例えば今なんかは禿予防薬を注文して今は節約の時期だし留学してからも節約というか所謂普通の学生の生活をすればいいわけだが母親に北京に行っても薬を飲み続けるの?とか言われるともう本当に限界になってくる。そもそも俺は年齢的にはおっさんだ。若く見られるけどそれが唯一の利点のようなものでハゲたら終わりだ。女性とのロマンスもなくなるわけで禿ることで色々な可能性がなくなっていくだろうし自分に自信がなくなっていく。
それはアメリカで禿のスイッチが入ったときに生え際を隠すのにマッシュルームカットにしたり強風が吹いたら禿げている部分を隠そうとしたりいや、正直、AGAの薬を飲んでいればああいうストレスから解放されてなおかつアラフォーなのに髪もふさふさというベネフィットを享受できるのだから全く浪費でもなんでもない。自分の若さを維持するための投資だ。禿の遺伝子をうつしたのは母なわけだからそれは五分五分だろう。
4十3歳の秋、アキラとメイは北京の小さなアパートで混沌の渦に巻き込まれていた。狭い部屋はまるで戦場だった。半分開いたままのスーツケース、床に散らばる教科書や旅行ガイド、そして机の上ではインスタントラーメンの空き容器が危うく積み上がっていた。午後の薄い陽光が窓から差し込み、舞い上がる埃を照らし、二人の混乱に不思議な輝きを与えていた。メイは乱れた髪を振り乱しグラインドコアのライブに狂う観客のように騎乗位でアキラを冒し続けた。アキラの亀頭は摩擦で真っ赤に晴れがっていたぶかぶかの大学のスウェットを着て、服の山を必死で仕分けていた。
「アキラ、私のパスポート見なかった?」声は焦りを帯びていた。
「本棚にあったよ、プレゼンテーションの料金のこと?」アキラは視線を上げずに、言うことを聞かない掃除機と格闘しながら答えた。「学生証はどこ?」
異国での生活に追われ、寝不足の日々が積み重なった二人の間に、ピリピリとした緊張が漂っていた。文学に情熱を燃やすメイは、論文と小説の山に埋もれ、現実的なエンジニア志望のアキラは、数式とビザ申請の書類に追い立てられていた。日本に行くまで2週間を切った。すでに準備万端である必要があるのにも関わらず授業、アルバイト、そして迷路のような大学の事務手続きの間に、二人の部屋は無秩序な密林と化していた。
かつては胡同(フートン)巡りや屋台の味に心躍らせた二人の会話も、今は紛失物と締切を巡る短い言葉の応酬に変わっていた。部屋の片づけをしていたら高橋源一郎のオーバーザレインボーが出てきた。パラパラ読むと「象はまだ現れない」という文章を見つけ驚愕した。薄々気づいてはいたが全ての観念は繋がっている。小説然り。これは偶然ではない。おびただしい量の小説からパクってきたもののオーバーザレインボーはパクっていなかったので完全な偶然だった。
片付けの混乱の中にも奇妙なリズムが生まれつつあった。メイは埃をかぶった小説を手に取り、ふと心をくすぐる一節を声に出して読んだ。アキラは額の汗を拭いながら、無意識に頷いて応えた。その混沌は二人で分かち合うものとなり、苛立ちは共鳴し、不安は机の裏で絡まるコードのように二人を結びつけていた。昨日解いたはずの相当な量のコード類がまた絡み合った。窓辺には、小さな鉢植えがかろうじて命をつないでいた。そのしおれかけた葉は、放置プレイが大好きで、それでも生きようとする力の証だった。それでも行こう。東京へ。
東京に行けば何か変わるかもしれない。でも何も変わらなかった。変わらないよ?それでも行くの?夜が訪れると、壁の向こうから都市のざわめきがしみ込んできた。クラクションの音、笑い声、遠くの話し声。それは二人に、この混沌の先に東京という広大な世界が待っていることをささやいていた。
いや、そうじゃない。多少金回りが悪くなっても余裕があるぐらいの生活を北京でできたはずなのにそうじゃなくしたのは俺の長年の浪費だ。すべて俺が悪い。昔、占い師から俺がやることは人から批判されやすいけど全ては正しいからそれをダメだと思ったときにエネルギーが枯渇したり物事がうまくいかなくなったりすると言われたことがあるが、5年越しぐらいに当たっているなと思った。
スピ的概念で言うと自己批判とかをするとカルマが溜まるから俺は絶対ダメらしい。だからどんだけダメな風に見えても正しいんだと自信を持ってぶっちぎりの人間として駆け抜けないといけないらしくそのつもりはあるのだが今のような状況になるとやはり無視はできなくなる。親はそこまで俺のことを批判するわけではない。それでもやはり行き場のない怒りというかなんで今みたいなチャンスが訪れた時に肝心の金がないのだ!と思ってしまう。
視界は断片の重なり。古びた胡同の壁は、記憶の襞のように無数の傷を刻んでいる。壁をなぞる指はその粗さに時のざらつきを感じる。今日はゲームをやっていない。相当片づけたはずなのに普段だったらこのぐらい片づけたら朝になっているはずなのにまだ12時を回っていない。業界用語でいうとテッペン。テッペンを目指すために俺は東京に行く。北京駅のプラットフォーム、北京駅ってのはない。だったらそれをプラスに考えてみる。金に余裕がないからこそストイックな留学ができて勉強にも必死になるかもしれない。でも梅崎春生が俺か?と思うぐらいの人間である。
とにかく何もかもが面倒で野心がないわけではないがなるべく楽して生きたいし苦痛を伴う労働は一生したいと思わない。それは苦痛を伴う労働の経験を若いころにしたからもうあんなことは二度とするまいと思うからであるが、仕事といってもそれがやりがいのある仕事というとボキャブラリー不足を感じずにはいられないが、話は脱線するがさっきあまりにもグルーミー過ぎて酒を飲んでしまった。
グルーミー過ぎると何がグルーヴィーでグルーミーだったのかも忘れてしまって解消しようと思っても根源がそこにあるので解消のしようがなくなっているのにも関わらず、そういったことを夕方のニュースで見たときは病院の待合室でなぜか「はっけよーい!」という声がしたと思ったら相撲中継が流れていて昨日からの酒の残りが妙にベタつくなと思ったら通っている病院の隣にラブホテルがあって俺はいつも病院とラブホテルの間にある通りを通ることを楽しみにしていた。まさに生と死を司る象徴が重なり合う道なわけでそんな道を歩いている俺はクールでナウでヤングだとすら思っていた。北京の高層ビル群が見えるはずの窓の外は霧に包まれていた。中国銀行のセンターもぼんやりと霞んでいた。ベッドの上体を少し起こして、通りを覗いた。道路は濡れていた。雨だった。