2024-12-01から1ヶ月間の記事一覧
すべてが白い。光に満ちている。その光が次第に弱まり、同時に視界の中心へ収縮していき、夜空の中の月になる。下弦の月。白い残像の筋を引きながら月は上昇していく。代わりに闇に溶けかけた輪郭を持つ地上の光景が僕の目に入ってくる。 二階のバルコニーで…
「なんでもないのに湧き起こって、君の黒煙は街路を黒々と吹き飛ばしていくわけだよね。それも占領するような突風ではなくて、薄絹のつむじ風みたいなステルスっぷりでね。そしてちりぢりに乱れはなった泡沫となる激情をもってして、その熱狂の旋風を額のあ…
「ねぇ、君、僕って空っぽだと思わないかい?」 彼はニヒルな笑みを浮かべながら言う。間違いなく空っぽだろう。分かり切ったことをなぜ質問するのだろう? 「その通り。本当に空っぽだと思うよ」 僕はそう答えた。 「ほんとに何もないんだよ」 と彼はかすれ…
彼は言った。 「俺が誰なのか、君は本当にそれを知りたい?」 「そのために僕はここにきてるんだ」 でも僕の声は暗闇の中で何かしらの居心地の悪い響き方をした。 「なんだかインディ・ジョーンズの映画みたいになってきたね」 返事をするかわりに僕は咳払い…
僕普段から過ぎたことへの無益な後悔や焼き付くような良心の呵責を感じることがあるが、彼には一切それがない。そこに僕はおぼろげながら虐げられる快感のようなものを感じることがある。芝居として「自分はダメ人間です」などという言葉を吐いて行うSMとは…
「ニッポンの中年はいったいどうなってるんだろう。君も終電間近の電車のなかで、見かけたことがあるよね。汗とアルコールのにおいを振りまいて、なにか意味不明なことを怒鳴ったり、だれかれ見境なく喧嘩をふっかける男たち。それもたいていは若いやつらじ…
「そうかもしれないということは、象が消えることは少しは予測できたっていうことになりませんか?」 と彼女は質問した。 「予測なんてできっこないよ」 と笑って言った。 「ある日、突然象が消えちゃうなんて、そんな前例もないし必然性もない。理にもかな…
試しに彼女に 「ドラッグってすぐ調達できる?」 ってストレートに聞いてみたら 「ストレート・ノー・チェイサーですね」 と言って事務所に電話してドラッグのいっぱい入ったアタッシュケースを開けて、どれでもお好きなものをどうぞと言わんばかりの顔をし…
「血まみれのアンヌ嬢、若しくは我らがニンフォマニアが後光に包まれる」 「あなたが思っているほど血まみれじゃないんですよ。さっきからロウソクの蝋で傷口をふさいでいるし、あなたがぼーっとしている間にも瓶の破片は自分で抜いていたのです。ウィスキー…
僕はまた首をグルングルン回しながらウィスキーの残りを飲み干した。 「さぁじゃあ破片抜きと掃除の続きをやりますか」 酒の力を借りて、目の前の惨状に対処しようとした。しかし彼女は手のひらをこめかみにあてながらこう言った。 「もういいんです。作業は…
「ありましたネーありましたゾ」 彼女が得意げに花束でも出すようにハンドルを取り出した。それはLという字の右下に短いIを継ぎ足したような鉄の棒で、片方に丸い木製の握りがついていて、もう片方には工具の六角レンチのような穴が開いていた。この凹んだ部…
「僕らはさ、ただこうやって存在することが大事な意味を持ってるんだよ。僕らが存在し、生きること自体が一つの目的なんだよ」 重苦しい沈黙を破るために必死だった。 「そうですね」 と彼女は小声で言った。 「今の僕らには、それが凄く大事なことなんだよ…
「あのなんつーかその、悪いけどさ、俺と一緒に来てくれないかな。何がどうなってんだかさっぱり分からないから場所移さない?」 彼女は凄まじい反応速度で本をショルダーバッグに入れ、コートを着る。テーブルの上の勘定書を取ろうとするが、その前に手を伸…
一人客が多く見受けられるようになっている。ノート・パソコンを使って書きものをしている客もいる。スマホでメールをやりとりしているものもいる。彼女と同じように読書に耽っているものもいる。何もせずただじっと窓の戸を眺め考え事をしているものもいる…