芸術が失敗するときってのは大体表現者の表現の度合いが高すぎて主張がうるさ過ぎることだと思うけど、表現ですらないのにも関わらず「くだらなさ」を表現できているスタバのアルコール販売は究極の芸術だろう。誰が帰りにいっぱいひっかけてから帰るというのだ?リアリティが無さすぎる。仕事と満員電車ってのがどれだけ過酷なものか、これを考えたやつは全く会社に勤めたことがないか、労働の苦い味を味わったことのない人間だ。
噛みしめてもジャリジャリとするだけの砂を噛むような労働の感覚。酷くなると離人症のように労働している自分が体から幽体離脱して労働している自分を眺めているというような、あのイルでブルシットな感覚。デヴィッド・グレーバーがブルシットなジョブに関するオントロジーまでをも考察してるとは思わないし、全くそんな必要もないのだけど、ブルシット・ジョブのヤバさは脳細胞が確実に死んでいくのを体感するという、自分が死んでいく感じがするあの感覚のヤバさに尽きる。
おしっこを我慢するほどゲームに没頭したことがあった。小説にはそれがない。恐らく俺は文学好きではない。ゲーム好きだ。ただのゲーム好き。なんというか、自分というコンテントが今ある入れ物にうまく合ってない、あるいはそこにあるべく整合性がどこかの時点で損なわれてしまったという感覚だ。常にそんな感じだ。プルーストはそういう感覚を求めているのだと思っていたけど皮被り過ぎていたようだ。
プルーストは包茎で童貞だった。カウンターの向かいの壁には様々な酒瓶を並べた棚があった。その背後の壁は大きな鏡になっており、そこに自分の姿が映っていた。それをじっと見ていると当然のことではあるが、鏡の中の自分もこちらをじっと見返していた。
椅子はろくろ細工の木製で中央にふくらみが一つあり、両先端にそれぞれひとつずつもっと小さいふくらみがついている。ペンキは支えの横木の上部でほとんど完全にはげ落ちているが、椅子のふくらみの部分でも同じように剥がれかかっている。ふくらんだ部分のそのふくらみも大部分色がはげ落ちで木部をさらけ出している。
どこかで人生の回路を取り違えてしまったのかもしれない。どうでもいいことが巨大化して、大切なことが小さくなっていく。だからやたらにバーの外観やどうでもいい自意識ばかりが語り続けるようになる。そもそもの大切なことが何だったかが思い出せないので、もはや手遅れなのだろう。そう考えれば考えるほど自分は自分自身ではなく、見覚えのないよその誰かのように思えてきた。労働の離人症とは違う幽体離脱感覚だ。
これまでの人生にはいくつかの大事な分岐点があった。右と左、どちらにでも行くことができた。そしてそのたびに右を選んだり左を選んだりした。そして今ここにいる。一体誰だ。無人のスツールを二つ挟んだ右手の席には一人の女性が座って、名前の知らない淡い緑色のカクテルを飲んでいた。連れはいないようだ。あるいは知り合いがあとから来るのを待っているのかもしれない。
本を読むふりをして鏡に映った彼女を密かに観察した。ムッツリスケベというやつだ。彼女の顔を見るのはそんなに恥ずかしくないのに、足元を見るのは凄く恥ずかしい。自意識過剰なんだよな。脚フェチだと思われたくないっていう自意識。でも女性からしてみたらジロジロみられていることに変わりはないのに。
彼女は自分の年齢を実際より若く見せようという努力をほとんど払っていないようだった。多分自分にそれなりの自信があるからだろう。小柄でほっそりとした体つきで、紙がぴったり程よい短さにカットされている。着こなしがなかなか洒落ていて、ドストライクではないにしても比較的ムラムラくるブーツを履いている。柔らかそうな布地の縞柄のワンピースにベージュのカシミアのカーディガンを羽織っていた。
とりたてて美人と言う顔立ちではないものの、そこにはうまく完結した雰囲気のようなものが漂っていた。おそらく若い時には人目を惹く女性であったに違いない。多くの男たちに言い寄られたことだろう。彼女のさりげない身のこなしにそういう記憶の気配が感じられた。ちなみにあたしは全然イケるし若い男でも年上もオッケーなら全然イケる感じの女性である。
バーテンダーを読んで二杯目のソルティドッグを注文し、つまみのカシューナッツを少し齧り、また読書に戻った。情景というのは言葉で表すことができるのに文章で表すとなるとすさまじく難しい。「あそこに扉があって、その横に花壇があるでしょ。そこの若干右側の壁なんだけど軽く亀裂が入ってますよね」とかいくらでも見たままを言葉なら変換できるのに文字となると凄く難しい。
小説には情景を描くのは必須である。自分はいらないと思うけど、一応基礎として書けたほうがいいなと思って、極端なロブ・グリエや安部公房の場景の描写をコピーしまくっている。どうやったらあれだけ抽象的に情景を描けるようになるのだろう。ちなみに今読んでいる本はプルーストではなくてロブ・グリエの嫉妬である。
ダウンライトの下で本をあと数ページというところまで読み進めていた。永遠と無機質な幾何学的記述が続くだけで、妙なシナリオや筋があるものが大嫌いな自分としてはヨダレものの小説だ。
「ずいぶん熱心に本を読んでらっしゃるみたいだけど、ちょっとうかがっておろしいでしょうか?」
「いいですよ。ただの幾何学の本ですから」
と本にしおりを挟みページを閉じた。
「来ないのかと思ったわ」
顔を見上げて少し驚いた。波留だった。小説のような唐突な出会いに驚いた。小説の場合、一番やったらまずいタイプの出会いだろう。
「おお、久しぶり」
「なにしてたの?」
「いや、本読んでた」
「今じゃなくて。最近どう?的な話。小説は書けてるの?」
「全然書けてないね。書こうとすると書けなくなるし、それについて考えると、なんて言ったらいいのか、幽体離脱したような感じになって、精神がヤバくなる」
「ドラッグのやり過ぎじゃない?」
「それはお前だろ。俺は普段は全くやらないよ」
15秒間、彼女は考えた。
「そうなりたいとは思ってるわ。かなり真剣にね。誰だってそうでしょ?」
それには答えないようにした。全く会話がかみ合ってないので答えようがない。よく映画や文学でコミュニケーションの不可能性をテーマにしたものを見ることがあるが、不可能性は日常生活を見ればこのようにゴロゴロしている。あえてテーマにするほどコミュニケーションが成立することなんてないから、そもそもデフォルトが不可能性の世界なんだよな。
「そうなりたいってのがよく分からないけど、何かあるなら話した方がいいよ。マスターにも一応話を聞くように頼まれてるし」
「何故?」
「いや、それはよく分からない。唐突にマスターに頼まれたんだよ。妙に改まったような態度でさ、お願いがあるんですとか言って、んでお前の話をしたわけさ。んで話し相手になってほしいだとかなんだとか。でもあれからだよ、お前からもらっちゃったもんがあってさ、それが疼いてる」
「あたしたちヤッてなくない?」
「いや、性病じゃなくてさ、まぁあるものだよ。言葉にできないんだけど。お前こそ作家志望なんだろ?なんか書けたの?」
「あたしは書いてるわよ。あたしが動けばそれは書いたことになる。歩くエクリチュールね」
「なんか誰かを演じてるような口ぶりだな。活字で見たら「うわっ」ってなりそう」
「それがいいんじゃない。それがあたしの目的でもあるし」
「へぇーそうなんだ」
「あのさ、そんなことしていて何か楽しい?つまらなそうな本を読んで作家志望とか言って作家ぶってさ、書けないのが分かってるのに葛藤に酔ってるみたいなさ、くだらなくないそういうの?」
彼女が何を言おうとしているのか完全に理解できた。こちらからのコミュニケーションは上手くいかないことが多いのに、彼女はコミュニケーションを介さずに自分のことをズバッと言い当てる。見事だと思った。
彼女の顔を正面から見た。体を売って生計を立てている感じが一切ない。かといっても純粋という感じではないんだけど、なんていうかピュアだな。いや、純粋ってピュアって意味か。なんか彼女が仕事としてセックスをしているときはまさに自分がさっき考えていたような労働中に幽体離脱するような感じなんだろうなと思った。なぜかそういう絵が浮かんだ。