行方不明の象を探して。その8。

更新忘れてたんで二話分で。

 

「芸能人が一般人よりも高いステップを上り、謎のベールに包まれながら気迫のこもった演技で魅せる、あるいは歌で人を引き付けると言う時代は終焉に差し掛かっている。らしいぜ」

 

「甘噛乳首にそう書いてあるのか?」

 

「ああ、書いてあるさ」

 

「じゃあどうやって生計を立てているんだ?」

 

「アルバイトか実家が金持ちがのどちらかかな」

 

「ミュージシャンと変わらないな」

 

「芸術なんて大体みんなそうさ。あってもなくても困りゃしない。有事になったら一番最初に切り捨てられるのが芸術さ。ところでさ、じゃあどうやって生計を立てているんだ?ってまったく前後関係ないよな?なんのじゃあなんだ?というかだったんだ?」

 

「いや、それ言ったのお前だよ」

 

「そうだっけ?」

 

「カスタマーサポートに電話するのが面倒だから書き続けさせてくれ」

 

「書き続けさせてくれって斬新な物言いだな」

 

「一番楽だからな」

 

店のテレビで流れているTony ConradのThe Flickerの再放送を眺めながらそう答えた。象はまたしばらく考え込んだ。

 

「ねえ、生身の人間はどう?大抵のことは許せない?」

 

「どうかな?そんな風に真剣に考えたことはないね。でもそういった切羽詰まった状況に追い込まれたら、そうなるかもしれない。許せなくなるかもしれない」

 

羊がやってきて、新しいビールを二本置いていった。

 

すべての象の足元で。君と僕だけだった。次のような話をした。象の名前。ときどき、黙ったままだった。しかし、あなたはいつもどこか遠くへ、瀬戸際のような、何か暗い禁断の場所の・・・。歩んできた道を、あなたは知らない。今、あなたはここにいる。あなたはまだ逃げようとしている。しかし、あなたはこのコンビニにいるのです。手の届くところに。あなたは誰ですか?そんなことはどうでもいいんです。

 

あなたは幻のようなもの。来るのを待っている。会うなと言われたのに。でも、もちろん会いましたよ。もしかしたら、偶然だったのかもしれません。どうしても一緒に出て行って欲しい。無理だって言ったじゃないですか。しかし、今、あなたは知っている。そうですね、たぶん。このあたりはヌーヴォーロマンとかのロブ・グリエとか初期のデュラスですね。

 

反応はあった。象を「面白い」と思う人もいた。それはそれでその巨大さ、街の上空に突如出現したことに、物足りなさを感じた。一方、ヒステリーや社会的な不安感がなければ、冷静な「大人」の反応と判断せざるを得ない。しかしこの象の「意味」について、当初はそれなりの議論があった。

 

それは、「意味」にこだわらないことを学んだからであり、今では「意味」を探すことすらめったにない。今では、最も単純で安全な現象を除いては、意味を探すことさえめったにない。最も単純で安全な現象を除いては。象の意味については、絶対的なことはわからないということで、長時間の議論が必要だということになった。象の意味は絶対にわからないのだから、これ以上の議論は無意味である。

 

わからない。しかし、なぜ彼でなければならないのですか?あなたは彼を待っていた。いいえ、そうではありません。誰も待っていなかった。何もしないで待っていること。まるで死んだかのように。そんなことはないんです。あなたはまだ生きているのです。あなたはここにいます。あなたが見えるわ。覚えていますか?たぶん嘘です。

 

「許せなかったらどうする?」

 

「殺す。確実に息の根を止める」

 

象は困ったように首を振った。カウンターがガタガタ揺れて、象の鼻が顔面に直撃した。獣臭さと土臭さと鉄の匂いがして「キーン」という音と、当たったところが巨大化したような「ボワーン」とした感じがする。

 

「不思議だね。俺にはよくわからない」

 

「最近は電話っていうよりチャットとかで対応してくれるんじゃない?」

 

「カスタマーサポートの話か」

 

「じゃあやってみよう」

 

点を打つだろう。それはもう出来上がった点のように思える。そこに現在の自分が降りてくると点が反応して現在の自分に対応して喋り出す。象はそう言った。

 

「少しだけ首を振るとか、所作のスケールに関しての考慮が必要だと思う。差別するつもりはないんだけど、やはり体は大きいんだから、人間のように振舞っても、物理的に人間が住む場所は人間のスケールでできているから、象のスケールで動くと厄介なことになるよ」

 

顔面の痛みを堪えながら象のグラスにビールを注いでやったが、彼はまだ体を縮めたまましばらく考え込んでいた。縮めたままといってもダークソウルシリーズの巨大な敵が縮んでいるというスケール感なので、人間にとっては縮んでいようが普通にしてようが、あまり大差はない。迫力も実際のところあまり変わらない。

 

双極Ⅱ型障害はⅠ型の躁状態と比べ程度の軽い軽躁状態とうつ状態があらわれるタイプで、軽躁状態がⅠ型の躁状態よりも激しくないから軽い病気だということではない。軽躁状態そのものは特に治療が必要でなくても、うつ状態の再発をくり返すことにより、社会生活を阻害してしまうからだ。のためⅠ型同様にしっかり治療することが大事で、うつ状態の期間はⅠ型より長く、自殺のリスクも高いとされている。

 

うつ病と診断されている人間でもこのⅡ型である可能性が高くて、うつ病だけが目立つからうつ病と診断されるのだが、実際は双極性で、そうなると飲む薬も変わってくる。しかし双極性を抑える薬を飲んでしまうと、創造性が失われる気がするので、気分障害特有の創造性を利用しながら、鬱だけ抑えるという方法を取ってきた。しかし諸刃の剣なのは、創造性を発揮できるものがなくなると、全くこの世は生きるに値しないものだという、極めて分析的で真っ当な感覚に支配されて、それが希死念慮に繋がるのだ。このあたりの話の元ネタは見澤知廉だ。

 

「この前、最後に本を読んだのは去年の夏だったよ」

 

象がそう言った。象がいた。象と会話ができるし、いなくなっても探せる。安堵した。

 

「題も作者も忘れた。なぜ読んだのかも忘れた。とにかくね、女が書いた小説さ。タイトルは「先輩、これって恋ですか?」著者の名前は水沢ゆな」

 

「ちゃんと覚えてるじゃないか」

 

「忘れたね。信じられるかい?なぜそんなことまで小説に書く?他に書くべきことはいくらでもあるだろう?」

 

「そんなことはないさ。書くことがないから、みんな書くことを求めて必死なのさ。人間が思いつく範囲の書けることなんてもう出尽くしてるのさ。評論家も同じだよ。評論するものがないから理論化して評論というものを捏造する。そうしないと評論する対象が無くなるか、食い尽くされた残骸しか残っていないから、みんな生き残るために必死なのさ」

 

「生存の為に書くということか?」

 

「さあね?そういう自意識があるかはともかく、「何か」を求めて書いてる人は少なからずそうなんじゃないのかな」

 

「俺は御免だね。そんな小説は。反吐が出る」

 

俺は頷いた。

 

「俺ならもっと全然違った小説を書くね」

 

「例えば?」

 

象はちんちんを指先でいじりまわしながら考えた末に臭いを分からないように嗅いでいるようで嗅いでいるのがバレバレだった。何しろ象だから。象をバカにしているわけじゃないし差別ではなくて、あれだけの大きい動物が所作で動作を誤魔化すというのは大変なことだというのを書きたいと思った。

 

「壊れたんだから新型にかえてくれ」

 

「それは無理です。お客様」

 

結局、その場ではトイレでパイズリで抜くということで話がおさまった。話というより性欲がおさまったのでクレームもおさまったのだろう。おさまったということの多様性を感じさせてくれる良い例だと思うので書くことにした。どうだ?いいだろう?

 

「こんなのはどうだい?彼らは自分たちが追っているものを、他の誰が追っているのか。嫉妬に駆られ、時間を共有できない。他の人がいるかどうかもわからない。相手がいるのかどうかもわからないし、誰がいるのかもわからない。だから、お互いに侵入し合う。偽情報を流されるのを恐れて、自分たちの偽情報を少し出す。偽情報を流されるのを恐れて、自分たちも偽情報を流す。唯一分かっているのは、誰かが自分たちの求めるものを手に入れたと言ったのに、自分たちが手に入れていない場合だ。もし、向こうが手に入れたと言いながら、それを隠してしまったら、手に入れてないことを証明する方法はない」

 

「暗号合戦的な?ポストモダン的な?そういう意味が分からないのはいっぱいあるよ。怒らないで聞いてほしいんだけど、「俺ならこんな小説を書くな」程度の思い付きで書ける小説なんて、有名作家、無名作家含めて世界の誰かが似たようなのを書いてるさ。どう足掻こうとその事実は変わらない。書いたところでそれが変わるわけじゃない。僕らは複製しか作れない。オリジナルだと思っていてもそれは無知による勘違いだ。真実ってのはいつも残酷だろう?恋愛経験がないやつが恋愛に幻想を抱いて、色々と経験してそれに幻滅する。もう恋愛なんてこりごりだと思う。現実もそんなものだろう。夢は真実によって砕かれる運命にあるのさ。いつのどこでもね。でも夢を見る権利は誰にでもある」

 

ビールを一口飲んで頭を大げさに振った。アルコールを飲んで頭を振ると気持ち悪くなる。ニンジンと豆の大興奮。こんな小さなバー、ただの通りの真ん中の惣菜屋、物語を掴め!僕を選べ!あなたは僕を連れて行かなければならない。

 

「今後のピアノの演奏と言えばこうなるんだよ」

 

と言って象はバーのピアノに腰をかけた後、ピアノの上で逆立ちをして見せた。

 

守安祥太郎が晩年に同じようなことを言っていたような気がする。象はそれを知っているのだろうか?I want to be happy。俺も幸せになりたい。誰もがそう望んでいるから「俺も」ということはないだろう。でも問題は幸せである人間には幸せであるという自覚がないことだ。

 

「幸せだね。それって」

 

とかって他人に言われないと分からなかったり、そう言われても実感が湧かないのが幸せということだ。なんちゃって。なんちゃっても何回も使ったら使えなくなる。一発ギャグを連発したら一発ギャグじゃなくなる。FF7のリメイクのジェシーの「なーんてね」の回数は絶妙だ。

 

「なんだかくだらないよな。バカげてるよな」

 

「まあ聞けよ。それから俺たちは二人隣り合って海に浮かんだまま世話話をするのさ。現代ギャルのセルフイメージは大きく変化した。受動的な彼女、仰向けになるエロ過ぎる体、新しいコンセプトで新しいコンセプトは、彼女をサドルに乗せ、ここにブーツを履かせること、だとか、そう言った話をね。そして二人でビールを飲むんだ」

 

「ブーツとビールか。好きなものが二つだ。現代ギャルは端的に最高だ。現代ギャル嫌いの男なんていないだろう。「俺、ピーマン苦手なんだよね」みたいな、好き嫌いがあるものじゃないよな。概念カテゴリ的に。ツナとかハムみたいな好きな人もいれば、特に好きでもない人もいるけど、食べれないほど苦手だっていう人を探すのが大変なくらいのものだよな。でもちょっと待ってくれ。現代ギャルとブーツは気に入った。でも一体どこにビールがあるんだ?海に浮かんだままなんだろう?俺はリアリティを重視するから、リアリティがないものに没入できないんだよね。それ以前に、俺の好みとは別に、写実的な意味からも、海の上のどこにビールがあるんだ?ってことになるだろう?」

 

象は少し考えた。そして僕は終わりのない通路を、バーのバリケード間に動き、安定した流れに身を任せる。店内を見ても決して戻らず平然とすらしている。そしてまた持ち芸だとも言わんばかりにバーのピアノのところに戻って弾けないくせに弾くフリをした後、逆立ちをした。ピアノの強度が凄いと思った。弾けない癖に楽器を弾いているフリを宣材写真に使ったりするやつは間違いなくアホだ。全員地獄に落ちるはずだ。だから象の逆立ちはまだ音楽に対して誠実だろう。

 

「うん」

 

象はそこで一息ついてビールを飲んだ。でもそれはビールというよりも麦酒という感じで、読み方はムギシュと読むのだが、麦の酒なのかと思うとビールの清涼飲料水的なイメージが覆るから驚きですね。ビールばかり飲んでいて何も腹に入れてないから気持ち悪くなってきた。ビールでダラダラすると眠気覚ましにエナジードリンクを飲む。結局、一日何も食べずにアルコールとカフェインのループになる。いつか死ぬと思う。

 

実際に食道やら胃が荒れているのだろうなというのがすぐに分かる。というのも口の中が彫刻刀で乱雑に切り付けられたように、もしくは小さくなった居合の達人が口の中に入って剣術の稽古をしているように、でも達人だから壁に擦ったりしないはずだろう。

 

ということは彫刻刀を持った野蛮人が口の中にいて、彫刻刀を振り回してできたランダムな傷ということにしておこう。新選組はヤンキー集団だった。今で言うところの。剣術は綺麗なものではなくて殺人術なのだから、日本刀を使った喧嘩術のようなものが、仰々しい武術としての剣術より実戦で強いのは明白だ。実際に新選組は道場ルールでの他流試合では弱かったのだが実戦ではもっぱら強かった。ようは喧嘩が強かったということだ。

 

「それでまた二人でビールを飲むんだ?彼女は現代ギャルなの?例の」

 

「違う。それは現代ギャルのセルフイメージの話なんであって、彼女の話じゃない」

 

「ブーツを履いているのか?」

 

「お望みなら」

 

「それだったらブーツとビールで納得がいくな」

 

「でも悲しくないか?」

 

「さあね」

 

と言った。

 

ってことで続きますんでんじゃまた。