行方不明の象を探して。その363。

俺にあるのは退屈への不安だ。いつまで中国生活を楽しめるのか?どうせまたアメリカにいた頃のように非日常が日常と化してつまらなくなるんでしょ?でも中国は広い。飯も美味い。全土を観光しようと思ったら大変なことだ。アメリカにはそれがなかった。例えばニューヨークにいてもボストンに行こうとは思わなかったしそうじゃなかったかもしれないしそうだったかもしれないしこういうことを書く人はプリンストン大学で小説を書いていたこともあったそうで、ねじまきクロニクルはプリンストン大学で書いたんだっけ?だったら俺は北京の大学で小説を書く。でも一向に小説らしいものが書けない。


片づけを業者に頼むという手もある。でもどうディレクションしていいか分からないし何より少しでも多くキャッシュを持っていきたいのでお金は使えないという割にデスクトップパソコンを買ったりした。ごみ片付け代行を検索してみるとゴミ屋敷というレベルでやっているものから割と狭い部屋まで多様なサービスがあってゴミ屋敷に比べたら俺の片付けの量は大したことがないので値段的にも正直大したことがないので毎日こんなに疲弊するぐらいだったら業者に依頼したほうがいいと思う。

 

中国の大学へのアプライは無理ゲーなので当然、エージェントを探して色々とやってもらった。このエージェントの方と出会わなければ北京に行くこともなかった、というぐらい俺の人生を変えてくれた恩人のように思っているのだが、いろいろ書くとシリアスにドラマチックになりすぎるので書かない。心に留めておくものと書きまくるべきものってのがある。そういう分別は俺にもできる。概念の分別とモノの分別は分別というジャンルが同じなだけで全くの別物だ。

 

同じだったら概念の分別ができる俺は片付けも特異なはずである。そうじゃないんだからね。来月には北京にいるわけだからウキウキしているべきなのに部屋の片づけが面倒だったりいつまで経っても終わらなかったりああ、新品のデスクトップパソコンを買うぐらいだったら最初からノートパソコンを買っておけばよかったと思ったり、すでにこのことは散々書いたけど書いたことを忘れているからまた書こうとか思ったり、でも羽田から4時間の距離だ。確かに国境はある。大阪の空港からだったら3時間らしい。ホント、京都に行くようなもんだ。俺は作家だから作家らしく海外にも拠点を置いて環境を変えて書いたりするとそれっぽい。

 

北京旅行記や綿矢りさのバッキバキ北京って北京でバキバキにキマってるってことか?でも中国でドラッグはご法度だから内容は違うんだろう。いや、日本でもご法度だが中国ではご法度度が違いすぎる。ごはっとどと書いた。で、何を書こうとしたんだっけ?北京旅行記、ああ、そうだった。北京に何年もいたりかなり長い時間旅行した内容を小説にしたり旅行記にしたりするような分量をすでに行く前の片付けについての話で書いている。今後も増えるだろう。

 

だって片づけは終わらないのだから。いつかは2に収束する1.9999.....のような気分だ。2では北京に行っているか行く前日とかで荷物もまとまってあとは行くだけになっている。でも永遠と1.999.....が続くとしか思えない。キングダムカムデリヴァティヴ。来るべき王国から派生した金融商品。それが今書いているものだ。書きすぎてまた夜中になってしまった。夜明けまでもう半日もない。憂鬱すぎる。どうすればいいんだ。

 

業者に頼むか?そういえば業者のことを行者って言っているやつがいて「行者が集まってフリマをやっているところがある」と言っていたので「役小角の直系の弟子とか山伏とかが色んな修行グッズを売っているの?」って言った覚えはないのにあたかもそういったかのように彼は捉えて涙目になっていた。誰だって言い間違いはあるだろう!という主張だった。ごもっともだが行者が集まるフリマというのは楽しそうで出不精の俺でも行ってみたい気がする。

 

今はPCの近くに置いてある自家製のレモン水を飲みに来ただけでこれを書こうと思ったわけではない。片づけに戻る。それこそあれだ、オースターが脚本だか原作をやっているスモークに出てくる青年がフォレスト・ウィテカーの部屋の掃除をするシーン、いや、使ってない部屋があるからお前が片づければ使っていいよと言われた後のあの片付けの躍動感!ああいう勢いが欲しい。片付けが終われば部屋を使っていいのではなくて俺の場合、北京で学生生活が始まるわけだからもっと勢いがあっていいはずだ。また片付けが進まなくなるからそろそろ書くのをやめる。しかしアカシックメモを読んでいたらまた書きたくなったので書く。

 

俺のアカシックレコードはお馬さんが守っているそうで「どうだ、凄い量だろう」と俺が前世も含めて持っている情報量は膨大なものらしく、現世でもアメリカに行って今度は中国に行ってんで言うまでもなく大量の本を読んだりレコードを聴いたりするのもつまりはそのお馬さんが言っている「どうだ、凄い量だろう」という記録に収まっているのだと思うと過去性でも似たような生活を送っていたんだと思う。

 

観音様がついているというのは色んな見える人に言われたので恐らくついているのだろう。だから自殺するとか死にたいとか安易に言うべきではない。神様に生かされているのだから片づけを諦めてはいけないしアカシックレコードにはない現代の中国の生活という情報を仕入れるためにも俺は北京で学生生活を謳歌しなければいけない。

 

面白いのは解脱とか宇宙に繋がるとかそういうのはもうとっくにやっているから必要としているのはこの地を這うような地球での生活の情報だから高尚な瞑想だとか解脱はいらないと言われた。宇宙の情報を知っているということを忘れているので地球の地を這うような生活と砂を噛むような退屈さに比べたらハイヤーセルフと繋がる!とかのほうが魅力的に感じるけど繋がっているどころか最初から一緒にやっているしそういうレベルの神様ではないらしいからこそこの退屈な地球の生活をしなければいけないというミッションなんだそうでっていうのは俺の解釈で、だから片付けもミッションの一部だと考えれば頑張れそうだけど頑張れなかった。

 

もう食べ納めだなと思って好きなうなぎ屋に行ったりステーキを食べたりしたのだが行く先は中国で食文化が豊富な国だからアメリカを想定する必要はない。アメリカは衆愚政治によって悲しい国になってしまった。これで中国語もマスターして中国に馴染めばアメリカと中国の二大大国を制覇したことになる。だからといって何なのだ?俺の大国へのあこがれは半端ない。執筆用のノートパソコンが届いた。これで執筆するのだな、と思った。執筆用ではない。現地でパソコンが必要になるから買っただけだ。

 

デスクトップパソコンを持っていく方法を一日中探っていたことがある。無理だった。カウンターの向こうに立つ男の動きは機械的で意図が読めない。彼の手はグラスを取り上げ同じリズムで棚に戻しまた取り上げる。その間、彼の目線は固定されているが、目の焦点がどこに合っているのかは曖昧だ。寝起きが辛い。頑張らなきゃいけないのにこんなので大丈夫か?と思う。

 

でも恐らく気負い過ぎることが良くないのだろう。ましてや短期留学ではなく長期留学である。スタートダッシュで全力疾走したところで途中でスタミナ、あ、またスタミナという言葉が出てきた。彼の手の皮膚には薄汚れた色が染み込み関節の部分に小さな切り傷が無数にある。その切り傷はすでに癒えているが何度も新たな傷が上書きされるように見える。彼が抱えている食客は3千人ほど。3千人というと多いというイメージがあるので3千人ということにしておく。

 

行くまでが面倒なのはみんな一緒だ。俺はまだマシだ。一人暮らしだったら部屋を明け渡す必要があって俺の10年間の荷物が詰まった部屋の片づけもなかなかだがようは引っ越しみたいなもんで一人暮らしの部屋を明け渡す作業に比べれば大したことがない。部屋を片付けていたらアルベルト・モラヴィアの倦怠という小説が出てきた。まさにこういう少ブルジョワ的な倦怠だ。別にこれは現代病でもなんでもない、少ブルジョワ的倦怠というのは偏在するのだ。留学は逆説的だが頑張り過ぎないほうがいいのだと思う。日常の延長として留学があるぐらいに思っていないとメンタルが持たなかったりフィジカルがついてこれなくなったりする。

 

警察に行かなければいけない。出頭するのではなくて無犯罪証明というのを発行してもらわなアカン。こういうのが面倒だけど毎日出社してる人なんて毎回出社するわけだから毎朝出社するわけだからするわけだから頭がおかしくなっちゃう。フィジカルなダルさもある。テストステロンの減少もあるのだろう。そういえばAGA治療薬も一年分もらわなければいけない。でも今はZoomでオッケーなのになぜか面倒だ。面倒だと思っている間が一番面倒だ。最近少し成長したと思うのが一連の面倒なことをやっていてやってみれば意外と面倒ではなくて観念で面倒という城みたいなものを作り出してしまっていて、その城を攻略しない限り前に進めないみたいに勝手に思っちゃって、でもそれは砂上の楼閣でしょう?城なんてない。

 

書類は取りに行けばいいし必要なプロセスは段階を踏んでやっていけば終わる。だから面倒なようで実は面倒じゃない。面倒だと思っている時間とか実際に現地に行ってみないと分からないことを不安がっていてもその時間が無駄だ。浮かんだ例え。何かの病気の予防でその処置をするから病院に行ってください。処置?病院?面倒だな。うわー処置の日まであと一週間か。

 

なんか痛いことされるのかな。訳の分からない装置に入れられたりするのかな?実際に行ってみたら予防接種を打っただけで終わりました、みたいなものでしょう?面倒だーって感じている間に壮絶な損失が発生しているということに気がつかなければいけない。あと俺の場合、一般的な留学生が不安に思うことというのは全く不安ではない。英語が喋れるアドバンテージがこんなところで発揮できるとはね。あと留学していたからまた留学で国が違うだけだからね。