魂のゆくえ。その8。

前にシンボルの話で書いたことと似てるけどっつーかまぁあれですよ、お祈りをしたり聖書の勉強とか神学やってる割に部屋着だからいいかーっつってサタニズムに傾倒していたころに買ってた禍々しいブラックメタルなデザインのTシャツを着てるのはマズいってことなんだけど、なんつーか実践できる改善法っつーのかな。

 

そこで思ったのが言葉だよね。言霊って言うぐらいでワードのチョイスってすんげー大事だよね。ロゴスじゃないですか?「ただ言うだけ」といっても一言一言に神霊みたいなのが宿っているというか介しているって考えると下手なこと言えないよね。

 

卑近な例で言えば悪口ばっか言ってるとそういう変なものが寄ってくるとか変なのとの縁ができやすくなっちゃうってのがまぁあれだわな、俺の最初に書いたサタニズムTシャツだけどさ、運気アップ!っつってパワースポット巡りを友達としたのに「楽しかったねー疲れたー」なんつってディナーを友達と食べる時に人の悪口言うとか縁起の悪いこととかあんまりよろしくないことを喋るとか、運気って言い方すると大雑把だけどパワースポットのパワー台無しだよね(笑)

 

なんつーか善って功利的に見ても善いほうを取ったほうが結果的に得するようになってるんだよね。少なくとも見えない運気とかパワーみたいなのは明らかに善に宿るし、ただ悪は悪で力があってそういうものから力を得ているという人もいるけど代償があったり、あとはまぁそういうのを従えるトレーニングをしたのならともかく、やってないでそういうのばっかになると所謂心底根暗になって運気とは縁が遠い人間になるよね。

 

だから普通の人がやれる普通の運気の上昇のやり方って善いことをするとか逆にまぁ悪いことをやったり言ったりしないってことだよね。あとまぁ心の部分でも、まぁこれが一番難しいんだけど嫉妬とかさ、恨みとかネガティブな感情あるじゃん?まぁそういうのを真っ向から受けちゃったときに感じるのは痛みと同じで当たり前なんだけど、普通にしててもわいてくるものってのがあって、いかにそういうものを制するのか、もしくは禅とかの瞑想とかだと浮かんでも何もしないし判断しないっていうことなのか、とりあえずその思念に引っ張られないってことだよね。

 

鬱なんてのもそもそも精神のものだから脳だけで分かるということがそもそも不可能だなってのがよく分かるじゃん?薬でセロトニン増やしますとか吸収をブロックして量を増やしますとか理屈ではそうかもしれないけど、原因が魂や霊性といってもとりつかれている的なことではない深い魂にある場合、対処はしようがないんだよね。

 

でも分類上では疲労によって鬱になっちゃったってのと霊的な意味での鬱とか魂的な意味での鬱も症状は同じかもしれないんで一緒くたにされるし「これは霊性のものですねー」って診断もまずありえないわけで(笑)

 

でもまぁあるんだよね。精神系はあるわ。俺が今やっている霊性を高める生活ってそのままメンタルヘルスに繋がるんだよね。基盤の身体と精神を健全なものとするってことだから食事とかにも気を付けるし運動も太極拳を体力ギリギリまで頑張ってみるとかってやってるけどそれは割と難易度低いよね。食生活を変えるとかは比較的楽なんだけど長年大好きだったホラー系を一切やめるとかね、禍々しいものに触れないとかって結構難しいんだよね。

 

かといっても「それダメあれダメ!」とかってやり過ぎると例えば戦争モノの映画とか見れなくなっちゃうし、そういうことではないと思うんだよね。ようは寄ってくるようなホラーものだよね。でもこういうのって自覚がないからなんつーかアレルギー的な扱いをして避けるようにしないといけない。なんだろうな、酒弱いのに酒大好き!みたいなもんかな(笑)

 

ただ物質みたいに何々を摂ったから体調悪くなったなとかっていうのが分かりづらいんだよね。よく心霊スポットに行って帰りに事故にあったとかって言うけどそういう分かりやすい形で出たならまだラッキーで実際に怖いのは何もなかったんですけどねっつって実はなんかついてきてるんだけど本人は自覚ないっつーパターンだよね。で、心霊スポットに行ったことなんてとっくに忘れてる頃になんか悪い形でそれが表れてもそれが原因だったって分からないみたいなね、本当にタチ悪いでしょう。

 

なんかイメージ的に放射能だよね。ガイガーカウンターがガリガリ言うような場所にずーっといたらDNAやられるのと一緒で、そういう良くない場所とか良くない人とかと接しているっていうのは凄くダメージがあるんだよね。俺はそういうのに目覚めたから分かるようになったっつーより場所も若干あったけど人はすげーそれが如実だったからさ、だからまぁ今更やっぱ人の影響だったのか!ってのが遡って色々分かることがあるんだよね。でも自分は分からずに接しているわけ。

 

それがもう刃物を持った気違いに丸腰で挑むような危なさがあるわけで、とにかくそういうガードをしっかりしないとすんげー体調崩すことになっちゃう。まぁ霊媒体質の場合は特にってことなんだけど相当鈍い人はともかく感性が鋭い人だったら全般的に言えるんじゃないかと思うんだよね。

 

でもそれって自覚するかしないかですげーそういうセンサーとかって強くなっていくんだよね。まぁ俺の場合、複合的な結果でなんかそういうのに気づかされたってのがあってまぁ宗教体験もそうだけど気功と太極拳で練習する練功とかも含めてようは日常生活を送ってたらまず養えないような感覚を養っていった結果、そういうのが分かるようになってきて実は潜在性が凄まじかったというのに気が付いたんだけどそれは霊力超強い!というより今はただ敏感なだけなんでただ弱いだけなんだよね。言うなら肌が超弱いみたいなそんな状態。

 

そんなんで日焼け止めも塗らないで太陽カンカン照りの外に出るようなもんでさ、まぁ本当に危ないんだよね。逆を言えば今までノーガードだったところのガードを固められるのと伸ばせる感覚があるって気が付いたっていうことで相当生活やら精神が改善される余地があるんだよね。なんつーか人生こんなもんかーって思ってたら全然知らない世界があった!みたいな感じだよね。

 

聖アントニウス伝に出てくる悪魔とかって所謂瞑想中の魔境のような話かな?って思ってたんだけど霊性を高めようとするものに対して足を引っ張ってくる魑魅魍魎の類っていう、魔境もあるんだけど実際の霊的なそういうものが襲ってくるっつー実話なんだろうなってすげー合点が行ったんだよね。

 

あと超能力を授けるから俺の言うことを聞けみたいな、その人がシンボルにしているものや帰依してる人物の姿を使って騙してくる類のものとかね、仏教でもそういうのは全部妄想だとか悪魔だとは言わないかもしれないけど安住するべきではない場所だってのは本当によく言われていて共通してるのが面白いよね。

 

んでまぁ霊媒体質の話に戻るけどまぁこれって霊媒体質っつー初期ステータスなだけでそういうのに敏感で若干見える人ならその能力を伸ばしていく!ということはできるみたいだけど、霊能力みたいなのと霊性とか霊格って全く関係なくて、それは超能力者が人格者であるとは限らないのと同じなんだよね。でも霊格が高い人は志の高い善い動機づけを持った経営者になって周りからは有能と言われるんだけど実は本人も無自覚にそういった霊格による能力を使っていることとかもあって、まぁよくアメリカのトップ企業の連中はみんな瞑想をするなんつってるけどまんざらでもなくて実益と霊性ってすんげー繋がってるんだよね。

 

だから言い方悪いけど日本のスピリチュアルって金儲けとうさん臭い感じしかしないよね?土の時代の産物がゴロゴロしてるんだけどそういうのが風の時代に入って変わっていくからスピリチュアルの意味合いもスピ系というより精神系っていう、より本来の宗教がディグって行くような世界になるような気がするんだよね。

 

だからまぁ宗教は逆にもう何百年と霊性離れしてるんだよね。ただの組織になってるからね。哲学的な神学も哲学と一緒だから面白いものもあるけど霊性が上がるわけじゃなくてやっぱりそこでの霊性を高める読書って見極めが必要でそこはセンスとか直感とかまぁここら辺がすでにもう霊性の世界のアンテナなんだと思うけどね。

 

だから俺は神学の学術的部分とかへの関心を失ってるんだよね。もう本来の霊性のほうにしか興味が無くてっつってもまぁ一般論での善とか義って話をするときに前に散々書いたバルトの話とかすげー重要だから理屈としては持っておきたいなとは思うけど、本人的にはもう自明だからそこまでプライオリティは高くないんだよね。ただまぁ元々哲学が好きだから哲学的なものに惹かれちゃうんだけど哲学って答えが出ないからね。あと明日からの生活が変わるのか?っていうと変わらない率が高い。

 

それに比べると霊的なものというのは丸々変わる可能性があるし人生のディレクション自体が変わる可能性があるから、だからやっぱりキリスト教とか関係なく瞑想とか座禅とかに興味がいくわけだよね。瞑想はやる!って言いだしてからずーっとやるようにしてるけどね。

 

ってことで続きますんでんじゃまた。