行方不明の象を探して。その212。

「あたしは名声や成功を手に入れて、女たちはあたしを犯そうと必死。あたしに手を出したがる女になんて生まれてこのかた縁がなかった。さあ、何もかも手に入れたい。世界に踏み出していきたい。できる限り遠くまで。言ってること分かる?」

 

「うん。続けて」

 

「関係ってものには二つのレベルがあるのよ。一方がもう一方より勝ってるなんてことはないと思うけど、一方が他方よりずっと成長を遂げてるってことはあると思うの。第二のレベル、それは献身のようなものよ。自分で自分の欲望が何なのかよくわかってても、いちいちそれを追いかけないわけ。相手とともに実現させる努力をするのよ。ここ一年、あたしはこれを学ばされた」

 

「なるほどね」

 

車の中、あたしはみじめな気持ちになってきた。車から降りたかった。クッソォォ。また何もかも台無しにしかけてるじゃないか。コトが好転しそうな肝心のところでサ。あたしがシャイなアプローチを拒まれるたびに、彼のことなどなんとも思ってないと言ったこと。あたしや情事からのちょっとした拒否の素振りにあっただけで、幾度彼があたしに背を向け、他の女を求めたか。あたしよりも安定した相手を求める彼を目の前にして、ひどく傷ついたあたしがどういう態度をとったか。どんなに痛みがまた痛みを増殖していったか。

 

視界の限り世界は白い。まるで天井が白い海のように見えた。Cメジャースケールのような質素で清らかな空間。数えきれないくらいの光が跳ねてそれが星座のように輝く。その光があまりにも強烈で目を閉じそうになる。彼があたしをこの上なく愛していて、あたしはただ単に金銭のためにかれにしがみついているという二人共有の幻想が、あたしが彼に多くのこと、特に感情的なものを望まないが故に、彼があたしと何年間も一緒にいたのだという現実を、実際どれほど多く隠してきたか。

 

このようにして、幻想は現実を照らし出す。「現実」とはただの隠れた幻想、父親の愛に対する渇望を明らかにする幻想だ。あたしは限りなく彼を必要としている。あたしは自分のあらゆる忌むべき生態系を説明して見せた。主に地に潜るということについて。

 

彼女を愛撫しながら眠り始めていた。セックスをするだけだったら性欲に任せた即興をすればいいし、均等さにだけフォーカスすれば、それを機械的にこなすだけでいい。しかし現在やっている愛撫はマルチタスク過ぎて頭がショートしてきたのだろう、ものすごくボーッとしてきて、おっぱいを吸いながら寝てしまう赤ん坊のように、彼女の胸にもたれかかってしまった。

 

彼女が軽く咳ばらいをした。15秒ぐらいおっぱいを確認するふりをしてからそっと深呼吸して、また愛撫に戻った。頭の後ろ側がぼんやりとしびれていた。これだけ長く乳首を舐めていれば誰でもそうなるだろう。物理的な首への負担に加えて、マルチタスクによる脳への打撃。まるでサイズの小さい野球帽を後ろ向きにかぶったような感じだ。右乳と左乳の間に卵型の白いガス体がぽっかりと浮かんできた。

 

「いいよいいよ、もう我慢してないで寝ちゃおうよ」

 

と囁きかけていた。車の中での現在のようなシチュエーションの場合

 

「いいよいいよ、もう我慢してないで出しちゃいな」

 

が適切なはずなのに、まったく別のベクトルに行こうとしているダイナミズムを彼女は包み込もうとしているのか。それは幻覚のように見えるガス体なのではなくて、完全にそこにある「何か」だった。土に潜る以外のスキルも彼女は持っているのだろう。スキルは「無意志的記憶」による記述なのだろうか。俺の父はプルーストで母はウルフだと言った。しかし二人ともゲイでレズである。いや、DNA的なことだから関係ないか。それにバイのようなものだし。

 

天井のファンがゆっくりと音もなく回転する。僕が周りを見渡すと、あることが気にかかる、彼は僕の視線を追っているのだろうか、それとも指を立てて首をかしげているのだろうか。指をゆっくり下ろして、良心を斜めに傾けながら振り返って、何がきっかけで思い出したのか、自問自答してほしいのだ。あなたに。

 

何を思い出したのかわからないが、天球の無限の無限を白熱させ、地球を震わせるばかり。深い空から透明な大気の果てしない厚みを瞬時に突き破って降り注ぐ光。深い空から無限の透明な大気の厚みを瞬時に突き抜けて落ちる光、太陽に焼かれる光、良心的に隠される光、万物は沈黙し、塩辛く、沈黙し、咀嚼することを許されている。

 

しかし僕は咀嚼することを許されない。街の音は遠い。この怠け者!水を張った空気圏のような肘まである広い水槽の底で、夏の底で、僕はかすかに息をしていた。そして、息を吸い込むたびに、吐き出す息と同じくらい温かいお湯を飲んでいた。口の端で泡が膨らみ、頭のはるか上まで昇っていく。

 

ついには子供の頭ほどの無数の泡が喉から吐き出され、お湯の清らかさが消えていく。風のない空気は恐ろしい。蒸し暑くて重い。明るく激しく光る空の青に、大きな水銀の雫のように輝くそれは、この街であちこちから、この衝立の中に見えてきた。それは空の青に大粒の水銀のように輝き、白昼の無数の星のように、この街の多くの人々の口蓋や鼻腔から入り込んで、内部において輝いている。

 

それは白昼の無数の星のように、天に昇っていく。そして、水銀の泡を吐き出した人々の肺は、この巨大で丸みを帯びた肺のようになる。明るいガラスの水槽の広大な液体に、永遠に点滅するすべてのものは洗い流される。そうなのだろうか?微塵の淀みもない、無限の飛沫に満たされた世界。その淀みない世界の液体に揺さぶられるように、盃と盃がぶつかり合う音。城の中の泡の音、あるいは泡が立ち上がらない音、有機物は自分の蝿に包まれている。

 

夏枯れの緑は、木陰で呼吸しながらも、自らの飛翔から逃れようと、なすすべもなく新葉を吹き出している。夏の緑から吹き出す新葉の痛みは、肺の奥の汚水のように、苦しく、耐え難く、緩んでいく。そこに銅線のような塩辛い金気が加わったような気がした。これは何なのだろう。一種の拷問なのだろうか。さっきから口の中が詰まっていますね。

 

その卵型の白いガス体は輪郭が周期的に鮮明になったりぼやけたりした。そしてその輪郭の細かい変化をたしかめようとすればするほど、瞼は少しずつ重くなっていった。もちろん愛撫と均等さに影響が出ない範囲で気持ち的に頭を何度もふって目をぎゅっと閉じ、あるいは乳首から目をそらし、そのガス体を消し去ろうと努めた。しかしいくら努力してもそれは消え去らなかった。ガス体はずーっと彼女の胸の谷間のあたりに浮かんでいた。眠気を追い払うために彼女の乳首を口に含みながら、いかにして眠気を覚ますかということを頭の中で必死に考えていた。

 

「外に出てみようよ」

 

と彼女に提案した。カーセックスではなくてセックス・オン・ザ・カーにするのだ。夜の外の空気を吸えば眠気も多少マシになるだろう。このまま彼女の乳首を吸い続けたらあのガス体によって夢の世界に誘われることになるだろう。彼女はどう答えたらいいのだろうと悩んでいる様子だった。

 

困ったわ、と思った。だって、そうでしょ。たとえみられてしまった相手が全くの他人であったとしても、そんなの恥ずかしい。辱められている屈辱感は大きい。が、だからといって全否定かと言えば必ずしもそんなことはない。どうしてなのか、それは理由は少なくともとっては明らかで、土の中に潜ったときに、外にいる人間は誰もいなかったし、みんな車の中でセックスをしていたはずだから、誰にも見られていないはずであっても、公共の場で土に潜るという行為をしてしまったわけで、セックスを見られるぐらいどうってことないと思えてしまうわ。でもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。どうしよう。そうだ。ガス体を使って彼を眠らせてしまおう。

 

私のガス体によって眠らされた不条理の域に達していた彼は、器楽奏法に深い嫌悪感を抱きながらも、外見だけでその可能性を否定する誤りを認めた。これらの道具は物理的な側面に固執しているように見えたが、創造された物質の不完全でありながら完全な性質を象徴していた。不完全という完全の中で、その道具は、従順な機能を持ちながら、正しく機能していたのだ。

 

彼女は謎めいた存在で、私がキスをしようとするとたじろいだ。バスローブ姿の彼女は、黙って私たちの奇妙な逃避行に加わる準備をした。黒色のストッキングが彼女の脚を飾り、完璧な形の背中の輪郭を強調していた。ヤスリで擦られるたびに汗が滴り、異様な光景が繰り広げられた。ブラウスにウールのプリーツスカート、黒、白、赤の極小チェックのセーターに身を包んだ彼女は、この超現実的な状況を受け入れていた。

 

鞴の間には、団長、騎士団訪問者、元老院長が、さまざまな速度の円柱のように渦を巻いて待っていた。巨大な暖炉の上には、十字架が茨の冠と情熱の釘だけを示していた。囲炉裏の上にはモーゼの青銅の蛇が横たわり、そのしなやかな形が二重のふいごにつながっていた。信徒たちは、袖をまくった腕のような熱意をもって、ふいごの取っ手をつかむ準備をした。儀式的なダンスが繰り広げられた。

 

奇妙なことに、グランドマスターはこの迷信的な見世物に君臨し、グランドマスターの反対には無関心だった。コマンダーは、発案者であれ実行者であれ、この独特な伝達方法の責任を引き受けた。故団長の息と交信する力を持つ彼は、自分とは反対の調査を導入した。私が降りてくると、彼女は涙目で彼女の足にしがみつき、奇妙な感情をあらわにした。現実と空想の境界線が曖昧になり、歓喜のカオスが起こった。

 

姦淫の間では、グランドマスターの入室がひとつの出来事となった。亡き司令官との事実上のライバル関係が意外な展開を見せたのだ。グランドマスターが回転し、ローブが消された輪郭を包み込むと、罠が展開された。コマンダーと高官たちは、彼の視線に二重の輝きがあることを察知し、奇妙な変化を告げた。回転は安定し、青銅の蛇の行動が暖炉の奥で浮いたり、止まったり、ひらひらと尾びれを振ったりしながら、小魚の群れを眺めた。川面には光り輝くガス体の腕が冷たく、汗ばんでいた。一個の石の上に二人、ふらふらの足を抱えて。一緒に水の中に隠されたものを探すかのように、五感を研ぎ澄まして無言のまま、これは浅い水面には何もなく、濁りのない流れの中には、わずかなものさえもないのだ。