ハマり続けているおかげで師父に褒められたぜ!師父は俺の謎のハマっているものをやっていたわけではないんだけどプロ選手だったから動きの良し悪しがすぐ分かるんだよね。これだけだとただの自慢なんだけど(笑)ようは武術全般ってこういうプロの目と指導が無いと絶対無理なんだよね。どんだけ教本買ったところで「できた」と思っててもそれは形を真似しただけで肝心なところが全くできていなかったりっていうか自己流で始めてしまう武術オタクとかがそうなんだけどって俺もそうだったわけだけど(笑)プロの目と指導って大事どころか必須なんだよね。
例えば俺がハマっているものをやったことはないけど体を見ているとこの動作の時に構造が崩れてるとかってのを指摘してくれるおかげでそこを練りまくれるわけよ。でもそれは素人からすると些細な部分なんだけどプロからするとそういう細部を仕上げて行って全体が出来上がるということだからっていうかそれは何にでも言えると思うんだけど、そこがなんか趣味的であることと真に武術的であることの違いって気がするんだよね。
で、ガチでやろうとすると毎日最低4時間ぐらいは練習しなきゃいけないっていう。でもそうすると前にも書いたけど習い事の領域を越しちゃうんだよね。生活の中に練習する時間が当然組み込まれているって前提でやらないと全然極まらないんだよね。んで今みたいにやればやるほど上手くなるっていうペースがだんだん頭打ちになってきて、そこから脱するのにまた物凄い練度を必要とするっていう、もはや趣味の領域じゃないんだよね(笑)
でも俺みたいに趣味という趣味をやり尽くした人間の場合、やりたい趣味がなくなっているから趣味の時間を全てそれに当てれば決して不可能ではないっていうことなんだよね。ただ普通の場合っていうとアレだけど、友達とどっか行ったり旅行したり映画見たりとかまぁいろんなアクティヴィティがあるじゃん?それを全部それに注ぎ込むって感じだよね。でも俺はハマったときっていつもそれだから全然それでいいんだよね。
んでまぁそれは武術なんで身体を使うから毎日エクササイズをしていると考えればましてやアラフォーなんて頑張ってジム行くとかランニングするっていう時間を作らないと身体がダメになっていくからフィジカルを使うものって無駄にならないんだよね。ただひたすら健康になるからな。あとまぁとにかく痩せますね(笑)痩せるっつーか腹の脂肪が無くなる。あとダイエットとか意識しなくても食べたいだけ食べて燃焼すればいいだけの話なんで実益あるよね。
何らかのスポーツをやってた人とかだったら身体を動かすとかジムに行くってことがそんなに大変じゃないと思うんだけど俺みたいに一年中座ったままみたいな人間が毎日身体を動かすってすんげー習慣の変化なんだよね。でも身体を動かすだけではひたすら億劫でそんなのできるわけないじゃん?まぁそこで内容が武術ってことでエクササイズとか筋トレのためにやっているわけじゃないんだけど結果兼ねているってことになってんだなと思ってさ、あと中国武術だから技術なんだよね。いや、技術だけじゃないんだけど、何が言いたいのかっていうと若い身体じゃないとできないってことがないからいつ始めてもいいっつーことなんだよね。
でもやっぱアレだろうな、運動は脳に良い!なんてのが喧伝されてからだいぶ経つけど確かに座ってるより体動かしたほうがいいんだよね(笑)あと面白いのが「分かる」ということのフィジカルな考察になるっていうかね、何をもって分かるとするのか?っていつも書くけどさ、フィジカルって謎の部分が多いんだよね。
師父曰く武器術とか拳法とかはその人の体格とか特性にあったものってのがあって、どうやら俺はそれを見つけたらしいんだよね。でもフィジカルで合ってても実際は例えば日本刀振りたい!とかさ、まぁ剣術は若干やってたけど、好みと合致するか?っていうとまた別なような気がするんだけど俺の場合、見事に合ったものがめちゃめちゃ面白いっていう最高な感じになってるんだよね。
向いているから伸びも早いしそこにさらにそれ自体が楽しくてしょうがないっていう要素が入るからさらにプラスなんだよね。多分、めちゃめちゃ合ってることってそういうことなんだろうなって気がするわ。やれなかったことがやれるようになったときの喜びと限界まで身体を動かした後のハイな状態ってのがまぁある種のドラッグ的な要素があってだからハマるんだと思うんだよね。
それが楽しくて気持ちいいからやるって当たり前のことなんだけど(笑)でもそういうのを見つけるのって難しいよね。俺も色々やってきたけど実際に自分に合ってて楽しくてしょうがないってことがどんだけあったか?っていうとそんなに多くないわけですよ。なんかやっぱ手ごたえってあるじゃん?
そういうのが社会的ニーズに合ってると評価されたり凄い!とされるんだけど、全く凄い!とされないものでも向いてるものとか好きなものは好きなんだよね。そこを社会っつー尺度で決める必要はない。まぁ俺が好きになるのって本当に実益が皆無なものが多いんだけど(笑)武術はフィジカルだからエクササイズになるって考えればまぁ悪くないかなと。
毎日何十キロ走るとかって人いるもんね。朝夕と分けて走る人とかいるだろうから、そういう人が何の苦もなくルーティンとして走り続けているということを考えると別に今俺がやっていることは今までの俺からしたら異質なフィジカルの使い方ではあるんだけど、体を動かすのが好きな人だったら普通にやっていることだよなーとか思ったり、あとはまぁ筋トレが趣味の人とかもそういう感じだよね。
でもまぁ運動の威力って半端じゃねーなとは思いますよね。身体が疲れてても伸びている最中だからやり続けよう!と思ってやり始めると作業興奮的なことが始まって乗り気じゃなかったのにいつの間にか時間を忘れているというね。なんだろうな、小説を書くとか音楽を作るとかさ、別に俺が作らんでもすでにいいやつはあるわけでさ、いつもそこは俺が虚しさを感じるところなんだけど、なかなかやる人がいないようなマイナーな武術とかを極めるって結構いいと思ったんだよね。
時間的にやれる人が少なかったり環境に恵まれなかったりしてもダメでさ、で、今の俺っつーか俺自体が趣味に生きているような人間だから趣味の時間を全振りでそれにあてるわけじゃん?でも自分だけでやってても独学の素人武術になりかねないところを師父がいるので適切な指導を仰げるということで最高ですよね。師父に感謝なんだけども。
習い事レベルでやるのかガチレベルでやるのか?ってすんげー差があってさ、ガチでやっても実益がないから誰もやらないようなことを好きだからやっちゃうって俺っぽくていいかなって思うんだよね(笑)この動きできるようになりました!じゃなくて基本功と呼ばれる基礎の動作みたいなものを毎日5時間とか数か月やった後にやっと入り口に立てるみたいなドエライ世界なんだけど、基本功だけだとさすがに飽きるから(笑)派手な技とかも同時に練習するんだよね。そうするととにかく飽きない。
んで基本功が効いてくるからどんどんうまくなるのね。異様な世界だけどあれだわ、ひたすらハイキックを究めようとして毎日4時間ハイキックをプロの指導の元でやり続けたやつのハイキックはそりゃ完成度が高くなるよね。それで強いかは別なんだけどまぁバキみたいな世界だよね(笑)
でも中国のエリート表演選手とかの世界ってリアルバキの世界なんだよねってまぁ師父の話を聞いて唖然としたんだけどね。ガチやんって。まぁプロだから当たり前なのか。でもあれなんだよね、いろんな拳法をやったり武器術をやったりするより「これだ!」って今の俺みたいに完全にハマったやつがあったら総合的な観点で武術的にそれは強いと言えるのか?という話は別にして、それだけをひたすらやり続けるって結構可能性あるんだよね。色々究めるのは大変だけど、もうそれしかやらん!ってことだと一気に可能性が高まる。
まぁ俺の武術の認識が甘かったんだよね。何々拳やってあの武器術やって何やってとかって考えてたけど一つを極めるのに凄まじい時間を必要するわけだからそういうことをやってるといつもの器用貧乏のままっていうかさ、器用かどうかすらも分からんのだけどね。
一点集中っていいですよね。まぁ元々俺が研究好きだからってのがあるんだけどあとまぁ身体へのフィードバックってことなんだよね。ただまぁ当然身のこなしは軽やかになりますよね。身体動かしてないと自転車漕ぐだけでもダルいのに今みたいな生活をしていると他のフィジカルな行為が遊びみたいなもんでさ、身体とか人間ってすげーなって思いましたよね。前に書いた格闘技とか武道・武術が人生を変える!っていうか変えた!って人が結構いるって書いたけどそういうことなんだよね。
なんかやっぱどっかしらで無理だろうって思ってるところがあるんだよね。色々と年齢だの時間だのってことを理由にして。でも全てを捧げてみたらそれなりの結果が出るかもしれないんだよね。別にそれを動画で公開するとかそれで名を上げるとかじゃなくて本当にそれがやりたいがためにやるって言うことでそれ以外のなんでもないんだけどでも無理だなって思ってることでも一点集中で全てを捧げればもしかしたらなんとかなるかもしれないものって意外にあるんじゃねーかな?って思ったんだよね。
身体も使い始めると面白いように動くようになるからね。もちろん師父から習っている中国武術の基礎と理論があってのものなんだけどね。それを磨いていくと身体が面白いように動くようになるというか言うことを聞くようになるんだよね。俺的に今は太極拳でやってきた基礎を応用できるようになってるってフェイズになってて太極拳すげーな!っていう感動も大きいんだよね。筋力ではない脱力の力の凄まじさというかなんというか。
あとまぁ金がかからないのがいいな(笑)虚しいからなんか面白そうなのを買ってしまうみたいな悪循環から逃れることができるのもデカいよね。あと映画とかゲームとかをやったり見過ぎててコンテンツ不足ってのも解消されるじゃん?武術っつーコンテンツがあるわけで、イメージ的になんかあれだな、起きたらVR起動して武術シミュレーターの中でひたすら稽古をするみたいな感じだよね。あ、今のVR技術じゃなくてマトリックス的な感じのやつね。
あと何気に効いているのがコミカレで2セメ取ってた中国語ね。全く分からなくないから本を読んでも分からなくもないわけよっつっても本自体がほとんどないんだけどね。まぁでもあれだな、ジム通いとかって結構流行ってるというとアレだけど、まぁ結構人気じゃん?ハマる人も多いらしいけどそれってなんかあれなんだろうな、フィジカル面の面白さに目覚めるっていうところでもあるんだと思うんだよね。
でもまぁあれですよ、「じゃあ俺もやってみようかな」っつっても中国武術全般の訓練ってクソ地味なんですよ(笑)簡単に言えば素振り一万回とかそういう世界だからね。一万回って毎日一万回なのか分からんけど、正しいやり方でやり続けてれば振るということを意識しなくても反復し過ぎているから意識しなくてもできるようになるんだよね。で、結果的に他のところにフィジカルとメンタルのリソースを注ぎ込めるようになるからより複雑で高度なことができるようなるっていう当たり前のことなんだけど、まぁそういうのを積み重ねるってことが功夫ってことなんだよね。
wikiからの引用になるけど
中国のその他の地方では、中国武術に限らず広く使用される用語で、中国武術で重要視される「練習・鍛錬・訓練の蓄積」、また、それに掛けた「時間や労力」の意である。「功夫が足りている」のように用いる。茶の場合は「工夫茶(功夫茶)」などと使用される。
努力とは違うところが重要だね。正しいやり方で練習と鍛錬と訓練を行った時間と労力ということで間違ったやり方とか意味のないやり方でやっててもそれは功夫にはならないんだよね。山籠もりだ!っつって自己流の拳法でずーっとサンドバッグ打ってても意味ないのと同じ。武術は絶対的に師が必要なんだよね。まぁそりゃそうだ。俺はプロじゃないんだからプロの世界とかプロの見方なんて分からないわけだからプロに仰ぐしかないよね。
あと武術っつーかフィジカルって文章とか詳細なマニュアルだけでは伝わらなかったり分からないって部分が凄いあるんだよね。で、それは人によって違う。幸運にもそれを教えられたり指摘されても「そうだったのか!」と思える勘所が無いといけないわけで、本当に難しい世界だなって思うよね。でもまぁ相当チャレンジングっつーか遣り甲斐あるよね。フィジカル系に全振りなんてほとんどやったことないからな。居合とか弓道も全身使うけど派手に動き回ったりジャンプしたり走ったりとかってさすがにないじゃん?そういう激しいフィジカルの使い方って結構ヤバい世界っつーかハマる人はハマる世界かもなとかって思ったりしてるんだよね。
なんだろうな、全く運動とは縁が無かったんだけどカポエラやってみたら開眼しましたとかそういう話なんだよね(笑)なんじゃその才能?っていう妙なところで開眼するかもしれないっつーものがあるんだよね。でも勝ち目がないところで勝負するより得意なところで勝負したほうがいいからね。勝負ってまぁ勝負事じゃないんだけどさ(笑)
別に得意なことで尊敬される必要はないからね。人に見せる必要ないし自分の為にやるわけだからね。こういうのって社会的枠組みで考えがちだよね。でもそれを取っ払うとある意味なんでもいいんだよね。まぁ俺ってその都度、ハマっていることが仕事になるからそれはそれでいいんだよね。
まぁそんな感じで今日はこの辺で。
んじゃまた。