って、残った影さえも鮮明に見える。足元にはたくさんの峰がある。暗い峰が絡み合い、絡み合い、深い稜線を描いていた。それらは、その夜遅くに突然現れた靄によって見え隠れしていた。

 

「インディード。人によっては使命っていってもいいくらいなのよ。忘れるってことが」

 

と彼女は言った。人類滅亡万歳。彼女がこう言ったのは僕が麻薬を吸いながらスピノザを勉強している時だった。僕たちは港の近くにある小さなレストランに入り、簡単な食事を済ませてからブラディ・マリーとバーボンを注文した。

 

「本当のことを聞きたい?」

 

彼女がそう訊ねた。

 

「タイピングが止まらなくなるってことがあるでしょ。病んでいると言われるその手が勝手に動き出すんだよ。その運動の緩やかさ、手は持続しえる行為の時間でも希望の時間でもなくむしろ時間の陰であるような、ほとんど非人間的な時間の中を動くんだよ」

 

思い切り叫んでやった。外にも聞こえてるだろうが、かまやしない。

 

「わかったわ。何も言わない」

 

頷いた。言葉がそれと化す。彼女に訴えかける、こうした言葉の動きのなかで人間は人間を迎え入れる。つまり人間は自らをそこから逸らせていく。そのものにおいて迎え入れる。

 

「あなたに尋ねようと思ってたことがあるの。いいかしら?」

 

「どうぞ」

 

力の限りそう断言した。そして彼女は真っ赤な顔で言った。

 

「なぜ人は死ぬの?」

 

「作者がペンを支配しなくなった時かな。病んだ手を手放して普通の人間になろうとしたときに人は死ぬ」

 

ウィスキー・グラスを置いて煙草に火を点けた。すでに語られているいっさいの言葉とは異なる言葉でありそのことによって常に新しい、一度も聞かれ了解されたことのない言葉である。まさしく了解され得ない言葉であるがしかしそれでも僕はそれに対して応えなければならない。

 

「そう?」

 

「そう」

 

彼女はグラスの氷を指先でくるくると回しながら白いテーブル・クロスをじっと眺めていた。僕の了解を超えるこの言葉に応えること、それを真に了解したわけでもないのに応えること、それを反復しながらそれに語らせながら答えること。

 

「ねえ、あたしが真でも百年も経てば誰もあたしの存在なんか覚えてないわね」

 

「だろうね」

 

と僕は言った。つまり僕と彼女との間のコミュニケーションは言葉において刻印されるとおりの伝達は主観横断的なあるいは相互主観的な関係ではないということ。そうではなくてある一つの関係を主体から主体への関係ではなく主体から対象への関係でもないような関係を創造するということなのか。

 

何しろ僕がそこにいたときは、彼女は象について話したことはなかったから、実際はわからないんだけどね。ただ僕に親切にしてくれただけ。僕はそこに招待されるのが本当に光栄だった。こんなクソみたいなアパートに住んで、安い酒を飲んで、それはそれで俺はとても幸運だったんだけれど。

 

僕は動くべきなのでしょうか?それもひとつの選択です。それとも、今の場所に留まるべきなのでしょうか? もし僕が動けば、何か結果が出るような気がしています。その結果を恐れている。それは主に結果があるからだ。今までずっと避けようとしてきたことだ。僕は自分という人間の間抜けさが心地よいのです。他のことは何も知りたくない。

 

そして、口の中に入ってきたものがどこかに落ちていくのを、ちょっとだけ忘れられる。 そして、後でウンコを漏らすと、それも何かある。尿意が戻ってくる。自分の中にあるものが出てきて、それを他の人が見ている。お前が糞をした時、外の奴は笑っているんだ。糞をするほど面白いことはない。

 

なんで糞の話になったんだっけ?それはもうよぎってしまったからしょうがないし、よぎったことを端折ることは自分への裏切りだ。それは現実を歪めることになるし、健全な認識を与えるかもしれないが、俺に言わせればそれこそが認知のゆがみを生み出す原因だ。他人がいようが思う存分クソができるのに恥ずかしさが頭から離れなくなるリアリティを生きている自分を俺は否定したくない。それでいいのだ。それで。

 

そしてその間に便器をとりまく静寂に恐れおののくのである。何が怖いのか自分ですらも分からないのに時々鳥肌が立つことがある。クソがアナルに到達するときのエクスタシー。それに鳥肌が立つことの方が多い。何しろ俺は自分を欺いて生きてきたように思う。その結果、生み出されたのがこの無駄な空白である。

 

ただじっとしているのはいたたまれない。小説を書くのは内なる義務なのだと神経線維の一本一本がねじ切れるように軋んで叫ぶ。俺のレーゾン・デートゥルはポコチンにあるのではない。小説を書くことにあるのだ。もし今の俺が創作を禁止されたら俺の皮膚の毛穴という毛穴から自己を表現できない不完全燃焼の焦げたカスが噴出して収拾がつかなくなるだろう。

 

明らかにそれらは自我から見れば外側に存在する、住まいから放りだされたとしたらどうすればいいか?と同時に自我に存在するものであるとも言える、金持ちは花でもいじってるのだろう、働いている人、奉公している人、何より苛立たしいのが運だということ、やりたくないことをやるしかないということを強制されている人、だったらもっと人生自体を面白みがあるようにするべきではないのか。

 

僕らはマリファナを吸って、お兄ちゃんが僕の服を脱がしにかかった。お母さんにはお兄ちゃんの家で宿題を手伝ってもらうっていう口実でお兄ちゃんの家に来てる。お母さんにはこういうことはバレていないと思う。

 

お兄ちゃんは冷蔵庫からはちみつとイチゴジャムを取ってきて、自分のおちんちんと金玉に塗って、僕の顔の前にひざまずいて、僕がそれを舐める。お兄ちゃんはぼくの両脚を肩に担いで、手の指先に唾をたらすと、それを僕のお尻のまわりや、おちんちんに塗りたくった。

 

お兄ちゃんは突き飛ばすように僕の身体を押すと、慌てて立ち上がった。そして白いおしっこをシャワーで洗い流すと、僕に怖い顔をして、お風呂場を出て行った。本日、南関東地方は北からの高気圧に覆われ、現在快晴気温29度46%、風速等南東の風5.5m。はい。OK。

 

はい、っていうのが、母はそれを決めて、こっちがします。コンドームがない嫌だね。こんな真っ昼間からさ、男子小学生選んでるんですよ。はい。はい。ない。ない。ありがとうございました。もう決めたのチャージしてきた。ちょっとね。どうかな、いいんじゃない。本当にね、多分ね、迷ってるんだ。本当は猫タイプがいいんだよな。

 

「いつ東京に帰るの?」

 

「来週だね。テストがあるんだ」