2023-01-01から1年間の記事一覧

行方不明の象を探して。その169。

「なぜあんなことを書いたのか」 「書かずにはいられなかった」 「書く必要性から余計なもの、無駄なものを取り除けば、それは不必要なものに変わってしまうのでしょう?」 「その必要性はすでに不必要なものだった」 こうして断片は未完成の分離として書か…

行方不明の象を探して。その168。

象は自分の存在を無視して部屋の中で作業をしているフリをしている。行ったり来たりして「あ、そうだ」って思い出したようなふりをして戻ったかと思うと考えてまた何かやっているフリをする。電化製品のプラグを点検したりPCでなんかの操作をしたりしている…

行方不明の象を探して。その167。

書かないために書くこと、そして書くことをやめる。その黄金は深夜以外は夢の儚い宝物、豪華にして無用な遺物にすぎない風を装うとしていたことを思い出す、金銀細工の海と星との複雑性に無限の偶然なるいくつもの結合が読み取れることを別にすれば、それは…

行方不明の象を探して。その166。

男は言った。 「今からはじまることは、これまで起きていたことだ。だからお前はどうすればいいのかどうかをあらかじめ知っていることになる。しかしそれは変えることもできる。お前の判断で全てを変えることができる。しかもお前がどこを変えるのか、それら…

行方不明の象を探して。その165。

彼は顔をあげてみたが何も見えなかった。しかし暗闇を見透かすことはできなかったが、その場でこの静かで規則正しい生活の反響に耳を傾けながら、この静寂に満ちた生き方の中には希望がある、彼が全てを放擲して求めた希望、彼の危険を正当化してくれる希望…

行方不明の象を探して。その164。

この本を書き始めてからとうとう一年近く経ってしまった。正常にそして時には幸せに暮らしていたその何か月かの間、俺は随分髪を黒く汚しては破いてしまった。「書き始める」という最初の文章だけが生きていた。ほかは執拗に書いては消し書いては消していた…

行方不明の象を探して。その163。

「あたしは悪魔の前でうんこするから」 「今は吐いていたじゃないか」 「あたしうんこするから」 彼女はうずくまるといま吐いたゲロの上にクソをした。勇敢な男はひざまずいたままだった。万里江は椅子に背を寄せかけた。汗だくで恍惚となっていた。思い描く…

行方不明の象を探して。その162。

今まで見れなかったのになんで。とりあえずダウンロードして保存した。この時、異常に眠くなり、幻覚を見た。頭がおかしくなりそうだ。また眠くなった。さっきまで寝ていたのに。なぜか郵便物が大量に届く。見るのも嫌になる。眠いんです。でも寝たらまた自…

行方不明の象を探して。その161。

「なんかコンビニとかさあ、あの立ってくれへん?」 「あのあれやわ、あの普通にコンビニ、コンビニで何か買って、オッケー、そうそう、コンビニで買って、なんかコンビニで買ってさ、な。なんかノリ良さそうやったから受けねらいで言っただけ。そう、そうい…

行方不明の象を探して。その160。

部屋の中。一見したところ何もかもあなたが指摘なさった通りかもしれない。この部屋の様子はすっかり変わってしまって、かつての役割に対応するようなものはもはや何一つない。もはや同じ部屋ではないし我々は同じ人間ではない。だからある意味ではあなたの…

行方不明の象を探して。その159。

広大な畳の部屋。そこに和服の人が座っている。しかし彼らの顔には口があるだけ。それぞれが読経のように勝手な言葉を呟いている。無表情に彼らに向かい合って立つ彼。それらはSNS、ネットといったものの象徴。口だけの人の間を歩く彼。すれ違いざまに聞こえ…

行方不明の象を探して。その158。

神が欲し、人が夢見、作品が生まれる。語から切り離されたものがそこで自らを聖別する。解明されない光、光の破裂、聞き取ることのできない言語の砕け散る音の残響。この果てしなさを受け取ることは責任を受け取ることを意味する。意味の不在において謎を形…

行方不明の象を探して。その157。

夜の街、人が無言で行き交うにも関わらず無数の喋り声が交錯している。ビルとビルの間には無数の電線。その中から漏れ聞こえる声。グライムが無機質な低周波で暗い穴蔵の中を揺さぶる。ひしめく人の顔すらも判然としないほど暗い。夜行性の生き物たち。着飾…

行方不明の象を探して。その156。

「したいことをすればいいのだ」 彼は肩をすくめながら独り言を言った。 「こんなに色々な力がもつれていては人のすることなんてまるで問題にならないからな」 彼はまるであきらめを知った人間のように、いやほとんど強い刺激を常に避けようとしている病人で…

行方不明の象を探して。その155。

夜の街、人が無言で行き交うにも関わらず無数の喋り声が錯綜している。ビルとビルの間には無数の電線。1920年代までのニューヨークがまさにこうだった。地下埋没工事が行われるまでは。この中で漏れ聞こえる声。 「あのままテーブルの上に置いてゆくんですか…

行方不明の象を探して。その154。

彼のような人間にも倦怠感に悩まされた時に外に出て何かやれば気が紛れるだろうと思ってしょっちゅう外出していた時期もあったようである。好きなだけ買い物をして美味しいものを食べたり、良い気候の中、鎌倉で独り歩きをする。なんとも優雅ではないか。し…

行方不明の象を探して。その153。

書くことの矛盾がそこで解消されるわけではないのだが、あたかも書いていることで先に進めているというようなバカバカしい錯覚を感じることなく、書くことを拒否しながら書くことを受け入れるという無限性の矛盾を解決させないまま、じゃれ合いの忍耐に放り…

行方不明の象を探して。その152。

その後は?残念ながらこれは物語ではない。彼が住んでいたそこでは余裕だった。記号もなく自己もなく、まるで文字の境界線にいるようだった。この言葉の近くに、かろうじて言葉として、彼を目覚めさせた呼びかけを受けた。彼が望んだのは人工的な光に照らさ…

行方不明の象を探して。その151。

書くことの境界で透明であること。書くものがいつもすでに消えているこの境界線との関係から排除され、それにもかかわらず関係を持っているものに対して、我々を誘惑するように見えるのは自己の欲望によるものである。どのような関係からもそれ自身を排除し…

行方不明の象を探して。その150。

その虚無、空白、空虚さは非常に長いプロセスの曲がり角と回り道を何ら妨げない。いや、これは現実だから自分の意識の問題なのだろう。だから中に誰かがいるということは言わなかった。ただキーを中へ忘れたとだけ話した。 アブストラクトなフロント係は部屋…

行方不明の象を探して。その149。

これはさすがに後悔した。完全に冴子に嫉妬していた。彼女はある程度の芸術性を保ちながら商業的に成功している作家だ。それに比べれば自分は無名の歳だけ取った文学青年だ。ナイーヴ過ぎるのは分かってる。いや、歳は取ってない。まだ書き始めてから一年も…

行方不明の象を探して。その148。

「笑っているのは君だろう」 「だって楽しいじゃない?徹夜でダイヤモンドを磨くんでしょう?」 ヒステリックな冴子の笑い声は止まらなかった。 「磨くってより叩くって感じだな。中東ダブだもん。ムスリムガーゼって。ぎゃははは。飛び方が完全にアレやんな…

行方不明の象を探して。その147。

声が聞こえた。我々は一斉に緑の色気をそれぞれに思いのまま自由に吹きかけた。すると草とも苔とも言えない緑の繊毛が滞留している風を捉まえた。我々ははじめて自分たちの顔をまじまじと見た。つまり我々はそのイメージを捉えるために本当にそこにいるわけ…

行方不明の象を探して。その146。

今生まれた人間は最初からここまでつまらない世界の中に産み落とされたので、最初から世界はつまらないものだと思っている。最終的に誰もがつまらないと思うことで帰結は一致している。集団的無意識が人格化した人間が「つまらない」と言い続けている。そり…

行方不明の象を探して。その145。

宇宙、根の中の胚芽。大いなるプラーナ。 「では、3つの永遠があるのか?」 「いいえ、3つは1つです」 主のいなくなった世界を訂正しない。事実、主からは色々なことを教えてもらった。目の前に出てきた階段に出入りできるガラス戸からは日差しが射し込んだ…

行方不明の象を探して。その144。

「占星術?」 僕は窓からテーブルに向かった。彼女は黒曜石の鏡を見つめた後、水で洗い流して冷凍庫に入れた。カチコチの黒曜石。 「9と1は10、3は13」 「アセンダントから来る意識をコントロールして、サインの意識に溶け込むこと」 分離と統合。再分極化と…

行方不明の象を探して。その143。

がぶ飲みするのに適していないウィスキーなのに美味しいからいつも多く飲んでしまう。これで悪酔いしたことがない。飲み過ぎたと思った時も二日酔いしない。味を想像しただけでも唾が出てくる。アードベッグは思考費としての域を超えドラッグとして認識され…

行方不明の象を探して。その142。

彼らのアパートが片付いていることはまずないが、その片付かなさが最大の魅力である。乱雑さこそが最大の魅力である。しかし彼らの関心は別のところにある。開く本、下書きする文章、聴く音楽、毎日新たに取り組む対話など。彼らは仕事をしてばかりいる。そ…

行方不明の象を探して。その141。

僕の人生には、これまで3つのことだけがあった。書くことの不可能性、書くことの可能性、そして肉体的な孤独の三つだ。収録から帰ってきた僕は原稿を拾い上げて見る。それは原稿ではなかった。どれもこれも白紙だった。誰かが渇いた声で笑った。なぜ気づかな…

行方不明の象を探して。その140。

「え?あ、うん、その、まぁ、きっと発狂するよ」 「どうしてまた」 「正直言うと具合が悪いんだ」 小説を書くとき、登場人物の職業をなんにするか、いろいろと頭を悩ませる。やっと職業を決めたら、今度は資料となるような本を読まねばならない。ところが、…