行方不明の象を探して。その258。

もしくは粘着質な鼻水が出過ぎるために啜るしかなくて、それがのどに詰まったときに緑茶で流そうとしたら喉に詰まった鼻水と緑茶がブレンドされて甘くなったみたいな味に似ているかもしれない。ただ間違いなく言えるのは愉快な甘さではないということだ。どちらかというと苦い甘さだ。

 

デンタタの住まいはたまたま近くだった。もしかしたら手紙は直接家に投函されたのかもしれない。でもだったらなぜデンタタは名前と住所を聞いたのだろう?それは恐らく聞いたのであれば聞いたのだろうし、聞いたのでなければ聞いたのではなかったのだろう。

 

出不精で人間嫌いなデンタタに会おうと思ったのは、彼が膨大な現代音楽のCDやレコードを収集しているということだった。

 

「おそらく日本中探しても、個人のコレクションとしては、これほど充実したものはそれほどないでしょう。あなたは現代音楽がお好きそうだから、あるいは興味を持たれるかもしれませんね」

 

今だから思えることだが、文字が部分的に擦れてるようになっていたのはデンタタから出ていたマン汁が手紙に垂れて、まだ紙に馴染んでいないインクが滲んでいたのだろう。考えるだけでもゾッとする。

 

しかしデンタタの膨大な現代音楽のコレクションに興味を覚えてしまったのと、その時点では少なくとも生臭いかもしれないが最低でも人間だと思っていたので、生臭さには目を瞑って現代音楽のコレクションを見せてもらおうという気になっていた。現代音楽が絡んでくるとまるでカルキの臭いに魅せられるヤリマンのように精神的な抵抗力を失ってしまうのだ。

 

カルキの臭いといってもそれは単体の精液の臭いではないはずで、顔面なりにぶっかけられるまでの雄と雌のマグワイによって部屋中に漂う淫臭とセットのものなはずで、単体のカルキ臭に魅せられるヤリマンは恐らくいないだろう。ただ圧倒的にセックスの経験が少ない自分は、その辺のことはよく分からない。それは分からないのかもしれないし分かるのかもしれない。イカ臭い物語にはつきものの表現であろう。

 

電話をかけると彼は古風にファックスで細かい道案内の地図を送ってくれた。彼には意図せずに必ずどこかに下ネタを潜伏させてしまう本能のようなものがあり、それがくだらないダジャレだろうが、ファックスはカナカナで書けば「ス」を抜かせばファックだ。そのマン面に実にお似合いの通信方法ではないか。

 

四月の午後に緑色のフォルクスワーゲンに乗った気分で、ひとりでその家まで徒歩で行った。途中で

 

「クソっ!」

 

と言ってしまったのは、足が擦れる阿婆擦れのビーサンを履いてきてしまったことで、徒歩を舐めていたとも、オメコを舐めていたとも、言ったことのない場所に行くこと自体を舐めていたとも言えるだろう。歩きながら足の皮が擦れてくるのは実に不愉快だ。こういうのもヴァギナ面のあいつが仕向けたことなんだろうと思うと今でも相変わらずゾッとする。

 

家はすぐにわかった。三階建ての大きな古い家だった。建てられてから少なくとも100年は経っているだろう。ホラー映画で出したら逆にそれっぽ過ぎて避けられるぐらいベタな恐怖感のある家だった。庭はまるで広い森のようになっていて、四羽のカラスたちが派手な鋭い声をあげながら、枝から枝へと順番に飛び移るのが見えた。

 

ドライブウェイには新しい昇天したプッシーワゴンが停まっていた。僕がプッシーワゴンの後ろから挿入しようとすると、玄関の足拭きの上に寝そべっていた大型のモルボルがゆっくりと立ち上がって二度三度半ば義務的に臭い息を放った。

 

しかしちょうど前日にオナニーの見せ合いをする女装男子が集うビデオチャットグループで、ちんちんにリボンを巻いてオナニーをしていて、そのリボンを外し忘れたために煩雑なステータス異常をきたすことは免れた。

 

「臭い息を放ちたいわけではないのだけれど、一応そうするように決められているから」という風なことがモルボルの表情から読み取ることができた。

 

デンタタが出てきて握手した、何かをたしかめるような堅い握手だった。デンタタからは死んだ魚のような生臭い悪臭が漂っていた。しかしそれは電車に乗ったホームレスが一車両全てを臭いで覆いつくすようなものではなく、まさに女性器のそれの、顔を近づけて嗅げば魚臭いけど、あえて嗅ごうとしなければ、そこまで生臭いというものではなかった。

 

握手している最中にデンタタは肩をとんとんと軽くたたいた。それがデンタタのいつもの癖だった。

 

「よく来てくれましたね。あなたにお会いできてとても嬉しい」

 

と彼は外国語の類を翻訳ソフトで訳したような口調で言った。

 

デンタタはイタリア風のしゃれた白いシャツを着て、ボタンを一番上でとめ、淡い茶色のカシミアのカーディガンを着て、柔らかな生地のコットンのパンツをはいていた。フランシス・クライン風のメガネをかけていたような気がしたが、目がないのでメガネはかけていなかった。デンタタは僕を中に通しといっても性器ではなく実際に家の中に通し、居間のソファに座らせ、作ったばかりのおいしいコーヒーを出してくれた。

 

デンタタはおしつけがましいところのない人物で、育ちもよく、教養もあった。若いころには世界中を旅行してまわったということで、話もなかなかうまかった。ちょっとした生臭さと魚臭さを我慢すれば、生物としては中の下というところだろうか。

 

彼と親しくなったわけではないが、彼の見事な現代音楽のコレクションを好きなだけ聴くことができたし、たとえそれがグレーゾーンだったとしても誰もが行っているように、特に気に入ったものについてはCD-Rに焼いてプレゼントしてくれた。

 

オーディオ装置がレコード・コレクションに比べるとそ、それほそ立派なものでもなかったけど、古い大型の真空管アンプは温かく懐かしい音を出した。

 

苦いものが嫌いなのか、そうでないのか、というような曖昧な説明で、結局、こっちで操作することになった。僕の場合。リンゴの機械が好きなんですね。ほら、やってみなさい机の上に他の十数人がいるはずですから。目、そして立派な口髭と部屋を見た後、レトロゲームを覗き込む。その後、僕はこの部屋を出た。

 

彼の表情は、象が実際に何をしていたかを説明し、というか、あなたたちは何をしているのですか?すべては僕の部屋にあるのですよ。あらそう、じゃあ、あとでね、と彼女が微笑んだ。微笑みはビジネスって聞いたことあるけど、そうなの?その瞬間、2人は難しい話をし始めて、壁にまっすぐ投げられた自分の席に戻った。5分もしないうちに彼女はこう言った。

 

「店長が来ても失敗しないでね」

 

あ、ありがとうございます。でも彼には連絡がつかないようなんです。通りすがりの人が何十人も講釈を垂れているように見えました。みんなは今のところ、モニターをあまり気にしていないようだ。モニターには、ゲームに熱中している様子が映し出されていました。はい、読んでみてください。ゲームもですか?どうだ?しかし、彼はすぐに他の人のことを忘れてしまった。近づいてみると、彼らは時間厳守の男で……と言った後、黙ってしまった。まあ、そういうような状況だったので、今すぐゲームに目を向けたのです。

 

そこは暗黒の世界だったと言った。あなたは不服そうに僕を見て、彼はそれを拾いながら座っていた。なぜその通りだと分からない?冒険家みたいな話で申し訳ないのですが。

 

デンタタは自宅の書斎を仕事場にしており、そこで大型のコンピューターを使ってハッキングの仕事をしていた。でも彼は自分の仕事の話はほとんどしなかった。

 

「とくに大したことをしているわけではないんです」

 

と彼は笑いながら言い訳するみたいに言った。彼がどんなハッキングをしているのか、知らない。アノニマスとの交流を仄めかしていたようにも思ったが、それはブラフかもしれない。とんだブラフマンだ。これもやはりマンがかかっているのだろう。彼は無意識に自意識過剰なのだろう。作為がないところにまるで作為があるかのようなトリックを色々と仕掛けてくる。

 

彼が忙しそうにしている姿を目にしたこともない。小説を執筆する人間なら本に囲まれて生活していてもよさそうなのに、特にこれといった蔵書もなく、といってもどこかの部屋に書庫があってそこで執筆しているのかもしれないが、全く執筆している雰囲気がないのはなぜだろうか。

 

俺の知っているデンタタは、いつも居間のソファに座ってワイングラスを優雅に傾け、本を読んだり、現代音楽を聴いたり、あるいはガーデン・チェアに座ってモルボルと遊んだりしていた。あくまで感じなのだけど、彼はそれほど真剣に仕事してなかったのではないかと思う。