行方不明の象を探して。その149。

これはさすがに後悔した。完全に冴子に嫉妬していた。彼女はある程度の芸術性を保ちながら商業的に成功している作家だ。それに比べれば自分は無名の歳だけ取った文学青年だ。ナイーヴ過ぎるのは分かってる。いや、歳は取ってない。まだ書き始めてから一年も経ってない。

 

彼女は学生時代から書いているわけだから20年近く書いていることになる。デビューはいつ頃だったんだろうか。とにかく自分はあんなことは言うつもりはなかった。嫉妬からとしか言いようがない。彼女には自分にないものがある。憧れはない。ああいう器用さがあったら自分のようにここまで突き詰められないだろう。自分は彼女の器用な立ち回りを羨ましく思う反面、軽蔑もしていたのだ。

 

彼女は闇に消え失せ自分自身に突き当たって今にも息絶えようとしている振り子の音と共に夜が残った、が、光り輝き己の姿に回帰し、消えゆかんとする振り子へ夜はなおもそれを選ぶ、ならはそれのさきを取れないような全体の音響が不断に過去へと堕ちた打音が聞こえていたのは、圧倒的なあの夜の胸からである。

 

夜、というか朝に寝すぎてしまって夜寝れなくなるのは当たり前で、でもそのまま朝も眠くなくなってしまい、とにかく眠くならないのに眠くなるのを期待してベッドの中でおちんちんを弄んだり0.5秒のスピードで寝がえりをうったりしてみた。

 

「ええ、全部数字です」

 

「それが君の名前か?そんなのクソガキの名前だ!」

 

俺は誰だ?俺は目の前にいた。目が覚めて言ったんだ。

 

「バカ野郎。俺と一緒に来い」

 

そうなると娘のことを考えざるを得なくなった。それはわかってる。男は走り出した。僕は、どうしようって感じだった。

 

「今までで一番セクシーだ」

 

「本当に見たい?」

 

どこにいるんだ?追い越されるか、行動に移されるか、とにかくこんなものは何かの悪い冗談だ。何なんだ?くそっ、お前らもか。もういい、仕事の話をしよう。

 

「で、メタル・キャリアの話なんだが、やつはとても医者には見えんのだ。 奴らはシャワーを浴びせられてる。ヤツが俺とヤるなんてありえないぜ」

 

彼は俺のライトを見て、僕が何を楽しんでいるのか追跡できなかった。僕はあなたの事故で眠ってしまったようなものだった。

 

「なぜここにいるの?どうしてここにいるの?」

 

「ああ、それはいい状態だ。ああ、冗談だよ。事故だってわかってたんだ。みんな、俺たちを地図からはみ出させたいようにしながら、もっと横になって考えて、ちょっとリラックスしてみてくれ」

 

「なるほど。むしろ武道的な心得で目が覚めたみたい。まだ1ヶ月しか経ってないし・・・。正確にやったかわからないけど、基本的にトラウマなんだ。パニック発作が起きると目が覚めるんだ。どうしたらいいか分からない」

 

申し訳ない。段差に足を寄せてみるが、もう二度と挑戦することはないだろう。ここに出ても、まったく何もない。しばらくそのままでいた。どこで何をしていたのだろう。冴子と別れたところまでは思い出した。ちゃんと謝罪をしたと思う。その時、冴子はいたのだろうか。その後が思い出せない。そんなには酔っぱらっていなかったつもりだった。相当酔っていたのだろう。

 

スマホを見るともう午前三時を回っている。何をしていたのだろう。バーに入ったのは何時ごろだったんだろう。ズボンのポケットを探ってみた。左の尻ポケットにまたボールペンがある。上着の内ポケットにさしておいたものだ。いつの間に誰が。いや、誰かについてはわかっている。しかし。痛い!心臓が一瞬締め付けられるように痛んだ。こんな風に気絶して死んだりするのだろう。意識が戻ってよかった。生きていることに感謝しなければ。

 

ここって何時までですか、夜9時閉店でございます。今すぐ欲しいんじゃないの。あの子まだいるかな。それよりも洗濯機の中にあった白いパンツ。まだ温かみが残るそれには、あの子が出したばかりの精液がいっぱいついていた。俺のとは全然違う、ぬるっとした液体。アキラちゃんのお汁の匂いを嗅いでいるうちに、ペニスが痺れてきて立っていられなくなる。脱衣所の床に足を開いて座り、右手であの子のパンツを握り締めてたっぷりと匂いを吸い込んだ。匂いだけでペニスがギンギンになって、俺のトランクスの全面が湿ってくる。ああ、やっぱり……この匂いで。

 

「どうした、動揺しているのか?」

 

「大丈夫、言ったでしょ、心配することないって、疲れてるんだから。どっちにしろ心配だから・・・」

 

「どうしたんだ?」

 

「ああ、よかった!」

 

「心配ないって言っただろ」

 

「僕は基本的に、まあ、象や小鳥のさえずりなどから聞いたんだけど、経営陣の誰かが僕のパフォーマンスに満足していないみたいで、少なくとも彼はそう思っているみたいなんだけど、経営陣と話し合って、いくつかのことを解決すべきだと言われたんだ。バーテンダーとして、バウンスやセールスに全力を注いできたのに、そんなことクソ食らえだ。もし俺がこの職を失ったら、俺はここを出て行く。俺が毎日朝から晩までここでベストを尽くしていることがそんなに問題なら、奴らはまだクソ愚痴ってるんだ」

 

夜景が美しい。人工的だが。まだクレジットカードがおかしくなって新しいもっとビビっと来るタロットを模索してたら買い逃しちまった。妹のアカウントでオーダーしたら買えたんだけど明日届かないみたいで、前みたいに土日も届いたりしないんだね。アマゾン。デッキは火曜日に来る。サックマイデッキ。

 

こんな時間なのにビル群の明かりが厳めしい。全部足したら凄い電気代になりそうだ。この夜景の電気代は誰が払っているのだろうか?たまに見かける人はこのビルから見るとまるで人形のようで、というかミニチュアのようで。

 

こういう夜景はテレビでしか見たことが無い。高層ビルの50階ぐらいから見る夜景なんてね、見る機会ないし、そう思って眼鏡を拭いたらより鮮明になった。夜景が。ということはメガネは相当ダーティーだったんだ。

 

「バーテンダーとしての腕がいいって言われてるんだ。でも、ある人に言われたんだ、経営陣と一緒に解決しなきゃいけないことがあるって。だから、クソ食らえだ。問題は解決したと思うよ。でも、悪いこともあった。良いことをしてるつもりなのに、悪いことをしてるなんて・・・。まあ、そうだな。それは場合による。俺は良いことをしてると思ってた。僕は退屈な野郎でもあるんだ。俺はコンスタントに酒を飲むつもりだ」

 

横の白い窓、その時、ボビーは、あなたがそれを作ったと言った。

 

「ええと・・・いや、彼女はあなたのために去った。彼女が言うには・・・人と話すのは楽しいって。何だと?彼女は唯一 まともな人だった。でも性別を間違えてる。これは致命的だ。だから彼なのか。 分かるか?おいおい。だから言っただろう、性別を間違えてるんだって。こいつが俺たちの性別を間違えたんだ」

 

「彼は・・・彼は・・モラルに従って、やるんだ。俺がやる。 いや、モラル自身がやれ。主体はいらない。ああ、そうだ。そうだ、やるんだ。何を?人と話すのはいいことだ。でもストレスがたまる。一人でい過ぎると過去のこと、特に悪い思い出がフィードバックしてくる。気が狂いそうになる。そうさ、誰だってウンチ漏らしたくなる夜があるさ、何しろな、このことを誰かに話さなきゃ、俺のクソまみれの地獄を、新入りが来て、あいつは誰とでもキスするんだ。何なんだ?」

 

「兄貴が人の頬にキスすることか?今週は違うが ここ2週間は... 2人は... 頬にキスするのは 悪いことじゃないんだ 浮気したいのか?

 

「あなたのせいで我慢の限界よ。でも、彼女は緊張しすぎて、それどころじゃなくて、妊娠したまま辞めてしまったんだ」

 

「それで・・・そうなの?」

 

「ああ、そう、みんなが言い始めたんだ、僕の噂を広めるって、いつも壮絶なんだけど、どうやら僕が彼女に嫌な思いをさせたみたいで、そのことで何人か名乗り出てくれたんだ。ぶっちゃけはっちゃけぶっかけ250人分飲んだらお腹が膨れて超困惑してる。

 

「うわー・・・」

 

完全にひいている。引いている、で合ってるんだろうか?漢字は。ジョブの話からブロージョブの話にトランジションしてたのに自分は気がつかなかった。疲れ果てていたのだ。朝から晩までたちっぱなし。座っているのだけどね。人生ってこんなものか?

 

「うちはアメリカの工場だから、いつも人手が足りないんだ。北米の労働力は非常に高い。だから当然、操業するのに十分な人員がいないんだ。それで、とりあえず僕が機械を操作することになったんだ」

 

「ホモっぽいわねー」と女がテレビを見ながら言った。でもそれっぽい口調があるだけで別にホモとは限らない。俺もよく幼少期に男女とかって言われたんだよ。はちゃめちゃに犯したくなるぐらいの美少年だったからね。初めての射精は小二だったけど出なかったので分からなかった。精子らしいものが出たのは中1ぐらいだったと思う。イルカと話し始めたのもその頃だ。

 

イルカが居るはずのドアはカギがかかってなかった。ドアノブすらなかった。隙間風が吹き込んできた。砂が部屋の中に入り込んでいた。「象」という表示が見える。こういう物象、もしくは物証が出るタイミングが悪い。なぜ冴子といるときにこういうことが起こらないのか。これを見せたって冴子はまた相手にしてくれないだろう。

 

ホテルの前まで来た時ルームキーを失くしたことに気づいた。我々が持っている日曜大工程度の技術でどうにか言葉にしてみたいという衝動にかられた。思わず足を止めた。仲間たちだけでなく他の生き物も浮かんでいた。嫌な予感があった。彼らは風で飛ばされているのではなく風の一部になっているように見えた。13階にある仕事部屋の窓を見上げた。もちろん例の夜景の50階からはエレベーターで来た。エスカレーターはない。駅ビルじゃないんだから。いや、50階もある駅ビルなんてあるか?階段で来たかと思ったか?

 

部屋には明かりがついていた。ここでは現実と虚構に線を引いていたが夢の中ではそんなことをする必要はなかった。出る時はいつも消していく。むしろ書きながら我々は自分たちが見てきた光景と再び会っている。いうあ。夢の光景をもっと広げているのかもしれない。それに今日は部屋を出たのは昼間だった。室内灯をつけているはずはない。

 

倒れた大木たちはまだ息をしている。我々は力をふっと抜くと大木めがけて急降下した。雲母の屋根からは雨水がしたたっている。それは不思議なインクだった。なぜだ。誰があの明かりをつけたのだ。見間違いだろうか。目をこらして確認した。そのインクで書くと書いた文字と触れ合って音楽が流れた。音のインクは少しばかり高かったが売り子がまけてくれるものだからつい買ってしまった。一番左側の窓。確かにそれは自分の部屋だ。ふと明かりが揺れた。部屋に誰かいる?

 

ドアを開けようとする。

 

「おい!早くしたまえ、待っているんだぞ」

 

椅子の脚がゆっくりと、床を擦るともなく擦る音が聞こえ、じきにやつが、自らの庵の入口に現われた。

 

「何のご用で?」

 

とやつは穏やかに言った。

 

「写しだ、写し」

 

と俺はせっかちに言った。

 

「みんなで点検するんだ。さあ」

 

俺は四つ目の写しをやつの方に差し出した。

 

「そうしない方が好ましいのです」

 

と彼は言って、つい立ての奥へと静かに消えた。しばらくのあいだ俺は塩の柱と化し、並んで座った使用人たちの先頭に立っていた。我に返ると、つい立ての方に進んでいって、かくも尋常ならざる行動の説明を求めた。

 

「なぜ拒むのだ?」

 

「そうしない方が好ましいのです」

 

「いまこうしてみんなで点検しようとしているのは、君自身が作った写しなのだよ。こうすれば君の手間も省ける。一回やれば四通全部点検できるのだからね。まったく普通の習慣だ。書写人はみな、自分の写しを点検するのを手伝わねばならぬ。そうだろう? 君、何とか言わんのかね? 答えたまえ!」

 

 「そうしない方が好ましいのです」

 

とやつはフルートのような声音で答えた。すると中から誰かがノブを掴んでいる。ドアを引き合いやがてこちらの力が勝ってドアを開ける。そこに自分がいる。自分たちは一枚のドアをはさんで対峙したまま凍り付く。彼は笑いその笑いの口の端からインクの染みのように流れ出たものが顔全体へ黒く広がる。

 

そして彼は言う。

 

「そうしない方が好ましいのです」

 

遺骸的類似。自身までもが。ここまでの解像度で自身の類似を見たのは始めてだったがそこまでの驚きはなかった。その存在は必然的なのだ。気がつくとまだホテルの前にいた。明かりはそれきり動かなかったがまだ動けずにいる。中に入らねばならない。いずれにせよ神は魂の救済につながれているし同時に他の数々の不完全なものと完全なものとの関係に繋がれている。だから不安は全く必要ないのだ。

 

彼は他の何かを望んでいた。それを望む意志は弱く能力を欠き光を欠いており望みはただ家の中を騒々しく飛び回るものでしかなかった。飢餓を知らない飢餓というものが存在するのであって、そのような飢餓が沈黙を作り出していたのである。それは彼の沈黙にも匹敵する沈黙であり貪欲で砂漠のようであったのだが、ところが彼の沈黙は充溢であり均衡であるように見えた。しかし己が住み着いていたのはやはり砂漠だったのだ。

 

キーを失くしたのでフロントに事情を話して部屋のドアを開けてもらうことにした。フロントはさっき見た彼よりもより抽象的で夢のようなイメージの人間だった。自身でなかった彼を自身のために表現しようとしても無駄なことが分かった。だから書きたくもないのに、書きはじめた。何もしないことの純粋な副産物が彼の世界に導入されたのだ。

 

それは夜に起こったことで、昼には昼なりの行為があった。関係のないことだが。書くことで彼はまさに括弧の間を生きているのだという確信を得る。その確信と書く主体としての自分という確信とか彼をゆっくりと、しかし書くことの主体である自分自身の確信も含めて、その確信が彼をゆっくりと虚無の空間に導いていった。