行方不明の象を探して。その203。

というかそのハイキング未遂の話を思い出していたら、彼女に鼻を殴られたことなど些細なことだと思えてくるし、彼女をより愛おしく思えてくる。

 

首都高速に入ると彼女はガムを噛みながら何かを言おうとしていた。多分、不満か何かだろう。どんなに彼女のことを愛おしく思っても、鼻の痛みが引くわけではない。何かを言ってきたら言い返してやろうと思っていた。しかし、彼女は結局、何も言ってこなかった。勘がいいのだ。考えていることがわかる。引き際というのを心得ている。

 

アパートの前で彼女は車を停めた。そして

 

「着いたよ、ブーツフェチ」

 

と言った。彼女はガムを包装紙にくるんでダッシュボードの上に置いた。そしてけだるそうにドアを開けて車から降り、律儀にもアパートに入るまで見送ってくれた。ツンデレとも違う何かが彼女の中にはいつもある。嫌だったら別れればいいし、あれだけブーツを舐められたことを怒るのであれば、わざわざアパートまで送る必要もない。

 

僕はがっくりとうなだれた。

 

「どうしたの?」

 

彼女は俺を見てささやくと言った。囁けば?と言い返した。なんで漢字なの?って言い返されたので、なんとしてでも俺は知的な部分を見せたかった。いや、知的な面を見せるって感じか。部分って言い方はおかしいよ。それとも書き続けたくて止められずにさ、彼女に「面白い本」のような本を与えたい。片言みたいになっちゃった。俺自身も書き続けちゃって止まらないんだよねーぐらいの熱量で書いた本を読んでもらいたかったわけ。

 

そんな、彼女が興味津々という顔をしている。寝る数時間前に書き出して止まらなくなることがある。そういう日はほぼ一日ダルかったりして、全く書けない日なのだろうと思って絶望的な気持ちで時間を過ごすことになる。その絶望に落ちると書く意欲が湧いてくるのか?あんまり関係なさそうだ。もっと頭が良ければいいのにな。もっとクリエイティブだったりすれば書きたいことがタイピングのスピードに間に合わないぐらいになるんだと思う。さて、困った。偉そうに主張した以上、なにか立派な本を紹介したい。カール・バルトの教会教義学は?立派だけど退屈過ぎる。「失われた時を求めて」のキリスト教バージョンみたいな本だよな。

 

タイトル、タイトル。浮かばない。仕方ない。僕はおどけながら言った。愛子は口元に手を当てた。笑顔の一歩手前と言うところだろうか。美雨はいつもゴスロリファッションだ。長く言うとゴシックロリータファッション。文字数が増えてウザいだけ。僕は愛子の様子を気にするフリをしたっていうか美雨の方が抜けるから厭らしい目で見てるってのがバレてるんだろうな。

 

ジーザスは視姦もすでにそれはセックスみたいなもんだって言ってたけど、そいつぁーちょっとキツイぜ。ズリネタにするぐらいいいだろ。ジーザスさんよ。そういうのキツ過ぎると無理が出てくるよ。やべーなもうあれだ、愛子は完全に関心度ゼロといった表情。ホッとしたような、寂しいような。

 

美雨が俺の顔を見つめる。今日は二度目でこんどは俺の顔を見る番だ。しかし、彼は自分にこう言った。

 

「これは障害物です」

 

ゴシックロリータファッションは悪くない。略してゴスロリファッション。愛子に惹かれますね。ええ。ほとんど美雨が俺にに立ち往生してるよ。女というよりはお姉さんのような感じなのにお姉さんがいなくてそんなのかは分からないんだけど、彼女とはまた違った魅力があるとは認めざるを得なかったねっていうその認めざるを得なかったねっていうところのま段っていうの?まとかめとかみとかってところの大抵を噛んでた。だから言ってることが意味不明になったと思う。

 

ただ触ってくるというところに何の厭らしさも性的なものも感じさせない。触手はどうだった。あれは性的なのか。ジメジメしているよな。美雨は名前と違ってカラっとしている。美雨と一緒にいるとこっちまで元気になる。愛子と一緒にいると本の余白ばかりが気になってしまう。お前、読んだのか?まただ。こういう感じになる。愛子のほうを振り向いただけなのに、愛子がそう言っているみたいだ。

 

アパートの階段を上ろうとすると、というよりアパートだとボロ臭いイメージがあるからマンションにしておこうと思ったので、それまではアパートに住んでいたのだが、その瞬間にマンションに引っ越した。

 

それは前に住んでいたボロアパートまではいかないにせよ、築古のアパートとは違う、モダンなオートロック付きの都市型のマンションで、そのマンションの入り口にアプローチして、自分の部屋に帰ろうとしているのに、彼女は車で去る様子が無く、気になったので彼女を見てみるとボンネットに腰をかけて脚をブラブラさせている。

 

何気に「グッドバイ」という素振りで手を振ると、彼女は微笑を浮かべながら、「グッドバイ」という素振り満点の手の振り方を完コピして見送った。あんないい女滅多にないよ。本当に。今日泊っていく?って聞けばよかったのかもしれない。でもそれだったら彼女の家に行ったほうがいいに決まってる。

 

諸君も知っての通り部屋の退廃っぷりは酷いものだ。デカダン気取りなのではなく、ただ即物的に退廃しているのだ。散らかっているとか汚いという意味ではない。そこに希望も絶望もない真空が広がりすぎている空間なのだ。そこに彼女を招き入れるというのは彼女に申し訳ないと思った。ちなみに頭は茶碗くらいの大きさしかない。秋の心、感激に打たれ、心臓がバクバクする。後に雷に打たれ、正気を失う。以下は、この場面を言い換えたものである。それでは失礼します。

     

モウイに浸かってるんだよ。よく考えたらこのスィンユーがスィンユーされたのは初めてだ。浸かっていたモウイは埃を掃除しているところだった。俺の後ろに白髭と赤髭。夕方から石油のにおいが強くなった。モウイが掃除したからかな。使えるものは大きな庭石と七つの光を持つ松だけだ。どうしたらいいか考えてみよう。

                                            

とまぁ考えるのは後にして、目の前のことにフォーカスもしよう。一応目の前のことも事柄であるわけだから。彼女の親が金持ちであることは隣に並んでいるPRADAの靴を見れば分かる。黒い本革でできたローヒールのシンプルのパンプスはそれこそ姉や両親が住む地方のデパートの靴売り場で売られているノーブランドのものと一見そう変わらない。少なくともあたしのような素人には中敷きに書かれたブランド名を見るまでそれが特別高価そうなものだとは思わない。

 

声をかけようかやめようか迷っているときにリビドーは絶頂に達した。もう使えないな。このくだり。とりあえずリビドーに達してればいいんだもの。あ、絶頂か。オーガズムを伴うものではなく、それがセックスやありふれた射精に帰結しては、あまりにつまらないほどのリビドーのピークだ。これは精液のたまり具合などに関係なく、こういった思わぬ状況で起こりうる。特に彼女といると、こういったリビドーのピークに達することが多い。

 

リビドーのピークに達したから、よくある恋愛もののように、部屋に戻ろうとしていたのだが、身体を翻して、彼女の元にかけよって下半身をまさぐりながらディープキスをして、そのままカーセックスするのはマンションの入り口だから問題があるにしても、ディープキスをした後に、彼女の家に行ってブーツを愛撫することに終始することがないような、彼女の

 

「ブーツが好きなの?脚が好きなの?それともあたしが好きなの?」

 

という質問を頭で分節化することなく、ボディ・ランゲージで彼女に表現することは容易なことだった。しかしそれではあまりにもありふれた性処理になってしまう。射精の方法がブーツコキによるものだったり、彼女のヴァギナに張り詰めたイチモツを突っ込んで、オーガズムを迎えるときに、彼女の愛おしいブーツと脚にネバネバとした精液が、それ以上は考えられないほどの完璧な彼女のシェイプに着床することだったとしても、そういった身体に基づくようなオーガズムを介在させないリビドーのピークを飼い殺しにするほうが射精することよりも比較ができないぐらいの価値がある。ここで考えているのはつまりは身体的な快楽を伴うオーガズムを選ぶのか、観念的なオーガズムを迎えるのかという二択である。

 

彼女の問いが禅問答のように頭を駆け巡る。実際に禅問答だろう。サンダルを履いている彼女はそこまで好きではないかもしれないが、普通の女性と比べたら好きに決まっている。あれだけ身体を貪り合った仲なのだから当然だ。でもブーツを履いた彼女が一番好きなのは決まっている。

 

精神異常発現性の投与待ちの日。聖餐式の執行者として神性を引き出す聖餐用のパンを儀式的にいただく。異なる設定のもとでの幻覚症状と気分の浮き沈み。解釈はどうだろう?「気が狂った」のか、「神の啓示を受けた」のか?

 

次の日も精神異常発現性の薬剤投与待ち。儀式参加者、聖餐用の神性を引き出すパンいただく。異なる設定で幻覚症状、気分浮き沈み。解釈は?「気が狂った」のか、「神の啓示を受けた」のか?

 

次の日も薬剤の日、精神異常発現性。聖餐執行者、神性引き出す儀式用パンいただく。異なる設定、幻覚症状、気分浮き沈み。解釈は?「気が狂った」のか、「神の啓示を受けた」のか?

 

待ち望む日、精神異常薬剤投与。聖餐執行者、神性引き出すパンいただく儀式。異なる設定、幻覚症状、気分浮き沈み。解釈は?「気が狂った」のか、「神の啓示を受けた」のか?

 

投与日、精神異常発現性の薬。聖餐執行者、聖餐用神性引き出すパンいただく。異なる設定、幻覚症状、気分浮き沈み。解釈は?「気が狂った」のか、「神の啓示を受けた」のか?