いよいよ貼る続き。

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これの続きですね。マジで一か月前ぢゃん。なんかもう母のことが心配で何も手につかない感じですよ。頭打ってるから血腫ができるかもしれないってことで一か月ぐらいは様子を見ないといけないらしいんだよね。まぁそれが心配だ・・・なんて言い出したらキリないんだけどさ、やっぱ脳って一番心配だよね。なんか思ったのが彼女とかなんだとかもうそういうのどうでもいいなっていう家族が平和に過ごせるというのが一番なんだってことを強く思ったんですよね。

 

もちろん好きなことをやり続けたり実存の闇を誤魔化すような意味での消費ではない、本当に欲しい!と思うものを買うとかそういうのはやるんですよ。あとまぁほどほどにしないと太るからあれだけどまぁ旨いものを食いに行ったりとかね。こういうことがあると平和ということに本当に感謝しなきゃいけないなっていうかさ、平和がデフォになってるからそれが当たり前になっちゃうんだけど大怪我とまではいかないまでも母のああいう姿を見て五体満足でいられることのありがたみとかね、家族が近くに居るということとかまぁそれ言い出すと家族の仲が悪いっていう家庭もあるわけで完璧じゃないにしても本当にファミリーが一番だなっていうのを思ったんですよね。

 

ってことで続きを貼るんだけど書いたのが京アニ前だったりするんで書いたものの古さっていうとアレだけどまぁ普遍問題とかいうと大げさだけどまぁそういうことを書いてるやつの続きなんでね。まぁそれを貼っていくって感じでまぁ長くなり過ぎないように「まぁ読もうかな」って思えるぐらいの長さにしておくですよ。

 

まぁそれでも長いだろうけど(笑)一時期にしたらだいぶ短くはしてるからね。それで読みやすいかどうかは別なんだけど。あとやるといっていたMMT理論なんだけど現実味が無さ過ぎるというかこれって理論なの?って感じがしてて自明なことを言っているだけでシステマティックにこれをこうすればこうなるんだぜ!というような理論と言えるようなダイナミズムが無いから急激に興味を失っているのとあとまぁ既存の経済学がダメだから救世主になるんじゃない?みたいな期待があるんだよね。だから注目されてるんだけど一過性のもので終わりそうだなっていう印象しかないね。

 

あ、あとあれなんだ、激断捨離で整理してて18ぐらいの時に作ってたやつとかが出てきたんでアップしたっつーかまぁノイズなんだけどあとまぁ元相方とやっていたTrio in Quartetを俺の部屋でエアー撮りしたやつをデリカシーゼロのマスタリングにしてアップしたりなんかしてまぁ興味無いだろうけど貼っておくんでよろしく。あと最初の一曲は新曲なんだけど貼ったか忘れたんで一応貼っとくわ。爆音あるから要注意で。

 

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ってことで続きです。

 

んでまぁ中世なんつーのはキリスト教ドミナントな時代で暗黒期なんつーのもぶっちゃけキリスト教が権力持ってたからまぁペストだの戦争だのって色々なことがあっても結局元凶ってキリスト教なんじゃね?っていうまぁ俺の元来の宗教嫌いってキリスト教というよりかはキリスト教をバックにしたまぁキリストという代紋を使って脅しをかけて堅気の人たちを食い物にするかお前も一家に入ってお布施しろ!的な宗教ヤクザっていうかある意味反社会組織とか犯罪組織の元祖なんじゃね?っていうぐらい酷い代物だったと思うんだよね。

 

まぁそんな中でカトリックドミナント下の中でも例えばアッシジのフランチェスコみたいな聖人は出てくるんだけどまぁフランチェスコしか浮かばなかったけど(笑)フランチェスコははっきりいってキリストと同じでアウトローっていうかはみ出し者だったからね。ようはまぁ常軌を逸した破天荒な人間だったわけででもまぁめっちゃ神の寵愛を受けてたんでしょうな。

 

ただまぁその内発性から来る献身とかってのも神に愛されるためという最終的に利己的になるようなものではなくてようはブッダとプロセスが似てますよね。ブッダほどではないにせよボンボンで生まれつきなんでもあって衣食住困ってないブルジョワだったんだけど詳細を省くけどまぁいきなりすっぽんぽんになって「これでいいのだ!」っつってまぁそれがフランチェスコの啓示だったと思うんだけど権威であるカトリックからは当然良くは見られてなかったんだよね。

 

地元の教会の神父とか司祭からも「なんて野郎だ!」とかって言われててんでもまぁインディーズのキリスト教っていうかそういう権威とかではない思想のソースっていうまぁようは源泉ですよね。模倣するべき規範としてのキリストという確固たる思想を持って生きたっていうまぁそこで廃教会になってたのを建て直したりとかまぁその行動と生き様のミメーシスが強烈だったんで賛同者がいっぱいできて最終的にカトリックのトップに認められたのかなんだったのかとりあえずカトリックから認められたことで迫害は避けられたっていうただまぁ歴史的に見れば歴代のカトリックのトップとかなんかよりよっぽど後世に影響を及ぼすような聖人なわけだよねっていうか恐らくカトリック的にも聖人に列聖されてると思うんだけどつくづくまぁインディーズなんですよね。

 

在野から教会の教えとかではないキリストそのものからのダイレクトな影響を受けてまぁまさにキリストにならいてっていうことなんだけどようはこれってのも父なる神だけじゃさっぱり分からないんだけどキリストが受肉したことで神の一部である人間の部分であるキリストが何をやったか?とかどう生きていたのか?っていうところからの規範が学べるっていうところだよね。

 

そこでのミメーシスの潜在性ってのが全ての人への救いの根拠になっているっていう、ただまぁ生まれついての悪人とかまぁ普通生きてたら色々裏切られたり騙されたりして性悪説にならないとやってられねーよなっていうところはあるにしてもあとまぁ仏教でいうところの万物に仏性は宿っているっつってもそれって性善説的過ぎやしませんかね?旦那?ってことなんだけどまぁそれはキリスト教然りだよね。

 

そこはまぁ俺の学びたいサブジェクトの一つでもあるんだよね。まぁようは悪の問題ですよ。受肉説とか礼拝がどうのとかキリスト教の個々のコンポーネントってそれだけで一つのサブジャンルっていうか数学で言うところの代数幾何っていうジャンルがあってそこのサブジャンルのなんたらっつーフィールドっていうまぁただ実質世界で研究してる人っつっても三桁ぐらいしかいない的な、ただまぁそういうサブジャンルっていっぱいあるんだよね。まぁそれ言い出すともう本とかだと何千冊とかだよね。別に古典の原本読まなくていいわけだから現代的にまとめられたものにしても何千冊っつーレベルでキリがない話なんだけどまぁそれは一通りやるにしても悪の問題はやっぱりとりわけ興味があるところだよね。

 

キリスト教倫理学なんつージャンルもあってただまぁ悪の問題って普遍的じゃないですか?無神論でも悪を考えるときになんで人は悪の行為をしてしまうのか?とかオクトパストラベラーのサイラスの言葉ではないが知識自体に善悪は無いにしてもなんでそれを悪用する人が出てきてしまうのか?とかね、あ、んで今思い出したけど俺宗教的理由から一気に原発反対になったんすよ。

 

っつーのもそのほうが左翼の人からも好かれるからとかっていう理由じゃなくて(笑)元は前に書いたようにまさにサイラスじゃないけど原子力自体に善悪も無いですよね。でも原発反対という行き過ぎたイデオロギーがあるおかげで例えばどう安全運用をしていくのか?とかそれを原子力の発電装置として使うというわけではない純粋な原子力の研究すらもやりづらくなるっていう弊害とか最悪でしょう?

 

それってもう原発どころか原子力は悪だ!っていう左翼特有の行き過ぎたイデオロギーがあるんだけどまぁそれって左翼の資本家は悪だ!とか権力は悪だ!とかってのと同じ感じだよね。凄まじい一枚岩の単純な考えでっつってもまぁ俺が元極左だからそういうのは人一倍分かっているつもりだけど(笑)まぁんで話を戻すと原則的に原子力そのものに善悪はないだろうという考えは変わってないですよ。

 

ただ原子力的なものに反対っていうのはようはね、なかなかのコペ転だったんだけど人間が徒党をそこまで組むこともなくそれを使えば世界を亡ぼせるというような力を持ってはいけないっていうことなんだよね。それは究極的に神に対する冒涜ということになるわけよ。それって神学は別としてめっちゃ説得力あるよね。人間がそこまでの力を持つのはマズいってことでそれは別に神学とか宗教関係なくそうだよね。

 

宗教とか関係ないレベルだとまぁ単純に怖いですよね。どっかで勝手に核戦争やられたら人生終わるわけだからね。そんなのやめてくださいっていうことでただまぁ核を持ってたり持ってないと言っていても外交的なカードとして隠し持っているヤクザな政府とかもあるわけだから核を持たない!という原則とか無くしていこう!という運動には大賛成だがならずもの国家が跋扈している以上、完全に手放すということはなかなかやりづらいということになるよね。

 

だからまぁみんな核を持てばいいんだっていう話にも一理あるんだけどただまぁアメリカの政治学者だか外交とかが専門の学者が核抑止力論みたいなのは実はナンセンスだっていうのを90年代初頭とかの冷戦後か忘れたけどまぁ発表してちゃんと読んでないけどなるほどなって思ったことはあったんだけどまぁとにかくそういう意味で人間が世界を滅ぼすことができる力を持ってはいけないっていうのはまぁ俺の場合は自分が死ぬとか好きなことやれなくなる!とかってことじゃなくてってまぁそれもあるけど宗教的理由で反対!っていう感じになりましたねってのはあるんですよねっつーところなんですよね。

 

ってことで続きますんで。

 

んじゃまた。