試しに彼女に
「ドラッグってすぐ調達できる?」
ってストレートに聞いてみたら
「ストレート・ノー・チェイサーですね」
と言って事務所に電話してドラッグのいっぱい入ったアタッシュケースを開けて、どれでもお好きなものをどうぞと言わんばかりの顔をしていた。ドヤ顔というやつか。またドラッグ系の女か・・・と思ったけど、彼女とは普通にセックスが出来たので、自分としては珍しい女ということになる。いや、最高の女かもしれない。
「いやア・・・子供は親の思うほどやってくれましえんなア」
「わしゃ人様に部長じゃ云うとるんじゃけぇど部長じゃ」
そんなにすぐドラッグを用意できるんだったらなんで破片を抜いているときにあんなに頑張っていたのかがよく分からないけど、でも急に部屋を破壊したり、いきなり変な口調になったりするのも、元々イカれているというところに慢性的に何らかのドラッグを入れている女だと考えると全て納得がいく。こういうのは推理ものだと思っている。問題はドラッグが入っているか入っていないかのどちらかだ。細かいトリックとか舞台設定は全く必要ない。ドラッグが入っているか入っていないかだけが問題なのだ。
え?推理ものって言ったよね。だったら彼女は象の手がかりを知っているのでは?聞いてみますか?はい。いいえ。はいを選んだ。
「象知ってる?」
「エレファント」
「そうそう。でもその象じゃなくて、説明が難しいんだけど、前にいなくなった象がいるんだよね。で、下北沢で発見された時は強盗だかに襲われたんだけど、強盗と取っ組み合いみたいになった後に目撃者が警察に連絡したかなんかで警察が来て事態は収拾したらしいんだけど、その後に象が煙と共に消えたかと思ったら、気がついたら警察も強盗もバラバラになってて、あたり一面が血だらけだったっていう事件知ってる?」
「間接的になら知ってるわよ。その象がね、モルフィズムだかモルヒネだか分からないけど、なんか手に入れたいのがあって、象の調教をするっていうバイトっていうか、象が体を売って、象を調教したいっていう特異な性癖を持った人を客にしたバイトをやってたんだけど、あたし、その象の調教したことがあって、それから象と知り合いなのよ。っていってもウリと客の関係だけどね。で、その象がどうかしたの?」
「どうもしない。いや、なんで象の話なんてしてるのかなって」
「ヘビー・デューティーな生活を送っているからよ」
「そうなんだ」
「うん」
「やわじゃないってことだね。ハードボイルド?」
「ワンダーランド」
「世界の終わりみたいなことを言うなよ」
「それを言うなら「ハングリー・タイガー」でしょう」
「象っていうより虎の話だったんだ。え?でもさっきの話って象の話だよね」
「そうだけど?」
「どんな話だったっけ?」
「は?もう忘れたの。まぁようはあたしが調教してたってこと」
「君が考えそうなことだよね」
「いや、そういうんじゃなくてサービスとしての調教よ」
彼女は傷だらけの肩をすぼめた。
「調教したくなったらあたしのほうから電話すればいいだけの話で、義務的に会うことなんてない関係なのよ。風俗よ。風俗」
「ってことは今も電話すれば繋がるの?」
「調教飽きたからずーっと電話してないんだけど繋がるんじゃない?」
「じゃあちょっと電話してみてくれる?」
「いいわよ。でもあれね、バッグのところまでベッドを移動させるの大変だから、クランク回すのやってくれない」
「オフコース」
若干の期待を持ちながら血まみれのクランクを回した。ベッドが相変わらず変な音を立てながら移動して、彼女のバッグが置いてある場所についた。心なしか部屋が広くなっている気がする。感覚的に船頭さんみたいな感じで、結構なリバーのディスタンスを漕いだ感じがあってね、奇妙だったよ。それは。もっと部屋が大きくなっていくんじゃないかって。
そして彼女みたいに狂っていくんじゃないかって。怖くなったよ。
「凄く嫌なのがね、インテリみたいな人が狂ったフリをしたものを書いたり表現したりすることなの。それって障碍者の真似をする健常者みたいな搾取があるのよね。障碍者側は色々と苦労してるのにインテリってなんでも自分でできるとかって思うじゃない?」
彼女は顔をしかめて言った。そういうのは放っておくと部屋がどんどん広くなっていくことがある。抑えが聞かなくなる時があって、そういうときは部屋が膨張して、他の空間の一部を飲み込むことになる。
「君が僕の精液をゴックンしたようにね」
「あなたあたしのことただのオマンコ野郎だと思っているでしょう?」
「それはないよ。いや、知り合いにリアルなオマンコ野郎がいるし、君はあれに比べたら人間だ。安心したまえ」
「え?言っている意味が分からない。あれに比べたら人間ってそのあれって何なの?」
「分かる?そういうことを問いだしたらね、生きているのが難しくなるよ。何かを一人で抱え込むということは辛いことなんだよ」
ドラッグは何種類もあった。普段飲んでいるドラッグは低カロリーのものだ。ついでにもらっておこうと一つ手に取った。
「でもさ、身体って健気だよね。こっちが進んで摂ろうと思ったドラッグとかさ、アルコールとかカフェインとかなんでもいいんだけど、そういうのを必死に排出しようとして、凄く喉が渇くようになるしさ、そういうのを排出するように出来てるんだよね」
「バカなやつがくだらない小説をプルースト的小説とか言って絶賛しているのに似てるよね。自分の知的水準を露呈させているだけで何のメリットもないのに、ああいうことをやっちゃうのってやっぱりバカだからなのかな?」
「人間ってそういうものでしょう?基本バカだからドラッグやるわけでしょう?さっきね、インテリがどうのって言ったけどね、みんな馬鹿よ。基本的に。インテリのフリをしているだけ。正直な人はインテリ風じゃなくて知的な雰囲気が自然に出るもので、適当に見繕ったような付け焼刃じゃないわ」
「俺さー文学音痴だと思ってたけど、世の中のやつらがそうなんだよね。すげーつまんねーもんかと思ってたけど面白いものは面白いんだけど、バカが多いからそういうのが売れないからさ、難解だとかなんだとかって言って、くだらないクソを拭くトイレットペーパーぐらいにしかならないような本が書店に並んでるだろ」
「あなたの話を聞いてるとね、世の中のやつらがそうだって言うけど、基本人間はバカだという認識が抜けているからそういう風に感じるんじゃない?だってバカなんだから当たり前でしょう。バカじゃないんだったらそれに気がついて自分で面白いものを探せばいいでしょう」
どう対応したらいいんだろう。うーん、バカバカ言い過ぎたかな。自分としたことが。でも会話を繋がなくては。
「さっき話した象の話だけどさ、電話はつながるの・・・」
と言いかけた。
「静かにして。成り行きが知りたいのよ」
「何かが起こっているの?象と君との間に」
「ひょっとして、あなた事情を知らないの?」
彼女は心底驚いたみたいだった。
クロマニヨン人が洞窟のふたをあけることを想像しながら、スチール製のドアを外し、傷だらけの彼女をエスコートした。
部屋の中はすっかり綺麗に整頓されていた。彼女があそこまで部屋を破壊し尽くしたことが一瞬思い違いであったように思えたほどだった。ひっくりかえされていたはずの家具は全て元通りに修復され、床に散らばったウィスキーの瓶の破片と彼女の血はどこかに消え去り、浴室もぴかぴかに磨き上げられ、床にはごみ一つなかった。
しかしよく調べてみると破壊の傷跡はところどころに残っていた。TVのブラウン管は叩き壊されたままタイムストレッチされたジョン・ケージが何かを語っている映像が永遠に流れ続けていて、大好きな冷蔵庫は死んでいて、中身はきれいさっぱり空っぽになっていた。
「象の仕業ねこれは」
「え?あの象?」
「うん。あの象」
「どんな象だったの?どんな風に部屋を片付けたんだと思う?あと思い出したけど君の依頼って象を探してほしいってことだったよね」
「象がいなくなったときは凄くびっくりしました?」
と彼女は言った。
「象が一頭、突然消えてしまうなんて誰にも予測できないことですからね」
「そうだね。そうかもしれない」
と言ってガラス皿に盛られた土のスープを飲んだ。味が無いものとか特に食べる必要がないものを加工して無理やり味をつけて料理に仕立て上げる手法は文学に似ている。全く意味がないことを文学的装飾によって意味があることのように錯覚させておいて、結局、それは何でもなかったということ。要約すれば10ページで済むことを400ページぐらい展開させること。土の「じゃりっ」とした感覚が文字の世界の不毛さを連想させた。
彼女は興味深そうにしばらくこちらの顔を見つめていた。彼女から煙草をもらい口にくわえて火をつけた。20年も禁煙していたのに象が消えて以来、また煙草を吸うようになってしまったのだ。