深みの外出。その6。

というわけで続きを。


でもまぁこういう一連のことって中年クライシスに陥った男性が取りやすい行動なんだよねー(笑)自分のmasculinityみたいなのを確認するためにセックスに走ったり筋トレに走ったりするんだよね。でもまぁ格闘とかナンパとか本来の自分とは程遠いことをやっているって意味でやっぱ面白いんだよね。あとやっぱまぁmasculinityってまぁすべての女性がそうかどうかはともかくとしてまぁそういうところに惹かれたりするわけじゃん?そういうのをむき出しにするわけではないんだけど鍛えておくってのは重要だよね。まぁもちろん男が男らしくあらねばいけない!みたいなのがジェンダー論とかから見るとすげー差別的でこれ自体が威圧するような思考だっていう風な捉え方もあるけど本能っていうところから考えるとやっぱオスの闘争心って重要なんだよね。


まぁ別にない人はいいんだけどなんかね、別に自分はマッチョになることとかにあこがれはないんだけどただその自分が辿るであろう道というのが凄く嫌だったんだよね。まぁようはひ弱な書生ってことなんだけどさ(笑)まぁそういうのを考え出して身体論とかを気にしだして居合とかを始めたってのがまぁもうだいぶ前になるけどそっから地続きですよね。まぁただストリートで刀を振り回すわけにもいかないんだけど素手だとまぁそこでマーシャルアーツってことになるよね。


まぁそりゃ喧嘩なんてしないんだけどね、ただ凄くmasculinityみたいなのを意識しているってのはここ数年の流れだしそういう意味で三島がいきなり体を鍛えだしたとかさ、もやしっ子みたいな自分がいやだとかって何かで書いてたけどまぁその感覚がすげーあるよね。あとまぁ初日に感じた歩いているときに体幹というのに凄く意識がいったっつーのもそういうことだよね。ようは凄く身体性があるってことなんだよね。ナンパについて調べてても小手先のテクニックとか非科学的な時間がどうのとかくだらない内容のばっかだけどプラクティカルなレベルで言うと本当にスポーツとかと変わらないと思うんだよね。凄く身体性とか体の動かし方ってのが重要になる。それで体も思うように動いて言葉も思うように出るというこういう全てにおいてのスムーズさっていうのかな、まぁくだらなくない本質を突いたナンパ論を展開してるブログとかだと似たようなことが書いてあるよね。ようはまぁ体とのシンクロ率なんだってことなんだけどこれは本当にやってみないと分からないね。


まぁなんかだから武井壮的な感じだよね(笑)武井壮をいかに動かすか?というのが自分の人生だってなんかの番組で言ってたけどギャグとかじゃなくてマジでそうだからね。そういう中でナンパモードとか戦闘モードとか色んな身体モードがあるんだけど体を動かさないやつにはそれが全然分からないんだよね。俺がそうだったから。でもそこに身体ってのを介在したある意味観念論以上に観念的なことがフィジカルなレベルであるんだよね。それは当たり前でフィジカルなものを動かすのが観念なわけだし観念を介在せずに身体がそれを覚えているというレベルの身体の記憶ということについても慣れた領域の数学系の概念ならパッとみてすぐ分かるみたいな、まさに身につくということがそれなんだよね。


で、それを感じたのがね、まぁ体の使い方とか体幹ってのを凄く意識したってのもあるけどまぁあと変化としてっつーか「お」って思ったのがネットでお笑い系の番組見てた時なんだけどまぁなんかゲストとかで素人とか出てくるじゃん?で、そういう素人が出てきたときに頭がもうあるないを一瞬で判断してるんだよね。二日やっただけでこんな風になるのか!って後になって気が付いたんだよね。これはなんかすごく感覚的なことでその子が可愛いとかブスとかそういう話じゃないんだよね。自分にとってあるかないか?っていうのを即座に演算するっつーのかな?あとまぁ観察眼だよね。ホーキング博士とかアインシュタインとかでも女性ってのは分からない永遠の謎だって言ってるぐらいだけどまぁこれってどういうことか?っていうと理詰めじゃないってことなんだよね。凄くinstinctiveなことなんだよね。常に女性に声を掛けるつもりでいるなんて全部の女性を性的対象として見ているとかって思われるかもしれないけどそもそも男ってのは本能的にそうなってるんだよね。


で、草食系ってのはなるべくそういう本能を抑えて性的なものはバーチャルなもんで済ませるっていう合理性があるわけ。ようはそのほうが無駄がないからなんだよね。だから下手に本能みたいなのをprovokeするよりかは抑えているかバーチャルなもんで済ませてたほうが何かとコストとか時間という意味でもいいからそっちを選ぶってことになるんだよね。まぁ俺もデフォがそれだからまさにそうだと思うんだけどね。んでもまぁそれはつまらないなという結論に達したってのが現在の俺ということだよね。あとまぁ全然草食系でもなんでもなかったっていうのもあるしね。まぁだからこんなにすぐ行動に移せてるんだと思うしまぁやっぱそれは本能的に本当はやりたかったことなんだよね。で、それがやれてるからウキウキしてて頭も活性化してる結果、こんなにずーっと色々と書いてるんだよね(笑)これ自体が強度なんだよね。結果云々ではなくプロセスにおいてこういうワクワクする感じが起きるかどうか?ってことなんだよね。そういう一連の体験ということが強度であり生きるってことなんだよね。


それは前に食事についてのことで書いたけど「でも結局それって生殖っつー本能に突き動かされているわけだよね?」とかっていう理詰めの分析をするとさ、食事ってまぁ一連の体験の強度なわけでしょ?食べる場所の雰囲気とか食感とか美味しいものを誰かと一緒に食べるとかさ、まぁ俺は興味ないけどまぁなんかでも前はそういうのを本当にダメな理詰めの目線で否定してたじゃないですか?まぁブッダからの悪影響というか(笑)ブッダの話で女性についてあんなクソまみれのものに触らなくて済むだけで逆に幸せだみたいなことを言ってるけどまぁこれは達観のやり方ではあるんだけど凡人にとっては人生をクソゲー化する徹底的な唯物論的考え方だよね。それをコンポーネントとしてみればそりゃ全部そうだけどさっつーかまさに分子とかってレベルになるわけだけどそれと存在とか振る舞いとかって別じゃん?そりゃクソまみれということを言えば誰もがある意味汚物まみれでしょ?


この性欲問題ってなんでこんなにこういう滅する系の人たちはエクストリームに走るのか?ってのを考えたときにね、あ、中世のキリスト教とかも前にも書いたけどぎりぎりまでエロい妄想をしまくってそれに耐えて性欲を滅するということに快感を得ていた変態の究極みたいな司祭とかいるんだよね(笑)そもそも超越してたらニュートラルなはずなのにどっちかと言えばかなり否定をしなきゃいけないってのはそれに飲まれる可能性があるからだよね。でも俺みたいにデフォだと抗うつ剤の副作用もあってぶっちゃけそんなにセックスしたいとは思ってないっていうことになるとさ、だからまぁあえてそのinstinctをprovokeして男ならヤラねば!という感じで奮い立たせていてそれを強度に繋げようと思ってるんだけどまぁその意味でもう理性的に本能ってのを利用してるってことだよね。で、本能も使いようでちゃんと使えばよい体験に結びつくよってことが分かってきたってことだよね。これはまぁ理詰めで終わるとそうでもないっつーか理詰めだと本能ってなんか下のものに見られたりするけどそういうわけじゃないんだよねっつーかそれこそまさに理性の偏見というやつなわけで。


ジャンルに関わらずモテって大事ですよねってよく言うじゃん?これって実は相当深遠な哲学だよね。ようはまさにこの理詰めではない本能というのが凄く重要でそれがリビドーっつー生の原動力を湧き立たせるものということなんだよね。で、それが動機づけでも例えばモテようと思ってやったけど実際に音楽にハマっちゃって・・・とかっていうパターンとかってあるじゃん?まぁきっかけなんだよね。だから。人間ってのはエネルギッシュなものに惹かれたり嫉妬したりするわけでさ、まぁだからエネルギッシュであるって基本的に人生をクソゲーにしないための必須条件だよね。で、その方法はマキャベリアン的な意味で問わないということなんだよね。それが知識欲であれ性欲であれとりあえず生の肯定に繋がりそうなものなら貪欲に取り入れてなんとしてでも生きろ!ってことになるわけだよね。これは本当にベルクソンのエランビタールそのものだと思うんだよね。


前に俺が書いてた人生ってのは常に過去から自由で今後自分がどうであるか?というのは過去からの制約を受けないってのはまさにベルクソンの創造的進化ってやつだと思うしエランビタールってのはそれが大いなる勘違いであれなんであれ自分を現世と繋ぎ止める大事な役割を果たす原則なんだよね。まぁだから勘違いでもいいのだ!ということではないんだけど勘違いから始まって正解に至る場合もあるわけでだからまぁ大いに勘違いしよう!ってのは自己啓発本とかに必ず書かれてるよね。これってナンパの基本だよね。今までの非モテの自分とか女性にアプローチできなかった自分ってのは全く関係ないんだよね。


関係ないけどその実存を引き受けて今後どうするのか?って話でアプローチできなくても別にアプローチすればいいじゃん?っていうことになるわけよね。あとまぁ毎回外に出て可愛い子見つけても声をかけられないっつーか声をかけたらいけないのだって思っている自分って何なの?っていうさ、そこって勝手に声をかけたらいけないっていうルールを勝手に自分で作ってるんだよね。だから別にそれがナンパと定義されようが声を掛けたくなったら掛ければいいんだよね。もちろん全てのリスクは引き受けたうえでだけどね。


だからまぁでもやっぱりそういう意味で方法論的にやっていくなら色々と最低限のことは知っておく必要があるしやったら不味いこととか逆にこっちが騙されたり金を巻き上げられるパターンとか一般的な悪女と言われるビッチの傾向とかってのは徹底的に学んでおく必要があるよね。だからそういう意味で基本的に俺の女嫌いは変わってないんだよね(笑)んでもそれは一般論の話でじゃあ目の前にいる子がその俺がいやだなーと思う女性の嫌な傾向に合致する要素を持っているのか?ってまぁ少なからず持ってたとしてもクソ女かどうか?なんてのは分からないしそれをすべてクソだと考えるのが極端な女性嫌悪だよね。もう本当にそういう自分はいやなんですよね。めちゃめちゃ恋愛したいと思っているのに防衛としてそういう方便を使うとか自己弁護するとかコミットしない自分の理由にするとかさ、それがまぁいつも書いてるごまかしって話なんだけどね。


だからまぁ別に女性万歳!ってことじゃないんだよね。女性について今まで書いてきたことは全く意見は変わらないけど一般化し過ぎているというのは明らかだしあと明らかに経験が少なすぎる中で色々と言ってるからそこがダメなんだよねってまぁ別にそれでよい経験ができるかできないか?とか嫌な思いをするとかってのは本当に運だからしょうがないんだけどね。まぁでもそれを考えれば考えるほどやっぱり当然こっちが相当なレベルじゃないといけないんだよねって見た目じゃなくて内面ね。まぁそれが結果的に自分磨きに繋がるし男であるということにも繋がるから結局まぁ自己育成マニアの俺としてはそれが一番良いということになるんだけどただまぁ相当なレベルといっても何もしないで下調べとか色々読んだりしてるだけってのはダメでまず行動だよね。まぁ俺はまだ二日しかやってないけど本当に積み重ねというか修身だよね。


ってことでまだ続きます。んじゃまた。