行方不明の象を探して。その209。

「フィルムのトラブルにより上映が中断しています。 お客様にはご迷惑おかけしますが、しばらくお待ちください。別の映画にしないフィルムの交換が終了次第、上映を再開いたします。ご案内申し上げます。フィルムのトラブルにより上映が……」

 

君はただ別にその上に乗ってもいないのに、その板が固いということだけは知っている、というの、お、まさしく君は君自身の体という、実にふにゃふにゃしたものの上にいるからだ。僕は本を開いてページを読まずにただ眺め、別の本を最初から最後までぱらぱらめくったが中身は頭に入らなかった。この街には浮浪者、特に夕方、暗くなり気温が下がってから書店に来て座るようなタイプの浮浪者が少なくなかった。

 

透明性は伝えられないもののネガを顕在化させます。透明性の揺れが少なければ少ないほど象を絶対的な存在として表現できます。神秘的な発露が僕のために顕在化します。彼は元々自分に関するあらゆる知識から遠ざかっているのです。この作品を定義するのはこの作品の野心と象との関係においてのみだからです。象だけを考えたいのです。

 

「ちょっと恭二さんのことでね」

 

「ほら、ここでもさあ」

 

ふいに僕が彼女が思ったとおりのものであるような気がしてきた。それまでにも夜中や雨の日に通りを歩いていて、誰も僕がここにいることを知らないのだと思うと、自分が名前も顔も持たない匿名の存在になったような気がすることがあったが、その感覚がテーブル越しに向き合った愛子によって思いがけず裏付けられた気がした。

 

「この店、高いんじゃない?」

 

「大丈夫。クーポン券があるから」

 

ありきたりなセックスを受け入れないことが彼女への愛でありエロスへの殉教である。彼女にそれが伝わったのかどうか分からないが、彼女はドロドロのキスを終えて

 

「ピスしてくる」

 

と言って車を出て行った。もうやることがなかった。一人で窓からほかの車を見て「みんな励んでおるのだな」なんて思った。どの車も当然窓から中が見えないようになっているので見ても仕方ないのだが、駐車場に並ぶ車をじっと眺めていた。中にはここで受精して生まれてくる子供もいるのだ。どう受精したかなんて分からない。

 

他の車から出た女が短冊の前で「小さな向付の包丁を手に、食材をあっちに取ったりこっちに取ったりしている」とても緊張して、恥ずかしがり屋さんなんだろう。その姿が目にしみるほど明るく、顔のギャグも今後の創作の励みになりそうだなと思った。奥は光って膨らんでいて、無感動に部分的だ。受精したばかりなのか。

 

太陽の光を見越して早めに電気をつける。そして、暗くなる。不安の重たい気持ちをどうしようもなく、少しの間だけと思ったが、どうやって中でリフレッシュしようか。夏の夕暮れで暗くなった路地の表面に、染みがぽつぽつと落ちてくる。坂を下る。微かな轟音が耳に響き、目を見開く。ボリュームがフェードアウトしていき、水の音はどんどん軽くなり、僕は立ち上がった。音がこもっていく。降ろすところもなく走り去る車の音。深い空の奥から、太陽に温められた風が、風に乗ってグイグイと吹いてくる。

 

俺は極度の興奮状態にあった。まだ10キロは残っており、今の状態では夜明けまでにXに到着することは避けられないように思えた。勃起を保つ力は衰え、この不可能に思える旅の終わりは、つかみどころのないものに感じられた。俺は現実の世界、つまり着飾った人々が住む世界を後にしたのであり、それからの時間は、ほとんど到達できないほど遠く感じられた。

 

ひとりになった俺は、大阪に向かう途中、ぐるりと一周して扉を探したが、俺の手には何も見つからなかった。俺は溝につまずき、窒息しそうな狭い廊下に飛び込んだ。もっと広い踊り場が手の届くところにあったにもかかわらず、錆びたボルトの小さな扉が俺の行く手を阻んだ。頭上では、慌ただしい足音で金庫室が振動していたが、マルボウの警察官がやくざを外に追いやっているのか、ギャラリーの中を走っているのか、俺には判別できなかった。

 

俺の幻覚は、大地、空、大気を持つ人間社会の総体的な悪夢のように、無限に広がっていった。彼女の剥き出しのおまんこが革のシートにしがみつき、回転するペダルで脚をピクピクさせている。後輪は自転車のフォークの中だけでなく、事実上、サイクリストの裸のお尻の隙間に入り込んで、俺の視界から無限に消えていった。埃まみれのタイヤが高速で回転する音は、喉の渇きやペニスの勃起に匹敵するようになった。耳をつんざくような残響音と、近くも遠くも響く声が混ざり合い、彼女は笑いながら悲鳴を上げ、俺は押し殺した叫び声で象に沈黙を促した。

 

目を覚ました俺は、すべてを忘れさせてくれるよう神に祈った。これ以上、旗石の上で膝を休めることができなかったので、俺は独房を出て、若い裏切り者が寝ている隣の独房に入った。俺は、そこに立っている自分を子供に見られるかもしれないと怯え、引き下がった。ギャラリーに寝そべっている男たちを踏み越えて、俺は独房に戻った。跪き、胸を叩き、シャツを引き裂きながら、俺は自転車の座席の上にあるマンコの奥深くへと突入する運命にあった。

 

風はおさまり、星空の一部が見えた。死は俺の勃起の唯一の結果のように思えた。疲労のあまり倒れ込む前に、俺は自分の体を掻き回した。再び眠りが俺を襲った。今度こそ、俺は正しい道を歩んでいた。仲間が言っていたよりも大きな本物のドアが、ついに見つかったのだ。俺は仲間がオラトリオに通じていると言っていた階段を駆け上がった。しかし、またしても仲間は俺を欺いた。その階段は、夜の静けさの中、マルボウの警察官が立っていた城壁の上に向かってまっすぐ伸びていた。

 

彼女は俺のペニスの硬直をはっきりと見ることができず、シートの上でさらに激しくオナニーをし、尻の間に挟まれたままになった。俺と同じように、彼女もまだ、マンコの恥知らずさが呼び起こす天変地異の水を抜いてはいなかった。時折、彼女は歓喜に引き裂かれるようなハスキーな呻き声を漏らし、小石と鋼鉄の擦れる音と突き刺すような悲鳴を上げながら、裸体を堤防の上に投げ出しながら「引き寄せの法則」は自分が思っていることをそのまんまに引き寄せると確信した。他人がもしその子のことを「二番目なんてもったいないくらいいい女」だと思っていたとしてもそこに引力などは生まれない。自己評価こそすべてなのだ。

 

そういえばなんだか冷えるなと思ったら、上着を脱がされたままだった。それほど時間は経っていないと思うけど、舐められていたところの唾液が気化してって化学的に正しいか分からないけど、あれでしょう、スースーするよね。体中が冷えてる感じがしてる。でも脱線という日光があるから常に頭の中はポカポカしている。

 

脱線は人生の生命で魂だ。ためしに人の人生から脱線を取り除いてみたとする。そしたら人生も取り除いたほうがましなくらいになるかもしれない。どの人生の場面を見てもあるものは永遠の冬ばかり。今上半身裸の体感も冬って感じだけど、脱線を主体に返してやってください。彼は亜鉛を取り過ぎたペニスのようにギンギンに勃起して、歓喜の声を張り上げるでしょう。

 

完全に死んでいるか空っぽの状態。いい感じだ。いちいち頑張らないといけないところが物足りない。つけるときに上につくのはこれ。そっちを先に下につけてください。すみません、すみません、すみません。頑張ってくださいねー。ローリエとオレガノしかなかったので、それを入れて加熱して盛り付ける。イタリアンなパクチーが揃えば、全部うまくいくかもしれないねっ!どうしたらいいのかわからない。

 

ローズマリーやキーム、七味唐辛子のようなイタリア人がたくさんいればいいというものでもない。遊びながら皮を剥いていると、遠くから話し声が聞こえてくる。太陽の光は、小麦粉でなければならないと言い張った人の姿を、ゆっくりと堂々と豆腐の上に皿の上に乗せる。いらないよ。剥がすと、魚の両側が濡れてグチャグチャになるんでやめてケロ。結局さ、魚は濡れてグチャグチャになり、くすんだベンガラ色になって剥がされちゃった。魚の臭いが車内に立ち込める。この強靭な爬虫類のような背骨は、頼もしい存在だと卸売業の男は語った。

 

冷たい音が弦を低く這うように響く。世界で一番冷たい音だ。ごめんね、ごめんね。「うらやましい」という表現も、なんだかもどかしく光っている。俺の理性が勝った。そして、俺の耳は開いた。しかし、微細に明滅する無限の色彩の中で、万物は沈黙していた。その理由は 世界は海の底のように、槌の一撃で世界の大勢を照らし出す。

 

彼らの夜から降り注ぐ銀の光は、その輝きをもって大地に注がれ、夜空から地上に降り注ぐ銀色の光は、果てしなく見飽きることがなかった。もはやあり得ない光景だ。折れ曲がった流れの起伏のある光景は、もはや無い物ねだりとは言えない光景は、割れた小川の起伏の光景であり、耳を澄ますと波状のように広がっていく座敷童の影。その光線の奥を荒々しく塗りつぶす、果てしない漆黒の光。

 

本の手のカーテンは、膨れ上がり散り散りになった。消してもなお明るい光。わずかな風 は、地上のすべてを透明で青くする月。夜はまだ若い。夕陽が沈んでから、それほど時間は経っていない。畏れ多くも、それは消えてしまった。

 

時間はいつもするすると淀みなく流れて行っているのだろう。ピスから帰ってこない彼女がシット乃至はシェットをしていないのであれば、どこかほかの車にJoinしてセックスしているのかもしれないと思った。ふと気が付くと、どこかずっと遠くのほうからぼそぼそという、奇妙にくぐもった音が聞こえてきた。

 

最初のうちはまるで体の中から聞こえてくるように思えた。それは物質的な音ではなくて、こうやってボーっと記憶のストリーミングをしているときに聞こえるある種の幻聴のようなものかと思ったのだが、それを身体が紡ぎだす暗黒の予兆のように感じて、呼吸を止めてじっと響きに耳を澄ませた。その音は少しずつしかし確実に方に近づいてきていた。

 

いったい何の音なのか、見当もつかなかった。でも音は鳥肌が立つくらい気味の悪い響きを持っていた。やがて窓から見える黒いワゴン者の根元のあたりの地面が、まるで重い水が地表に吹き上がるような格好でもそもそと盛り上がった。息を呑んだ。地面が割れ、盛り上がった土が崩れ、中から尖った爪のようなものが姿を見せた。

 

こぶしを握り締め、目を凝らしてそれを睨んでいた。何かが始まろうとしているのだ、と思った。爪は勢いよく土を掻き、穴はどんどん大きくなっていった。そして穴の中からもそもそと彼女が這い出てきた。彼女は土の中から出てくるとぶるぶるっと身を震わせ、身体についた土を落とした。

 

世は憂き世、されど夢、世もまた憂き世であることを示すかのように。世界は華やかな夢だが、それは夢であることを示すかのように、世界もこの奥にあるのだ。影は海鳥の滑るような、ガクガクした手になっている。その影は明るく澄んでいて、身も心も不動に包まれている。海鳥の滑るような息づかい。塩も少し冷たい。

 

海の影は明るく、体を動かすのが難しいほどだった。風の香は潮の香を帯びている。心の底まで洗われたような気がする。黒い電線が、空で波打っている。まるで春が吹いているようだ 。家に帰るか。