「なぜあんなことを書いたのか」
「書かずにはいられなかった」
「書く必要性から余計なもの、無駄なものを取り除けば、それは不必要なものに変わってしまうのでしょう?」
「その必要性はすでに不必要なものだった」
こうして断片は未完成の分離として書かれる。その不完全さ、不十分さ、そこに働く虚無は、目的のない漂流であり、統一も一貫もできないが、ある種の象印の配列に対応していることを示すものである。こうして断片は、落ちこぼれの言葉として、どんな推敲も満たすことのできない謎の秘密の空洞に取り残されるのではなく、不屈の理性によって自らを鍛え上げる準備が常にできているのだ。
この夜から身を守るために、つまりこの夜から目をそらすことによって、作家は実際に書くようになり、その活動は彼を眠れる世界へと回復させる。僕が夢を見ているところ、何かが目覚め、夢の意外性である警戒と、実際にはそこに持続時間なしで現在、件名なしで存在、非存在に、その文法的定式化は、三人称になることがないことを望んでいる。
書くことというあの常軌を逸した戯れ。彼は、どうぞ、と言われるが扉のそばに立ち止まったままである。倦怠である。彼を迎えるほうも慢性的な倦怠を感じている。
「象と追求してきたけれども我々はどうしてもそれを捉えそこなってしまう。それは我々が慢性的な倦怠に悩まされているからなのでしょう。皮肉なことに倦怠が象の形態そのものを提示してみてくれるようですね」
彼らはテーブルを隔てて席に座る。
「会いに来ていただきたいなどとお願いして恐縮なのですが、あなたがたに言いたいことがあったのですが、今は酷く疲れている感じがするので、自分の考えを言い表せないかと思うのです」
「倦怠感に苛まれているという感じなのですか?」
「ええ。まさにその通りです」
「その倦怠感は突然やってきたのですか?」
「そうではないのです。僕があなたを呼んだのはその倦怠感故なのです。その倦怠が対話をすらすら運ばせてくれるだろうと思えたからなのです。いや、僕は全くそう確信していたし、いまだってほとんどそう確信しています。ただ僕は気がつかなかったのです。倦怠のおかげで何かが可能になる、でもその何かを倦怠は困難なものにしてしまうということに」
「では僕は作家に名前を貸してもらうのがいいかもしれません。できることならいまでは絶滅危惧種とでもいうべき著名な作家がいいですね。けれどそうなったらそうなったでほとんど選択の余地がなくなるかもしれないのです。僕は作家の人生から特徴をいくつか拝借して、自分の人生の物語に混ぜ合わせることにします。いや、むしろその逆かもしれません。偽りと真実の区別がつかなくなるようにするためです」
そのころ、あたしは村上を発見した。「アフターダーク」の表紙に惹かれ、すぐに買いに走ったのだ。そしてすっかり虜になった。それ以前、詩のようなものを書いていたけれども、そのころにはもう転変をいくつか書いていた。読んでコメントをして、と父さんにお願いした。
村上の物語同様、あたしの登場人物も猫と言葉を交わしたり謎めいた疾走をしたり夢の中に現れたり街をぶらついたり「彼女はどこにでもいるようなタイプで、どうして僕は彼女に恋したのかわからないし、どうしてこういう話を君にしているのかもわからない、でも実際のところ、それはたいしたことではない」といった文章を書いたりしていた。
だんだん身体が重くなってきて眠くなってきた。
「また今度にしましょう。いまはあなたは休んだ方がいいと思います。もちろん僕も、ですが」
「そうですね。あなたも僕に劣らず疲れています。もしかすると僕よりもずっと疲れているのかもしれません」
「どうやったら我々は倦怠から抜け出せるのでしょうか?」
「とりあえず休んでいく?」
「え、いいでしょ、別に」
「あ、そう」
「うん。」
「そんでどうなったのさっきの話」
「いや、別に」
「別にって?」
「別に、それだけ」
「それだけってことはないでしょう」
「本当にだって」
象とは何か?眺望は様々な特性にあふれている。疎遠さにぴたりと適合するものはそれだけいっそう不可視である。
「お」
「行こ」
「うん」
「何、飲んだの?」
「コーヒー」
「喫茶店で飲めばよかったのに」
「え、あ、そうか。ごめん」
「信じらんない」
「本当なんだもん」
「信じない」
「うそじゃないよ」
「いいけどさ」
「ごめん」
目を閉じるや否や妄想の冒険が始まる。というより勝手なイメージが湧いてきて寝れないわけだろう?部屋の薄暗り、半透明の四角の窓にはカーテンがかけられていて、ぼんやりとした一つの影から発して洗面所を一冊の本のそれよりやや明るい影から発して。