しかし、僕が定住した場所はまだ砂漠だった。まだ覚えているが、ある瞬間僕はいつも正雄に「それを知っている?」と尋ねていた。僕が無関心の深いところで彼にそのような質問をすることができたのは驚くべきことではなかった。僕は彼を知り、彼が知っていることを感じようとしていたからだ。そして、ある瞬間、正雄が答えた。
「知らないなあ」
そして僕は言った。
「じゃあ、それが何だか教えてよ」
すると彼は笑った。
「いや、これはぼくにとって問題じゃないんだ。だってぼくは何も考えていないから」
今、会話の意味についてはもう考えられなくなっていた。言葉が重要ではなかったからだ。意味があったとしても、それはもう失われていた。振り返ってみると、彼との会話はいつもそう始まって終わっていた。僕はもう彼と話すことができなくなっていた。
コンビニエンスストアでバッグのガタガタ音も聞かずにアパートの廊下を歩くのは至難の業で、ガタガタ音からカサカサ音にとりあえずは移行させる。その後に、と、その前に白状しなければいけないのは、僕は意外と緊張しているということだ。その緊張のせいか指先で部屋の鍵を前のポケットに入れてしまった。その指先で部屋の鍵を見つけようとしてもキーホルダーが見つからない。明らかにどこかに落ちたのだろう。キーホルダーが前のポケットに連動していたので、スペアキーは列に隠されることになった。
コンビニの袋の音が鳴らないようにアパートの廊下を歩くのは意外と神経を使う。一度、正雄と酔っぱらって廊下で騒いだら大家にこっぴどく怒られたことがあるのだ。それ以来、なるべく音をたてないようにしている。僕は自分の部屋の前でポケットに手を入れた。指先で部屋の鍵を探る。あれ?キーホルダーがない。どうやらどこかで落としてしまったようだ。これで今月に入って二回目である。とにかく僕はキーホルダーをよく失くしてしまう。ほんと、我ながら情けない。こんなときのために予備のカギがポストの中に隠してある。
ポストから鍵を取り出して部屋の扉を開けた。今日の夕方のガーニッシュは店で購入したガーニッシュだ。朝に設立したご飯を器に盛ってきて、その米にTom Yum Kung冷凍米を追加する。一人でおしゃべりしながら食べると、ご飯自体があまりにも窮屈になって、白米にとっては軽くて、そのトークによって食べればぴったりです。
この時間は誰だ?愛子は僕がドアの光景を見つめながら立ち上がった。我慢できなかった。愛子は初めて僕の部屋に来た。愛子は申し訳ない表情をしている。正雄?課題は何だって?ところで今日、雅の姿がおかしい。僕は驚いて答えた。有名な愛子は恥ずかしかったですか?まるで愛子を怖がって逃げたかのように。おそらく愛子は何かを混同していたでしょう。とにかくその行動は疑わしい。愛子って有名だったのか?
僕の言葉ではどうにもならなかった。確かにそういう風なことを愛子は少し奇妙に頭を下げたまま言った。その奇妙さが印象的過ぎてしばらく頭から離れなかったぐらい。たぶん彼女は今日の正雄の奇妙な姿に気づかなかったかもしれない。普段細かい部分まで気を使いすぎていて、緊張して声が上がってしまった。僕は彼女の口から何かを感じた。
「いやなの?」
「悪いけど用事があるから」
「えっ、なんでよ、ちょっと待ってよ。祐樹くん、どうしたの?」
「ちょっと頭痛がしてきてさ」
「大丈夫?顔色良くないけど」
「最近悩みがね」
「悩みなら相談に乗ろうか?何でも話してみて、一人で抱え込むのはよくないのよ」
「そして岡本先生の受け売りなんだけどね。あたしもお世話になった心療内科の先生よ」
「随分と励ましてもらったの?やっぱりかっこいい人だったりするわけ?」
「うん、素敵な人よ。 祐樹君も岡本先生と話をしてみるといいわ」
「じゃあ行ってみるよ」
「いらっしゃい。岡本先生」
「まだ先ですか?」
「もう少し遡ったとこだね」
「そこも評判ってどうですか?」
「はあ、後藤先生ね、ここらじゃ評判いいですよ」
「素敵な人だったりします?」
「そうねえ、なかなか素敵な人よね。あれだけ素敵な人なら縁談も多いんじゃないかって思うんだけど、ずっとひとりときどきね」
「先生もそろそろ身を固めたらどうですか?って余計なことだって思うんだけど」
「あら、急がないと受付終わっちゃうよ」
「あのちょっと待ってください。初診の方。保険証をお願いします。では待合室でお待ちください」
「俺ね、困ってるんですよ、俺ね、女で困ってるんですよ、こう見えてもモテる方でね、同じね。数字の 三が出てるんですよ」
「あたしのことを認めてくれていますか?」
「僕はあなたを信じます。ギャラが10倍増えるよ」
「ギャラ!」
「スラングで言うと、お金ということです」
「スラングじゃなくてもお金という意味だと思うのですけど。ところで物凄い動きをしてますね」
「伝えたいことがあるんだけど、思い出せないの」
「いや、もう違う。口臭が気になる」
「太りすぎ!?」
「太りすぎ。太った女性は嫌いです」
「なぜそう思うのですか?」
「そして、痩せ型も」
「でも、なぜ?」
「太っている人はあるところによく行くし、痩せている人はあまり行かないから」
「あるところってどこ?」
「ところというよりかはこういう概念。つまり女。そう女」
「どこにでもついてきて邪魔なんだ?」
「邪魔だっつって怒鳴っても殴ってもダメ」
「寝かせてくれない?」
「寝たいのに」
「うん。 女がね。音楽だから。女がね。本当ダメになった。どこにでもついてくる。でも。 持ってるんでね。うん。ついて来る。怒鳴りつけてもね、女がね」
「じゃあまあなんだ? あんた?」
「効いてるね」
「理解できない」
「もう、太った女性、すごく太った女性。歩く姿を見たことがあるはずでしょ。お尻がゼラチンパックのようにくねくねしてて。ところでなぜ、そんなことを聞くのですか?」
「知ってるかな?」
「だって、彼女たちは糞尿だらけなんだもの……」
「おお!」
「糞尿だらけで何もないところでぼうっとしている」
「ダルいんじゃない?倦怠でトイレにすらいけないとか」
「知っているのですか?」
「その通りですが、それは誰のせいでしょうか?」
「体は疲労しているというのにそれが全く眠くならないのですね。原稿を書き上げた興奮が脳細胞を覚醒させているのです」
「たいへんですねえ。こんな遅くまで」
「いや、逆です。今から帰って原稿を書くところですよ」
「あ、じゃあ、わたしは寝ますね」
愛子から祐樹へ。
「いつでも糞をすることができるのですが、スカトロジストのあたしとしましては夕方まで糞を溜めてから一気に出したいと思っています。浣腸をして。それにしても皮肉なものですよね、人は糞をしないと生きていけない。食べないと生きていけないけど同時に糞をしないと生きていけないなんて情けないですよね。でも人間ってそういう生き物です。おとうさんはでぶです。おかあさんはでぶです。だから、あたしもでぶです。最高の仲間と食卓を囲んでてもウンコをしたくなったらウンコをしなければならない」