行方不明の象を探して。その200。

「馬鹿みたい」

 

と彼女は言いながら、あたくしめの唾液とぶっかけのし過ぎでカピカピになったブーツをトイレットペーパーで拭いている。

 

「済まなかった。でも鼻を殴ることはないんじゃないか?」

 

と言った。鼻の骨が折れたかと思っていたが、しばらくして鼻血は止まった。というより血が固まって鼻血がボトボト垂れることはなくなった。しかし手や鼻のあたりが血まみれなっていた。彼女はトイレットペーパーにアルコールスプレーをかけて、血まみれの顔を拭いてくれた。雨と鞭なのかと思ったが、なんか違うだろう。晴れていたから。真っ暗だから天気的には晴れということだが鼻は腫れていただろうな。

 

彼女は高級外車のオートロックを外して車に乗り込んだ。おいらは彼女の車の助手席に乗った。

 

「男なのに情けないわよね。車の運転免許持ってないなんて。それこそデートのマナーに反することなんじゃないの?」

 

と彼女は言った。何も言い返せなかった。そこでスピーカーからの声が途切れる。テープが止まったのではないことは、鳥の鳴き声が流れ続けていることから分かる。しかし部屋にいる何人かは、もう終わったのかというふうに、俺を見る。彼は黙ったままである。誰だこいつ!彼ってどの彼だよ?

 

「でもさ、人の鼻を手加減なしで殴っちゃダメだよ。冗談抜きで」

 

と言った。リロリロリロリロリロと約50回。ラリパッパーで脳溶けそう。俺が目覚めた時、俺の周りには白い壁しかなかった。俺は完全に時間を失っていた。俺は自分がどれくらい眠っていたのか見当もつかず、目が覚めてから最初に枕元に立つまでの時間が10分なのか10分なのか、よく分からなくなっていた。俺は、目が覚めてから最初に枕元に立つまでの時間が、10ヶ月なのか10分なのかも、分からなかった。分からなかったことを羅列してくださいって言われたら電話のページぐらいになる。タウンページね。試し切りによく使われるやつ。

 

「そんなことしたら鼻の骨が折れて一大事にもなりかねないよ。それはデート・マナーの第二だ。鼻を思い切り殴らないこと」

 

「ふん」

 

と彼女は言った。彼女の暴力は許せないが、彼女のデニールの薄いストッキングとブーツのコンビネーションは完璧すぎて芸術の域に達していたから許せるっていうか鼻血がとりあえず止まってよかったなぁって今なら思えるし、生足でも美脚だろう。でもダーク色の薄いストッキングで、脚のエロさがとんでもないことになっている。それを包む上質で上品なブーツ。

 

突然、彼女は小さな三本脚のテーブルにぶつかった。上品なブーツに傷でもついたらどうするんだ?彼女は妙な気持ちになっていたので、僕はラーメンを注文した。ここのラーメンは値段のわりになかなかいける。そこらへんにあるラーメン屋よりは絶対に美味しい。自信を持って断言できる。何気ない感じで彼女が聞いてきた。そうだな面白い本と言えば……。

 

本のサンプリングのことばかり考えていて本を本自体として考えることが少なくなった気がする。また余白が気になってきた。読んだことがあるのか?とまた自問したくなった。でもとりあえず彼女に何か面白い本を教えなければ。でも彼女のほうが色々と小説のこと詳しいだろうに、なんで僕に聞いてくるのか。

 

小田仁二郎の「触手」がいいんじゃないか。抽象的で不気味で最高だろう。それで凄く日本らしい。古い家屋の匂いがしてくるような本。やっぱりフィクションの世界は現実よりよっぽど面白いと思う。なんで現実はこんなにもつまらないのか。

 

先に針を刺されて困ってしまった。おぞましいもの以外で薦めることができそうな本か。彼女の人の死を現実として受け止めることのできな男のめるるめく妄想の物語は?めるるるるるるるるって永遠と言い間違えが続くストーリーは?ストーリーはやめてくれたまえよ。ストーリーがどんどん予想外に展開する不条理小説で読んでいて飽きがこない。そういえばバタイユは?文学には現実で禁止されているような悪が存在しないとつまらなくなるとバタイユは言っていた。でもなぜだろう、現実がここまでクソなのは。だから悪を尽くしてしまえ!

 

不条理な大量虐殺が起きていたり、戦争のおかげで経済がめちゃめちゃになったり、あーあんまり考えたくない。本の余白のことを考えるだけでも精一杯なのに。いや、現実は悪だらけなのにつまらないんだよな。虚構に悪があるとなぜ面白いのか。面白いというか、つまらないとは思わないわけだ。

 

「何しろ見ての通り、このところ変わったことばかりが起こっているから、本当にできないことなんか実際はないに違いないわ」

 

と彼女は考えた。言ったわけではないのがミソだ。しかし、院内は不気味なほどに静まりかえっている。受付のガラスの奥に人影を見つけて声をかけた。奥の方から返事が聞こえてくる。ブラウス姿の女性が受付に出てきた。事務だろうか。言われるがままに保険証を引っ張り出した。

 

待合室の椅子には痩せた男が座っていた。背中を丸めて廊下の隅をジッと見つめている。なんだか目が虚ろな感じだ。遠慮しながら隣に腰を下ろし、まじまじと院内を見回してみた。なかなか年季が入っている様子で壁や床から重厚な雰囲気が感じられる。待合室の片隅には古めかしい大時計が置かれていた。いつかのビアホールで見たものとほとんど同じだった。針の時を刻む音だけが静かな院内に響き渡っている。不意に声を掛けられた。

 

痩せた男は半分だけ服を着て中庭をほじくりかえしていた。髪を顔の前に垂らしている姿を遠くから眺めているとある種の優雅さ、若者特有の優雅さがあって、遠くから見ると彼の目は周囲のまなざしをすっかり惹きつけ恍惚としたものたちの集うこの空っぽの病院に特有の切なさをたたえていた。

 

例の小さな扉のそばで待っていても無駄なように思われた。そこで彼女は、あのテーブルのところへ戻ったが、痩せた男が何のためにこの世に生まれてきたのかが分からなくなったので、その自慢の美脚で首を絞めて殺してやった方が彼のためになるのではないか?とすら考えるようになっていた。

 

彼女のブーツもそうだが、全身がパッと見でファストファッションのものではないと分かる。しかし彼女は無駄に金があるわけではなく、ファッションセンスが洗練されていて、お金の使い方も上品だ。金運みたいなのがあるとすれば、彼女は金運に恵まれているのだろう。まさか、そんなことがあるなんて。そんな金運を見たことがありますか?ぼかぁは知らないなぁ。そう考えると心が怖くなるね。鼈甲の肌に痛み止めを塗って酩酊していた父は獣のような体格で、大きな口ひげを生やし、大きな棒を口にくわえていた。

 

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それにしてもシャム系統の偽物が多いこと、またその数が4倍と少ないことから、賞金額を計算することすら不可能だな。この偽チン?というのは、"某 "というのは、"某 "のことである。もしそうなら会議にかけることになる。意義無し異議あり意義あり意義なし。

 

川柳の縦線と横線も同様である?結局、どうすればいいんだ?ちゃんとやらなきゃ大丈夫だよ。うん、そうか。ありがとう。感謝するよ。アプリシエイト。アフィリエイト。見てみたいバザーを選んでね!

 

だーかーらーあんな風にただですらお金があるのに、隣の席の太ったお父さんからお金をもらったりすることができるのだ。お金に困っているわけではないので、別に彼女のヒモというわけではない。ただ思い返してみると、デートで発生したお金はほとんど彼女が支払っていたなと思った。世界が一瞬斜めに見えた。世界が斜視。

 

帰りの車の中では彼女は殆ど口をきかなかった。イライラした様子でもなく、ただ単にひたすら運転をしているという感じで、変に話しかけてくれるなよというオーラが出ているのが明らかだった。Erhard Grosskopfの「String Quartets Nos. 1–3」をかけてみたが、彼女は特に文句を言わなかった。何が鳴っているかに興味が無いようだった。

 

スマホを開いて、Discogで「String Quartets Nos. 1–3」のページを開いてみた。そこには作品に対する辛辣なコメントが書いてあった。

 

「なぜ、彼の音楽が人々に知られていないかというと、誰も演奏しないかららしい。へえー、なんでだろう。ああ、理由はわかっている、ひどいもんだ。動物の群れが不愉快な状況下で死んでいくような音だ。それに加えて、曲の内容もたいしたことはない。文字通り、音楽的な要素は何もない、あえて言えば、そもそも音楽ですらない。好ましくない、価値のない叫び声だ。まとまりがなく、理性もなく、尊敬の念もない。神々を呼び起こし、彼の音楽が聴かれないままであるように、常に聴かれないままであるように。そして、わずかに残っているものは、絶対的な忘却と出会っているのだ! これは、最も些細で微細な注意にすら値しない種類のものである。もちろん、彼自身にとっては、厄介払いができたということだ。ひどい芸術家は悲劇であるが、悪い芸術家は償いのない罪である」