「死ぬのか?殺すのか?」
俺は答えない。答えられない。ただ進む。剣と共に。使わないけどね。剣って言ったほうがかっこいいから。夜明けが近づく。霧が現れる。剣が冷たく感じる。それが現実だ。他に現実はない。影。光が微かに漏れる。空が明るくなる。無風。静けさが満ちる。俺は一歩一歩、歩みを進めた。その背筋はまっすぐに伸び、俺は彼の手の中で静かに冷気を纏っている。
「貴様!」
やつの声が響いた。その声にはわずかな揺らぎがあった。俺は立ち止まらず、歩みを進める。俺の視界には剣の先端しか存在していない。
「何の用だ?」
やつの声が鋭くなる。俺は剣を抜いた。しかしすぐ収めた。殺人のコスト。一瞬、空気が凍りついたように静寂が訪れる。俺の動きは、それまでのどんな瞬間よりも速く、しなやかだった。
俺は宙を舞った。剣の刃が空間を切り裂き、目に見えない波紋を生み出す。しかし剣は使わなかった。輩たちが次々と武器を手に駆け寄った。だが、俺の目には何も映らない。目標はただ一つ、やつの喉元に刃を突き立てること。剣の音が交錯する。剣を使っていないのに。やつの護衛たちが次々と剣を振り下ろすが、俺の動きは彼らの予測を超えていた。回転、跳躍、そして刃の閃き。護衛の一人が倒れ、次いでまた一人が膝をつく。
俺の剣は舞踊のように彼らの間を縫い、血飛沫が空中に散った。剣を使っているように見せて使っていたのは実は袖に仕込んでいた匕首だった。これが恐ろしい強度を持っているもので刃こぼれもしなければほとんど手入れの必要もない。あまりに高すぎたためローンで買った。あまりに切れすぎたため匕首と友達になるべく使い方を徹底的に研究した。
「止めろ!」
やつの声が響く。しかし俺は止まらない。その足は絶えず前へ進む。彼の心は既に一つの点に収束していた。それは剣が貫くべき場所。やつの胸元オア首元などという急所という名の二人は対峙しながら俺の息遣いは荒く、その額には汗が滲んでいる。アドレナリンが出過ぎていて体中が震えている。一方のやつはその場に立ち尽くし、全身が微かに震えていた。
「お前は狂っている!」
やつの叫びを遮るように、俺は匕首を突き出した。刃は真っ直ぐにやつを目指し、その鋭さは何者も阻むことができないかのようだった。
しかし、その瞬間、やつは最後の力を振り絞り、警察を呼んだ。金属が激しくぶつかる音が深夜の海岸に響き渡る。火花が散り、二人の剣は互いに絡み合った。俺は脱力をしてクネクネした動きでやつの防御を崩そうとするが、やつもまた決死の覚悟で携帯を握り締める。
「死ね!」
俺は最後の力を振り絞り、剣を振り下ろす。剣ではなくて匕首だけど。昔、エラフィッツジェラルドのレコードに匕首のマッキーという曲があって当時中学生だった俺はそれが読めなくて「ひ首のマッキー」と読んでいた。マッキーと言えば当然、殴り込みの前にシャブを投入していたので震えが凄かったのかもしれない。
やつの携帯が弾かれ、刃がやつの胸を捉えた。だが、その瞬間、荊轲の足元が崩れた。芹沢鴨と同じパターンでスリップした。護衛たちが俺の脚を掴み、倒れ込ませたのだ。俺はそこでタイムスリップしながら敬礼をした。
霧が窓を曇らせる薄い朝、北京の狭いアパートで私は一人、記憶の底を探っていた。荷造り用のスーツケースは開いたまま、書類と辞書が床を埋め尽くし、湿った空気が部屋を重くする。耳にはまだ昨日のカフェでの会話の残響があった。
「あなたの思い出についてどう思う?」
「いいえ、笑っていない。ただ、この瞬間を生きているだけ。」
それは、サンリトゥンのカフェで交わした会話だった。彼の声は静かで、どこか遠かった。私は、言葉を探しながら、窓の外の霞んだ胡同を見ていた。北京という都市は、終わりなき層を重ねた物語のようで、その中心に私は迷い込んでいた。来月には東京に行く。
「私たちは本当に単独でいるの?」
「はい、私たちは単独でいる。でも、一緒にいる。」
一緒にいるのに、遠い。北京の広さが二人の距離に重なっていた。言葉は、まるで自分とは無関係に発せられ、室内の湿気に溶けていく。
「ここにいるのは危険だと感じる。」
「言葉はもう既に自分で発せられているように感じる。」
留学生活は、未知の構造を持つ物語のようだった。言葉を学ぶことは自分を解体することでもあった。フランス語の講義、日本語の記憶、中国語の雑踏。そのどれもが自分を曖昧にした。
「この部屋はどんな感じ?」
「広くて長い部屋だけど、なんとなく記述できない」
私は書くことを求められていた。しかし、北京の夜は長く、筆は乾いていくばかりだった。アパートの壁は無数の囁きを含んでいた。誰かがそこにいた気がした。
「窓の外の人物はどうした?」
「あの人は本当にいたのかもしれない。」
深夜、胡同の闇に誰かの影があった。だが、名はなかった。この都市は名前を拒む。名前を持つことは、失うことに等しかった。