行方不明の象を探して。その152。

その後は?残念ながらこれは物語ではない。彼が住んでいたそこでは余裕だった。記号もなく自己もなく、まるで文字の境界線にいるようだった。この言葉の近くに、かろうじて言葉として、彼を目覚めさせた呼びかけを受けた。彼が望んだのは人工的な光に照らされてはじめてその特色をいかんなく発揮するような色彩であった。昼間の光のもとで、どんなに味気ない没趣味な色に見えようとも、それは彼の意に反するところではなかった。

 

冴子からメッセージが入っている。今日は行けない。今日は忙しい。あとで電話する。彼は電話がかかってくるのを待つが、9時に彼女のマンションまで行き車があるのを見る。だが彼女は家にはいない。なぜなら彼の生活はほとんど夜に限られていたからである。人は自分の家に孤独でいればいるほど快適であり、精神は夜の暗黒と隣り合わせに接しているときに、はじめて真の興奮と活気を得るものである、と彼は考えていた。

 

家々が暗黒につつまれて眠りに沈むとき、自分一人。煌々たる灯に照らされた部屋に目覚めて起きているということは彼にとって固有な快楽ともいうべきものであった。彼は彼女の部屋のドアをノックし、それからガレージのドアを全部ノックする。どれが彼女のガレージか分からなかったのだ。

 

この一種の快楽にはおそらくあの夜遅くまで仕事する職人が窓のカーテンを引き絞っておのれの周囲の万物が灯を消し、死せるがごとく静寂のうちにあるさまを眺める時に経験するような、一種のささやかな虚栄心、一種の特別な満足の情がひそんでいた。彼は慎重にひとつひとつ様々な音を選び抜いた。

 

だが返事はない。彼はメモを欠き読み返し別のメモを書きそれを彼女の部屋のドアに差しこむ。彼は家に帰るが落ち着かない。やることがたくさんあるのにゲームをやることしかできない。10時45分にふたたび電話をかけると彼女が出る。前の恋人と映画に行っていた、今も彼と一緒にいる、あとで電話する、そう彼女は言う。

 

青はライトの光で見ると不自然な緑色をおびる。紫のような濃い色の場合には黒になる。明るい色の場合には灰色に近づく。トルコ玉のように暖かく柔らかな場合にはその色は艶を失い冷たくなる。したがって他の色に補助薬のように配合するのでない限り、この色から一部屋の基調を作り出すことは問題となり得なかった。

 

一方、灰色はライトの光で見ると渋面を作り鈍重になる。真珠色はその青味を失い、きたない白に変色する。褐色は眠りこけ冷たくなる。彼は待つ。やがて座ってノートに書き始める。彼女が電話をかけてきたら彼女がこっちに来るか、彼女が来ずに彼が怒るかのどちらかだ、と書く。

 

となると彼か怒りかのどちらかを手に入れることになるが、それはそれで悪くない、怒りはいつでも大きな慰めになると分かったから。さらに三人称を使って過去形で書く。作家はふりをするものだ。そのふりは完璧すぎて本当に感じている苦痛のふりまでしてしまう。

 

「いつまで作家ごっこを続けるつもり?」

 

誰に言われたんだろう。声の響きだけを覚えている。ふりをすることは自分を知ることだ。誠実さは芸術家が克服するべき大きな障害の一つである。作家であることは野心ではない。それは一人でいようとするありかたに過ぎない。我々は12時まで言い争う。彼女の言うことはことごとく矛盾している。

 

例えば会いたくなかったのは仕事をしなければならなかったからだし、何よりも一人でいたかったからだと彼女は言うが、実際には仕事をはしていなかったし一人でもなかった。一台の車がライトをつけずに道を通り過ぎて行った。そこに佇み窓の方へ金色に光り輝く窓の方へと視線を上げながらその後ろにやがてくっきりとした人影が見え窓が開き逆行を背に一つの体が表れて鎧戸を押そうと窓台に身を乗り出すのを待ち構えている。

 

それからさっき書きかけていた文章を最後まで書くが、すでに怒りが大きな慰めであるとは思えなくなっている。すべての情熱には倦怠の瞬間がある。あの恐ろしい瞬間が。その瞬間に達すると人は突然理解する。今まさに味わっている熱情を増すことはおろか、それを永続させることなど不可能であり、情熱は死んでいくのだということを。

 

象は人が作品を作ろうとする場合にのみ現れるの。自身が作家ではなく、ミュージシャンや画家だとしてもそれは同じことです。象がとても近いところにあると思う時、心を奪われてしまう。語ることも聞くこともできない存在が、どうして自ら姿を現すことができるのか?作品によってのみか?

 

象が話すことができれば書く必要性は無くなります。象が書く機会を与えてくださったことに感謝します。これには言語が必要なのです。書くことをやめれば象はその能力を失うことになります。

 

実際、少し前まで象と親密になることにある種の危険性や発狂するかもしれないという観念を持っていたので、書くのをやめようと思っていました。危険性はますます明らかになっていきます。しかし気づいたことがあります。それは象に作品が必要だと思った瞬間から危険が去ったことを喜び安堵しました。夜も比較的寝れるようになりました。

 

しかしそれによって何がもたらされるのか、彼は知らなかった。知らないうちに限界を越えてしまうかもしれない。彼を目覚めの縁に導いた思考。

 

「どうして彼らに話しかけられると分かったのでしょう?」

 

「そのために名前があるのです」

 

「どうして分かるの?名前なんてないじゃない?」

 

それはまるで永遠の戯言のようである無邪気な遊びでもあった。

 

「通りで会ったんですか?」

 

「そうかもしれませんね」

 

「あなたは本当の世界から離れようとしている」

 

「本当の世界?そんなものあるの?」

 

「あるわよ。普通の人たちが暮らす世界、普通の人たちが向き合っているあれこれ、失業とか劣悪な住環境とか退屈とか。じきにあなたは大事なことを何も理解できなくなりそうね」

 

「そうだね。もう手遅れっぽいね」

 

「もし一人だったらどうする?」

 

「そうだな、その質問はされないだろう

 

「聞く人がいないってこと?"答える人もいない」

 

「そのための時間がない」

 

その時、彼は忘れていたのだろうか、来るべき出会いを。しかし、その出会いは、永遠の過去に、すでに起こっていたのだ。彼はなんとか整理しようとする。つまり二人は映画に行き一緒に彼女の家に帰って来て、そこに彼が電話をかけ、その後、彼女が出ていき、彼女が彼に電話をかけ言い争いをし、それから彼が二度電話をかけるが彼女はビールを買いに出かけていて、それから彼が車で彼女のところに行くと、その間に彼女はビールを買って戻って来ていて、そこに彼も戻って来て、彼がまだ家の中にいたので彼と彼女はガレージのドアの前で話をしたことになる。

 

決まった日に番をするように他盛られていた例の隣人の男しかいなかったみたいで、彼は自分の奇癖について何も説明しなかったけれど、たんまり給料をもらっていた男のほうは嫌がる素振りを見せずにパイプをふかしながら見張りをしては妻と交代するのだが、彼女のほうはというと犬の世話をしたりスマホをいじっていたりして、顔を上げるのも忘れて気づいていないようで。

 

彼女を最後に見たときそのときはそれが最後になるとは思っていなかったが、友人とテラスに座っていた。彼女は汗をかき顔と胸を上気させて濡れた髪で門から入ってくると、形ばかり我々の前で足を止めて声をかけた。彼女は赤いペンキを塗ったコンクリートの上にしゃがむか、木のベンチの縁に腰かけるかした。

 

「それは少し控えめな表現だと思う」

 

ゲイのフリをしているボーイフレンドが言った。

 

「犯行後すぐに殺人罪を犯し殺人罪から外れたこの状況は立法違反だ。今日は罪状を変更する必要があると君に言いに来たんだ。彼らは2人を殺しただけでなく1人の国民を殺したんだ」

 

「ああ、そうだな。可能性はある。これが本当の詳細だ。 第7条を読む気はないなんだな?依頼人はウジー・デイジーのことを主張してるのか?つまり、文字通り、前に来たことがあるんだ」

 

「おめでとう!あなたの罪はまた軽い暴行よ」

 

「あんがとさん。頭がイカれてるんだ。裁判に6時間、その後の即興電撃裁判に2時間」

 

「6週間の社会奉仕。6週間だ。いいな。非協力的と判断された場合、2週間の自宅謹慎。2週間だ。分かったな?」

 

「そう。続けて。あなたは見た目からして交通違反って感じかしら?そうだ。読んだんだな?それが犯罪の仕組みだ。あなたは交通違反切符を切られた。え?何を言ってるんだ?もっとひどいことをされたのかと思っただって?いや、俺は犯罪者として良い仕事をしているから」

 

「この際、自分自身に何か言うことはありますか?」

 

「ああ、ない。大丈夫だ」

 

「そうですか。では検察側、質問は1つだけだ。どうやって時速325マイルで走ったのか?」

 

「軽犯罪だとは思わないんだが、そこでペンキの缶を渡したんだ。俺が倒れるなら君も一緒に倒れてくれ」

 

「君のために?動機を隠しているわけじゃない。お前も沈むんだ。あたしはいつでもあなたと手を投げ合うわ。その後にね、ペンキの缶を投げつけてやる。もう一度。俺のデッサンを台無しにしやがって。次はスケートボードを投げつけてやる!それにも絵を描くよ。友情のいざこざをすべてぶちまけてやる」

 

「あの小さな緑の猫はどこに行くんだ。とりあえず手をそこにおいてくれ。明らかにな、それは塗料を吸った副作用だ。つまりはこれは緑色ってことだ」

 

暑い日だった。彼女は家のガレージから荷物を運び出してトラックの荷台に積みこんでいた。緑色の猫はどうなった?彼女は塗料も積み込んでいた。他の家のガレージに移すつもりだったのだろう。彼女の顔がひどく赤かったことは覚えているが、履いていたブーツも、しゃがむか腰かけるかしたときの白く細い腿も、自分に何も求めてこないと分かっている二人の男たちに向けて彼女が浮かべていたはずの寛大で人なつこい表情も、想像で補うしかない。彼女の顔は赤かったのだが、結局は塗料で緑色になった。

 

質問攻めは治らない。この件に関して言えば、単なる彼女の性格の問題であるのかもしれない。以前、幻覚時に現実感の消失を感じたことに対していまだに不安があるらしく、その質問に終始した。

 

当時の症状はおそらく過度の自分への過小評価から別な自分への憧れが具体化し、その新しい自分と以前の自分自身がすっかり違ってしまったため、離人症状のような状態を自ら作り出していたのではなかろうか。 しかし今となってはもうそれが起こる可能性は極めて低いと予想される。同じものの永劫回帰。彼女が認識した父は、ただの体なのだろうか。もしかしたら、彼女はその体を認識できないかもしれないし、その体を認識していないかもしれない。彼女のイメージの中には、自分よりも大きなものがあるのだろうか。