「色々許容できる」=「幸せで明るい」のか?

新作よろしく。

 

Goku Green - まるでCali (Mimisemix)

 

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昔のこのエントリーにまろんさんから書き込みがあって返信したんだけどネタ的にまろんさんと俺のやり取りというよりかはまろんさんがくださったお題がかなり良かったんでちょっと色々書いてみようと思うんだけどっつーかまず元のエントリーがこれね

 

http://mimisemi.hatenablog.com/entry/20120513

 

んでまぁまろんさんの書き込みと俺の返信なんだけど。

 

まろん

 

良い意味でも悪い意味でもゲーマーさんの考えが分かって参考になりました。自分大好き、自分の意見は絶対だって感じが前面に出てて、自分の許容する枠に入らないものを徹底的に排除しようって心意気がもう感心してしまいます。

 

ゲーム業界からしたら根強いファンも重要ですが、それよりも時間がない、手を出し辛いなどでゲームをしてこなかったコンシューマの母数を増やした方が明らかに儲かるって分かりますよね。

 

ああじゃないこうじゃない、つまらないだのなんだの文句ばかり言うゲーマーさんよりも、システムを単純にして手頃にお金を落としてくれる、いわゆるにわかさんの方が良い顧客ってことですね。この記事を読んで、なんだか企業とゲーマーの温度差を感じ得ないなあって思いました。僕も別にソシャゲとかAKBとかにそこまで肯定的ではないですが、許せるものを増やした方が人生明るくなると思いますよ。


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許せるものを増やした方が人生明るくなるとか大きなお世話です。好き嫌いがはっきりしているからこそ好きなものは徹底的に好きになるし嫌いなものは嫌いなわけです。

 

あと儲かる儲からないなんてゲームやる側から見たらどうでもいいことです。面白いか面白くないか?につきるわけで、逆にそれまでシリーズで良かったゲームもクソゲーになったりするしマイクロトランザクションだのpay to win型のガチャをやり始めてクソみたいになるものもあるし、確かにまぁまろんさんが言うようにそれもまぁ儲けるためだからしょうがないのかもなって許容する心があったほうが人生明るくなるかもしれませんが、自分がクソだと思うことをクソだと思い続けることで仮に人生暗くなっても自分はその人生を歩みたいと思いますけどそもそも許すものを増やすみたいな考え方が最高にクソ過ぎてそんな考え方したら明るくなるどころか精神的に死にますね。

 

まぁあとモバイルでやるようなゲームってことなんですけど、モバイルでやるゲームにも面白いゲームはあると思うし、スカイリムみたいなガッツリ座ってやるようなゲームだけがゲームじゃないというのは確かで、そこをスカイリムとモバゲーを比べるのは違うかなって思いますね。あ、何分、結構前の記事なので(笑)

 

ただまぁゲーマーってぶっちゃけそんな感じですよってのはありますよ。好き嫌いが激しいので好きなシリーズですらも不満があるとそこにクソさを感じてやらなくなったりもするので、まぁようは好事家ってことだから好き嫌い激しいのは当たり前ですよね。評価とかが厳しいとかってのもある意味当たり前です。

 

まぁただ何回も書くようにこういう筋金入りのゲーマーだけがゲーマーじゃなくてライトなゲームってのはあるしそれはそれでいいと今では思いますけど、まぁようはシステムですね。課金でガンガン金使わせるとか問題になったガチャだとか、ああいうのは別にモバゲーとかPCゲーとか関係なくクソですよね。

 

ただまぁあれですよ、企業とゲーマーの温度差があったらもうそりゃ企業ダメになりますよね。日本のゲーム会社がどんどんダメになってるのもようはそういうことですよ。もちろん辛うじて残ってる良いゲーム会社もありますけど、基本的に温度差があるような企業はダメなゲームを作るようになってダメになりますよね。その点、やはり海外のゲームはゲーマー視点で考えつくしているのが多いので結果的にゲーマーに支持されるわけなんですよね。

 

今流行っているPUBGなんかも企業とゲーマーに温度差が無いからあれだけバカ売れしてるわけなんですよ。企業の論理とか金儲けでしか考えられないゲーム会社なんて基本やっぱクソだと思いますね。まぁ結果的にそれでクソゲー作って赤字になるわけじゃないですか?

 

だからまぁ神ゲー作ったほうが明らかに儲かるんですよ。GTA5然りですよね。恐ろしい時間と労力と製作費がかかってるけどとにかく「楽しい!っていうところにゲーム性がフォーカスされてるんであれだけ売れるんですよね。まぁあとああいう世界に浸れる感受性とか文化性っていうことですね。

 

ただまぁホントに謎なのが僕みたいな筋金入りのゲーマーになんでまろんさんは「良い顧客じゃないですか?」みたいな書き込みをするのかなってめっちゃ謎なんですが、返信があったらまたお願いします。

 

まぁまろんさんが言いたいことは分かるし全然間違いじゃないと思うんですよね。ただ考え方の違いとかまぁ僕の場合、ゲーマー目線というだけだと思うんですけど、でもそこで違い考え方同士の人でも対話はあっていいですよね。

 

ってことで返信あったらよろしくです。書き込みありがとうございます。

 
ってなわけで色々と思ったことっつーかそんなに無いかもしれないけどあんま書くネタも無いんで書こうと思うんだけどまず好き嫌いの激しさと幸福度なんだけどまぁ最初にあれかな、モバゲーとスカイリムみたいなガチゲーを比べるのはさすがにないだろうと反省していてそれはまぁ言い方悪いけどドラクエとパチンコを比べるようなもんなんであってパチンコなんてやらないでドラクエやれ!って言っても意味ないっつーか二つとも全然違うジャンルだからね。まぁ広義の意味ではゲームなんだけども。そういうわけでモバゲーとかライトゲーってのはゲームの多様化だよね。

 

モバイルって言い方はもう古いかもしれないけど俺はまぁよく携帯関係分からんから全部モバイルって呼ぶけど(笑)モバイルがインフラ化したからそれに順応するようなゲームが出てくるのは当たり前だよねっつっても実際に単純なゲームっつーとむしろ初期のゲームなんか単純なのしかなかったわけでさ、そういう意味で別にモバゲーとかが今の時代ならではの単純なゲームとは言えないよね。元々ゲームっつえば大体まぁインベーダーとかも含めてそんな感じなわけでスカイリムみたいなのがもはや次世代とは言えないけどまぁ次世代ゲームで何気に歴史的なゲームっつー概念から言うと外れてるっつってもそうでもないのか。育成とかRPGってのはまぁ伝統だからな。


まぁいいや。んであれですよ、好き嫌いと幸福度だよね。まぁ色んな音楽がありますよねー。AKBとかBaby Metalとかインキャパシタンツとかラッセル・ハズウェルとかマゾンナとかね。まぁでも許容と生理的な感覚ってまた別だからなんとも言えないんだよなっつーかいつも書くけどまぁ本当の音楽好きって音楽好きなのが当たり前すぎて好きという感覚すらも無くなるものだと思うんだけどまぁなんか生理的って意味で女性の好みとかまぁゲイだったら男でもレズなら女でもいいんだけどあれなんすよね、年齢的に言うと高1ぐらいの時に地獄のようなそしてやっさん風に言うところの蛆虫みたいな時給でクリーニングのプレス工場でバイトしてたんだけどバイト自体が苦痛でなおかつ色々と無駄なことを詮索してくるおばさんがウザかったとか色々と嫌な思い出はあるけど音もなっかなかのもんでさ、前にだいぶしかも何回か書いてると思うけどまぁ書くけどね、音ってプレス工場の音じゃなくて作業場にコンポがあってFMヨコハマしかかからなくてさ(笑)

 

んでキンキキッズとか当時の歌謡曲みたいなのが永遠と流れててんでまぁおばさんはそういうの好きだったから好んで聞いてたんだけどちょうどそれこそ年齢的に言えば中二とかですでにケンイシイとかテイトウワを聴いていたハイブローな俺からするともう地獄のような音ですよね。

 

色々と許容できたほうがキンキキッズも聞き流せたり聞こうと思えば聞けるしケンイシイもテイトウワも好きだしってことになるんだけどそれって感覚がすげー鈍いってことだよね。鋭かったり感性豊かだからこそその感性に合わないものが超絶的に不快になるんだよね。最近9sari関係のばっかマッシュアップ作ってるけど改めて日本語ラップディグってみるとっつーかアカペラ探すのに必死ですんげーディグってるんだけど本当に嫌なのは本当に嫌だよねっていうかラップ自体は日本語英語関わらず好きだけど歌謡曲っぽいやつとか悪い意味でグライムとかトラップっぽくてラップにオートチューンがかかっちゃうような、まぁavexとかが出してるラップだよね(笑)ああいうのはなんつーか許す許さない以前の問題でステーキだと思って食べたらマズい成形肉でしかもさらにマズイその脂身を齧ってしまったときの生理的不快感っつーのかな?

 

っつってもなんだろう、現代の歌謡曲は昔の歌謡曲ほど嫌いじゃないっつーかAKBかかってても全然不快じゃないんだよね。他のアイドルグループの曲なんかも聞けるのが多かったりして、だから逆におえー!ってなるようなもんがavexとかが出してるような感じのラップっつーかさ、んでまぁそれは排除っつーより生理的に受け付けないよね。そこでさっき異性の好みを書いたけど別に接する分にはいいけど異性としてみたときに受け付けないタイプってあるわけじゃん?

 

んで坂上忍みたいにブスはそれだけで罪だから視界に入るだけで不快だ!とかってキャラだとしてもそこまで言うか?ってのがあるにしてもまぁ少なからずっつーか大体男も女も見た目でしょ。それが全てというわけじゃないけどやっぱり見た目なんだよね。まぁただブスにも良いブスがあるからね。なんかエロいブスっているよね。そこまで玉吸うかね?ってぐらいすげー玉吸う女とか若干ブスでもエロさが勝って良いって場合があるし逆にかわいいけどエロスが全然ないってのは女性としてどうかと思うしまぁでもあれじゃんね、街頭インタビューとかで女が「いやーもう生理的に無理です!」とかって男の好みとかに関して答えてたりするのがあるけどまぁ当たり前だよね。

 

そもそも基準が受精じゃないですか?その相手と子孫を残そうと思ったときに「無理!」って思うのは本能でしょう。男がブスとでもやれるのはやっちゃったら終わりじゃん?それに比べて女性は受ける側なわけで生理的に無理!の度合いが高いのは当たり前だよね。むしろ好き嫌いがはっきりしているほうが生物的に合理的というかある種のディフェンスメカニズムでもあるよね。まぁあとあざといかもしれないけど生理的に無理でも一生安泰なぐらい金があればATMとして使えてセックスは不倫でもすればいいみたいなことでもあるわけでってまぁそれが良いことかどうかは別として(笑)許容するとか受け入れるってすげー奥深いものなんだよね。簡単に好き嫌いで言えるもんじゃなくて背景に色々あるんだよね。

 

んでまぁなんだろうね、確かに色々と許容できるほうが幸せになれるものもあると思うんだけど許容するってそもそも受け入れるってことなわけで例えば音楽で言えば自分が好きなもの以外そもそも眼中にないから許容もクソもないんだよね。昔ほど外で無駄に音楽がかかってることは少なくなったけどっつーかジャスラックのせいなのかはともかくとして大友さんとかもよく言ってるように聴きたくもない音楽を無理やり聞かされるってそれはノイズだよね。不快なものとしてのね。んでも一般的にノイズを言われる工事現場の音とかもずーっと聞かされちゃたまらんけどフィールドレコーディングとして聞けるってこともあるわけじゃん?っつーかまぁそれは音だよね。音そのものはニュートラルでそれがノイズかどうかは認識によるわけだよね。まぁんでこういう話するといつもケージの433の話になるんだけどまぁそれは今回はいいや(笑)

 

ただまぁあれなんじゃんね、音楽が好きだからこそコントラストが激しくなるわけだよね。大衆居酒屋で歌謡曲がガンガン流れてるところで付き合いで飲む酒ほどマズイものはないけどちょっと居酒屋のランク上げればジャズ流れてるわけじゃん?まぁそういう居酒屋のほうが料理の質も良いに決まってるけどまぁそこってやっぱ快/不快じゃん?不快な環境で飲み食いしたくないわけでだから大衆居酒屋よりちょっとランクが高そうな場所を選ぶよね。それは環境と音楽に金を払ってるってところでもあるけどまぁでもメインの酒にしても料理にしても質が良いわけだから同じ金払うなら若干高くても明らかにそっち選ぶでしょ?

 

そういうこだわりが無い場合、歌謡曲ガンガンの大衆居酒屋でマズイ料理で出てきても満足できるからまぁ確かにそっちのほうが幸せかもしれないけどこだわりがある側から見るとなんちゅー不幸な連中だ!って思うわけよね。あーまぁ幸せな連中だなーって思うかもしれないけどそれは羨ましいっつーよりかは感性が低いと色々楽だろうなって思うって意味なんだけどそこでまぁ感受性が高いほうが何かと不幸なことが多かったり辛い!と思うポイントが多かったりメンタル的に弱かったりとかするけどんでも芸術やらファッションやらデザインとか音楽関係とか映画とかさ、そういうものに凄く感化される感性があるわけで辛いことが多くてもそういうものに感動できる感性を持ってた方がつらいことが多くてもそっちのほうがいい!って思うよね。

 

これだ!っていう映画見た後とか音楽聴いた後とかのあの感じってやっぱ感性がなせる業だもんね。こだわりが無い場合、暇つぶしで適当にテレビとかケーブルで流れてる映画とかを見ることもできるし別に特に映画に期待することもそこまで無くてとりあえず流れてるから見るっつーようなね、んでも映画好きだったらそれは無理だよね。好き嫌いが激しいからどうでもいい映画を見るよりかは仮に見たことがあるやつでも好きな映画のDVDとか見直した方が建設的なわけじゃん?これもまぁ考え方によってはテレビとかで垂れ流しになってる映画を見るだけで時間を過ごせるから幸せと言えば幸せだけどまぁ能天気だよねっつーか鈍感な感性でクソな人生だなって思うよね。

 

こだわりってそういうことじゃん?好き嫌いが激しいっつーのはそういうことだよね。なんでも許容できることで幸せになれるみたいなタイプの場合、それはクソみたいな鈍い感性を持ち合わせた人間の凡庸な発想なんであってむしろ感性だけで生きてるような人間からしたらありえない話だよね。んでもまぁこれって難しくてさ、歳取ると丸くなるってそういうことなんだよね。感性が鈍化してるかはともかく若い頃だったらありえねー!っつーようなことを歳取ったらできたりつまんない付き合いとか接待もできるようになったりつまんない映画も見れるようになったりするんだけどまぁ俺はそうではありたくないよね。常に18ぐらいの頃の多感な感性なままでいたいんだわ。それはまぁ生き方だよね。

 

結局何が幸福か?なんて相対的なもんなんであって確かにそういうこだわりを無くしてしまえば色んなものを許せるようになって適当なことで時間つぶせるとか時間を過ごせるようになるんだけどそれって明るい人生ですかね?っつーとすんげー消極的だと思うんだよね。尖り過ぎててマニアック過ぎて全然話が合う相手とかがいないけどすんげードープな思想とか世界観を持ってるやつのほうが社会的にはアウトキャストとされるかもしれないけど内面の充実といったら凡庸なやつの比ではないでしょう。

 

といってもソーシャル関係で仲間が全然いないってのはそういうところだけ見れば不幸に見えるかもしれないけどドープな世界にどっぷりのやつからしたらドープな世界観の共用なんてなかなか難しいからそもそも求めないしどんどんよりドープな方向に向かうってことを日々やり続けるってことがリア充から見れば暗いやつだって思われるかもしれないけど本人の強度っつったら凄いわけよね。んで別にマニアックなやつ=暗いやつってのはステレオタイプだよね。ライトなゲームとかモバゲーやってる根暗なやついっぱいいるわけだし底なしに明るいマニアックなゲーマーっているわけだし(笑)許容できるものが多いか多くないか?とかこだわりが凄まじくあるかないか?とパーソナリティは関係ないですよね。

 

んでも別にさ、これってなんつーかな、一面じゃん?ドープな世界とか芸術関係っていうことから見ればそうだけどんでもリア充系のロジックだと仲間と騒いだりパーティーやったりバーベキューやったりして楽しむ!ってのが楽しい!っていうことだったりもするわけでそれはそれで楽しいし芸術と比べて低俗だなんて言えないよね。それはもう全然違う幸福のあり方ですよね。ただまぁバイアスかかり過ぎてるよね。そういうリア充=幸せって見た目はそう見えるかもしれないけど逆にそういう仲間とパーティーやってないときの心の空虚感が凄かったりっつーSNS映えしないリアリティってあるわけじゃない?グレートギャツビー的な感じっつーの?そういう面で言うとドープな内面世界を究め続けるようなやつは永遠と一人でいられるから孤独を感じることもないしあとまぁネットもあるから実質的に孤独にはならないよね。んで世界持ってるやつはなんらかの発信をしてたりアクティビティをやってるわけでしょう。

 

セネカだったかゲーテだったか忘れたけど孤独でいられるやつが最強だ!みたいな格言あったよね。まぁそれですよね。でもまぁそれは価値観の違いだよね。パーリーピーポーは仮に一人になったときにSNS映えしないリアリティがあってもパーティーや仲間や常にSNSで繋がり合ってるような世界ってのがあってそれはやっぱ幸せの在り方の一つだよね。内面がドープなやつは生活だけ見てると何が楽しくて生きてるのか分からなくても独特の世界を持っててそういう世界で生きてるわけでさ、どっちが良い悪いとか高尚か低俗か?ってことじゃないよね。

 

あと別に歌謡曲がガンガン流れている大衆居酒屋で満足できるような層がパーリーピーポーだったりリア充層だったりするってことでもないからね。別にリア充層でも感性が高いやつはいるしまぁ高すぎて孤立しちゃうような、もっと楽に生きたら?って言われちゃうような俺みたいなエクストリームなタイプは滅多にいないかもしれないけどんでも別にアウトドア派かインドア派かとかパーティーやるかやらないか?と感性は関係ないからね。あ、まぁ関係はあっても別に固定の規定はされないってことだよね。

 

んでまぁゲームの話に戻るとこれも結局感受性とか好みの問題でそもそもゲームってのを考えるときにその方が顧客を増やせるみたいな考え方しないじゃん?は?なにそれ?って感じだよね(笑)まぁカリカチュアライズして考えるとそのほうがインスタ映えするじゃん?とかいいね!増やせるじゃん?とかフォロワー増やせるじゃん?って言われてるようなもんで全然考えるポイントが違うよね。まぁただあれだよね、まろんさんは恐らくこういう口うるさいゲーマーが辛い意見ばっか言うから企業も大変なんだ!とかクソみたいな脳死ゲーは無くせ!とかっていうまぁヘイトスピーチにも似たようなことをずーっと言ってるって見えちゃうっつーかまぁ実際そういうやつもいるからそれはしょうがないかなと思うよね。

 

まぁライトゲーとかモバゲーとかについてはもう書いたからいいんだけどまぁ論点のすり替えするわけじゃないけどクソだと思う根本のポイントへのディスは変わらないよね。ゲーム内のシステムで洗脳させてガチャさせるとかガンガン課金させるようになってるような金を搾り上げるようなシステムってそりゃー企業の論理から言えばそっちのほうが儲かるけどシステム的に最悪だよね。やっぱそこはあれなんですよね、完パケでさ、ドラクエみたいにDLC無し!とかね、まぁドラクエは別にDLCあってもいいけどそんな邪道なことは一切しません!っていう潔さがあるよねっつってもまぁオンラインが今どうなってるか分からんけどまぁそれはいいか。まぁただ実際オンラインって全然金にならないどころか赤字ばっかなんだってね。

 

まぁんで話を戻すと結局これって文化論なんだよね。もちろん時代に順応したような合間合間で適当にやれるようなゲームの需要があるってのは分かるんだけど根本的なゲームの良さとかクリエイティビティってそういうところにあるわけじゃないじゃん?やっぱユーザー視点のやってて面白いっつーものを提供する!っつーattitudeですよね。和洋関係なく良ゲーってのは大体そういうユーザー目線になって考えてるよね。逆にもうクソ過ぎるのはそれこそ勝手な企業側の都合で作られたようなもんでなんもユーザーへの配慮とかも無いようなもんってのはそりゃゲーム好きからは批判されるよね。ただまぁこれも好き嫌いの問題っつーかやっぱ最初に書いた音楽と一緒で好きでこだわりが強いからこそなんじゃこりゃ?ってなるようなゲームには反感を覚えるし許容なんて死んでもしたくない!って思うわけよね。

 

あ、これは別にモバゲーとか据え置きとか関係ないゲーム全般の話ね。なんかの待ち時間にモバイルでやれるようなゲームでユーザーフレンドリーな良ゲーってのはあるだろうしそれはスカイリムとかとは全然違うタイプのゲームだけど良心的なユーザーフレンドリーなゲームって意味では同じだよね。そういうものはそりゃ良いに決まってますわ。俺がディスってんのは金吸い上げることしか考えないようなクソ企業が作るゲームってことなんだよね。

 

で、鈍いやつらがそういうのにだまされてガンガン課金しちゃうみたいなさ、でもまぁ鈍いっつっても例えば年齢的に中二とかだったら自分が中二の時にそんなのあったら課金してたかもしれないし、一概に課金するカモが悪いわけでもなくてさ、カモにしようとする企業の論理が最悪なんだよね。マイクロトランザクションとかがディスられるのもそういうことじゃん?ゲーム自体で完結してなくて色々とオプションで金払わないと不便だとか明らかにpay to winで課金したやつのほうが強くなるとかまぁゲーム的に最低ですよねこういうのは。

 

あ、ただあれなんだよね、ドラゴンズドグマみたいにっつってもまぁドラゴンズドグマも課金ゲーになったって批判は多いけど基本無料でさ、ただ一か月のパス買うと色々と便利ですよ!っていうのはいいよね。何しろ基本無料だからね。で、まぁガッツリやるならマンスリーパス買ってやったほうが楽しめるっつーのだったらユーザーに決定権があるじゃん?それをやるかどうか?ってのは無料でやって確かめられるしんでまぁマンスリーパス払ってやろうかなって思えばやればいいわけでさ、俺が最悪だと言うのとは同じ課金でも構造が違いますよね。

 

まぁただガチャっつっても任意のやつはいいですよね。CODとかで武器コレクションが趣味なやつがガンガン課金して全部の武器揃える!とかやってるのはただのそいつの好みでしかもゲーム好きから見れば異様な熱心さで関心してしまうぐらいだよね。あ、たださ、目先の利益だけを求めて安易なシステムと簡単に金を吸い上げるシステムを作るゲーム会社なんて二流か三流だよね。問題の企業とユーザーの温度差があるってのもすげー三流な考え方で一流は温度差があってもそれを無くすか完全にユーザー目線でモノづくりをしてユーザーを満足させることで結果的にあそこのデベロッパーのゲームはヤバい!ってことになってまぁ言わばブランドになるわけよね。

 

結局有名になってブランドもできてゲーム自体も元の出来の良さに加えてそれだけ売れるとプレイ動画とかパロディ動画とかも量産されて二次的なユーザーによる宣伝効果ってのも凄くなるわけじゃない?結果的に一番儲かるんだよね。だから企業の論理とユーザーの論理の温度差があるなんつってるのは問題外で実際は温度差を無くすことが結果的に一番の利益になるってことだよね。

 

そんなのサービス業とかでも基本じゃん?全部店側の都合で色々やってたらそりゃお客さんはつかないよね。お客さんの立場になっていかに満足してもらえるか?ってのを考えるのがサービス業だよね。そもそもサービス自体を業とするんだからそんなの当たり前だわ。で、それってサービス業に限らず何らかの形で作る側とユーザーっつー関係性が成り立つものは原理は基本同じだよね。

 

まぁもっと色々と複雑ではあるんだけど根本は同じだよね。で、結局俺のディスって日本のゲーム会社が自分の都合ばっか考えるようになってクソゲー量産してユーザーフレンドリーな洋ゲーに色々持ってかれちゃって洋ゲーの天下になっちゃってるっつーのもようはその基本の商売のやり方の違いだよね。そこでユーザーを裏切るようなことするから評価落とすわけでさ、まぁただ良いゲーム会社はあるけどね。和ゲーでも。ただまぁ没落した感は否めないっつーか完全に洋ゲーに押されてるよねっていうところはあるわけじゃん?

 

んでもまぁ俺的に神ゲーだと思う和ゲーってもうそういうユーザー目線のサービスの塊みたいなもんじゃん?ペルソナ然り龍が如く然りだけどサービス精神しか感じないよね。だからやってて楽しいしかといっても一方通行な「これ楽しいですよ!」っていう押し付けじゃなくて色々とゲーム内で任意に選択できるっていう自由性だよね。ただやっぱそういう意味でドラクエとか龍が如くとかペルソナとかはやっぱ日本じゃないと作れないゲームなわけだし日本っつーコンテクストがあってのものなわけでさ、まぁだから良ゲーを作ってるゲームは本当に偉いと思うんだよね。それに比べて金儲けしか考えてないクソゲーム会社のクソ加減といったらね・・・っていうことですよね。

 

そこでゲーマーのデマンドが高いってことがより良いゲームを作り出す原動力になるわけだしそれこそ神ゲーみたいなのが出てくるなかで普通のゲーム出してても売れなかったり対して話題にもならないから自ずと競争が生まれてどんどんゲームが面白くなるっていう良い循環だよねっつってもまぁどんどん製作費が膨れ上がって大変ってのもあるけどまぁ弱小でもアイデア次第で良ゲー作ることもあるしね、一概に金どうこうでもないよね。そういう相互システムだよね。

 

まぁあとユーザーを激怒させるような要素ってのを作った時点でもうアウトじゃん?そういう危機管理能力ってのも結局は経営センスっつーかさ、どうモノを作るか?っていう考え方だよね。そういうのに鈍感で地雷作るようなゲーム会社は結局ダメになっちゃうよね。まぁしつこいようだけど企業論理=ユーザー論理じゃないとダメってことだよね。完全一致は無理でもそれをなるべく近づけるのが企業論理でしょう。もしくは良い意味で裏切って仰天させる!っつーのもアリだよね。

 

ただまぁあれだよね、ドープな世界観を追求してるやつが薄っぺらく見えるようなやつを見下すとか排除するってのはダメでまぁそれってリア充が陰キャをバカにするようなのと同じじゃん?それは映画とか音楽然りよね。自分はこんなセンスがある音楽聴いてるのになんで世の中はこんなに低俗なんだ!って言っててもしょうがないし、それは個々で違うわけでさ、そういうところの許容なんて当然ありますよね。ただまぁセンスの問題でスカイリムとくだらないソシャゲーみたいなのを比べるのは意味ないって書いたけどあえて比べたとしたらどう考えてもスカイリムに軍配が上がるだろうってのは明らかなわけでさ、かといってもスカイリム最高だからくだらないソシャゲーとかモバゲー無くせ!っていうことにはならないよね。スカイリムが最高だったとしてそれでパチンコやるな!っつー論理にはならないわけで。そういう意味で別に排除じゃないと思うんだけどなー(笑)ただ俺は1ゲーマーとして金吸い上げることしか考えてないようなゲーム会社は認めねーぞ!ってことなだけですよね。

 

まぁでもそれは別に純文学が好きだからラノベとかは認めねーぞ!ってことではないよね。芸術映画が好きだから商業映画は認めねーぞ!ってことでもないのと同じで商業映画にもラノベにも良いものはあるわけだしそこを芸術とか文学至上主義みたいになって他を全部見下すなんてことがあったらダメですよね。それはさっき書いたようにリア充が陰キャを見下すのと同じような下種い行為だからやるべきじゃないよねっつーかまぁそういうフレーバーが過去の俺にはあったかもしれないからそういうところは自分でも反省だよね。ただまぁコアの部分は変わりませんよってことで。

 

まぁそんな感じっすね。んじゃまた。